第十話 似ている二人
その日の朝は、いつもより少々騒がしかった。
大坂に資金調達へ行っていた近藤、土方らが昨晩帰京したかと思えば、朝から何やら慌ただしく動きまわっている。どうやら身なりがきちんとした遣いの者も来ているようで、井戸で顔を洗っていた橘は何事かと本邸を覗いた。
戸惑っている様子の近藤、意気揚々と使者にあれこれ注文を付けている土方、険しい顔つきで筆で何かを書き留めている山南。一体何が起きているのか疑問ではあったが、自身が首を突っ込むのは下衆だと判断し、何も気づかなかったかのように毎朝の恒例である朝餉の支度手伝いへ向かった。
ところがその種明かしは、思いのほか早くやってきた。
朝の見廻り前に、全隊士が壬生寺の境内に集められた。なお、芹沢らは不在により欠席である。全員揃ったことを確認し、近藤は声を張り上げた。
「来る四月十六日、京都守護職本陣・金戒光明寺にて、御前試合を決行することとあいなった!なお、これは松平容保公きってのお望みであり、我々はその期待に応えるべく全身全霊で臨む所存である。」
近藤の言葉を聞いて、隊士たちは一瞬静まり返ったのち、しばらくして驚きと興奮の声を上げた。
「だが松平容保公は大変お忙しい身であり、残念なことに全員が試合に出ることは叶わぬ。よってこちらで特に腕利きの者を選別し、試合を組ませていただいた」
近藤が横に控えていた山南をちらりと見て、頷く。山南は一歩前へ進み出て、懐に入れてあった折りたたまれた紙を取り出し、それを広げて読み上げた。
「第一試合 土方歳三、山南敬助
第二試合 永倉新八、斎藤一
第三試合 平山五郎、佐伯又三郎
第四試合 沖田総司、藤堂平助」
山南が言い終わるより前に、先ほどとは違う騒がしさが境内を包んだ。誰もがヒソヒソと耳打ちをしている。
「藤堂さんと沖田さんか。あの二人、どちらが腕が立つか気になっていたんだ」
「土方さんと山南さんの試合も気になるが、あの二人を最後に持ってくるとは狙ってのことだろうな。」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。橘は近くの隊士に声をかけた。
「あの、沖田さんと藤堂さんの試合がなぜそんなに皆さん気になるのですか」
聞かれた隊士は何をそんな当たり前のことを、と言いかけたが、声をかけた主が橘であることに気が付き存外親切に答えてくれた。
「そうか、君はまだ合流して日が浅かったね。あの二人は同い年で、江戸にいたころからそれぞれ『天才剣士』、『神童』と呼ばれていたのだよ」
同門の藤堂については橘も聞いたことがある。玄武館で藤堂は特に腕が立つと知られており、他所の道場から手合わせを申し込みにやって来るものが後を絶たなかった。やがて藤堂は同門との手合わせに飽きてしまったかのように道場を去っていき、のちに他流の道場に出入りするようになったと風の噂で聞いていた。
「沖田さんもなんですか・・・」
驚いたように橘がつぶやくと、その隊士は怪訝な顔をした。
「君は近頃沖田先生と行動を共にしているようだが、何も知らないのか」
図星を突かれてウッと橘は言葉に詰まる。隊士はそんな橘を見かねて詳しく説明をしてくれた。
「沖田先生は天然理心流の次期宗家とも言われているんだよ。幼少の頃より負けなし、大人を相手にしてもあっという間に勝負がついた。あの近藤先生や土方先生も、沖田先生には叶わないらしい」
あの何を考えているのかよくわからない青年が、そんなにすごい人物だったとは。
正直信じがたくもあるが、周囲の反応を見るに沖田の実力はまことなのだろう。
「そして普段の稽古でも藤堂さんと沖田さんは不自然にかかわらないんだ。いや、藤堂さんが沖田さんを一方的に避けているとでも言うかな。二人が手合わせしているところなど見たこともないから、若き天才剣士同士の試合が皆待ち遠しいんだろう」
橘が何気なく藤堂を見ると、藤堂はある一点を険しい目つきで睨みつけていた。何をそんなに見ているのか、視線の先を辿ってみると、そこにはいつも通り穏やかに微笑んでいる沖田の後ろ姿があるだけだった。
(やはりこの二人、何かあるんだろうか)
気にはなったが、他人の諍いには関わらないのが橘の信条だったので、またも見て見ぬフリをすることに決めた。
この場は解散となり、皆一斉に屯所へと戻っていく。藤堂は一足先に戻ったようで、姿はなかった。
この後市中見廻り当番だった橘は、前川邸にて身支度を済ませ草履を履こうとしたところ、先に支度を終えた沖田がすでに門で待機していた。
橘に気が付いた沖田は、笑顔で手招きをする。
「おはようございます。今日は飛鳥さんも一緒でしたね。」
市中見廻りは朝昼晩の交代制で、副長助勤の下に平隊士が割り振られ、六~八人が一個小隊となり二人一組になって持ち場を見回る。まだ誰がどの副長助勤に付くかは決められておらず、この日橘は沖田と初めての見廻りであった。
綾小路通を数人で歩きながら、橘が沖田の後ろ姿を見つめる。天才剣士と呼ばれる沖田の実力に純粋に興味があった。どんな剣をふるうのか。よく考えれば年長者を差し置いてその歳で副長助勤になるほどだから、実力が折り紙付きなのもおかしくはない。
鴨川にかかる四条大橋を渡ろうとしたところ、船着き場に見覚えのある全身黒を纏った人物がいた。
「トシさん」
沖田が声をかけたところ、土方がこちらを見上げた。その顔が「面倒なのに会っちまった」という表情をしたのを橘は見逃さなかった。
沖田が河川敷へ降りていき、なにやら土方と話し込んでいる。
「どうかしたんでしょうか」
心配そうに二人を見つめていた隊士が、ふと呟く。
どうせ取り留めのない会話でもしているのだろうと橘は気に留めないでいると、沖田が橋へ戻ってきた。
「すみませんが急用ができました。皆さんは通常通り二人一組になって見廻りを続けてください。」
さらりとそう言った沖田に、皆は慣れているのかやれやれと言った具合で市中の方へ向かう。突拍子もない行動に呆れつつも、橘が皆の後に続こうとしたところ沖田に肩を掴まれた。
「飛鳥さんは、私と一緒に。」
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