第15話 熱烈な意見

 その後、左助郎さすけろうからの勧誘は長きにわたって続いた。


 曰く、左助郎は能力至上主義者というのを自称しており、力こそ全てという考えを持っている。ここでいう力とは、身体能力のこと。弱肉強食の思想が根底にあり、可能性を見いだせた練摩れんまを強化して悦に浸りたいと、馬鹿正直に話してくれた。強くして何をするかではなく、ただ強化すること自体に価値を見出している。


 一方、ただ話を聞いていただけの練摩はそれどころではなかった。


 練摩にとっては突然の左助郎からの勧誘よりも、その前の話題が頭にこびりついて離れなかった。



 自分の父親である軈堵やがとが、自分の祖母、軈堵にとっての母親である無響むきょうを殺害した。



 これが事実か否か。練摩だけでなく百良ももらも気にしていた。


 左助郎の勧誘が一段落ついたタイミングで、二人は飌奈ふうなにそのことについて問いかけた。


 しかし、飌奈は「違う……殺してない………殺してなんか……………!」と声を震わせ吐息混じりで言葉を紡いだ。飌奈はそう繰り返すだけで、それ以上は何も言わなかった。何があって軈堵が殺人を犯したと言われてるのか。左助郎と言っていることが真逆なのは何故か。そういった裏付けを示さず、飌奈は青ざめた顔で下を向きながら「違う」と繰り返し呟いていた。


 練摩と百良が戸惑いと心配を向けるのを横目に、左助郎は飌奈の様子に冷ややかな目線を向けていた。



「飌奈。庇うのはいいとして、奴の実の息子となれば本当のことを教えるべきだろう。嘘を吹き込んじゃいかん」


 呆れたように言い放つ左助郎に対し、飌奈は怒りに満ちた眼光を浴びせる。


「……嘘を吹き込んでるのはお父さんの方じゃない。軈堵は、そんなことしてないわよ!」

「ならば」


 興奮する飌奈を抑えつけるように、左助郎は淡々と言葉を被せた。

 飌奈の方を向いていた左助郎だったが、ゆっくりと頭を動かして練摩に向ける。輝きの無い吸い込まれるような瞳に、練摩は若干の恐怖を感じた。




「本人に聞けばいいんじゃないか。それなら間違いはないであろう」




 その一言に練摩は息を飲んだ。極論を言ってしまえばその通りであった。過去の事と言うのは、他人の言葉だけでは事実だという証明がどうしても取りづらい。ましてや第三者ともなり、こうして意見が食い違っているともう分からない。


 左助郎は感情の籠っていない真顔で、その横に居る飌奈は対照的に悲愴に満ちた表情を浮かべていた。顔色が心なしか先程よりも悪くなっており、「うっ」と短い声を発したかと思うと咄嗟に右手で口を覆った。


「……ごめんなさい…………少し、横になってくるわ…………」


 目を強く瞑ったかと思うと、飌奈はそう言う。「う、うん……」と百良が冴えない調子で返事し、飌奈は立ち上がり、おぼつかない足取りで部屋を後にした。

丸まった飌柰の背中を、部屋から姿が見えなくなるまで二人は見つめ続けた。


 部屋全体に沈黙が流れる。それを破ったのは左助郎だった。


「…………ところでお主、昼ご飯食べてないじゃろう? 腹は減っておらぬのか」

「え、あ、そういえば…………」


 話題転換に戸惑い、練摩は無意識に腹を押さえた。意識しだした瞬間、グゥと腹の虫が鳴いた。

 昼前に家に帰りすぐにこの家に来てからと言うものの、練摩は少量の菓子と茶しか口にしていない。数十分百良たちを話をし、儀式を行い、気絶して……一体どれくらいの時間が経っただろうか。


「今、何時くらい?」

17時過ぎたあたり」

「えっ! もうそんな?」

「めっちゃ寝てたんだよアンタ」


 百良が苦笑いしながら言った。


「たちまち夜になる。夕飯はこの家で食べていくがいい」

「いや、もうお母さん帰ってくる時間なので」


 左助郎の圧が強く、練摩は怯えながら布団をたたみ帰り支度をしだす。


「そうか。ところで、本当にウチに来てはくれないのかのぉ?」


 再度表情が柔らかくなり、練摩を引き入れようと下手に出る。


「えぇ……あの、も、申し訳ございませんが…………」


 まだ続いてたのかその話、と言いそうになりグッとこらえ、そそくさとその場を離れようとする練摩に、「お見送りするよ」と百良もついていく。

 左助郎はふてくされたように練摩を視線で追う。


「そうか……でも、儂は諦めんぞ!」

「へ?」


 練摩の目が点になる。



「何としてでもお主を強くしたいんじゃ! お主がその気でなくとも、必ずやこの家に叩きこんでやる!」



 左助郎は立ち上がり、拳を両手で作り握りしめながら力説した。燃え盛るような瞳を練摩に向け、厚い髭の下の口が大きく開いたことによりチラチラと姿を現していた。その迫力に、練摩はたじろぐ。その時だった。



「左助郎さ~ん。電話です」



 部屋の出入り口の襖が開く。そこに居たのは氷魁ひかいだった。

 左手に電話の子機を持っており、通話中のものの保留になっている。


「誰からじゃ?」

井手野下いでのしたさんから」

「おお、そうか、すぐ代わる。じゃあ練摩、気を付けて帰るんじゃぞ」


 左助郎は氷魁から子機を受け取り、「もしもし」と通話しながらその場を離れて行った。


「帰るのか。送ってこうか?」

「近いので大丈夫です。お茶やお菓子ありがとうございました! おじゃましました」


 練摩は一礼頭を下げる。


「よかったらまた来てくれよな。ところで、さっき飌奈の声が聞こえた気がしたんだけど、何かあったのか?」


 練摩と百良は顔を合わせた。

 これまた言うべきかアイコンタクトで悩みあっていると、氷魁はその雰囲気を察したように「ま、言いづらいなら言わなくてもいいけどな」と微笑んだ。


「そういえば、これ飌奈から」


 氷魁から練摩に手渡されたのは、百良のと同じ柄の御守りであった。百良のより一回り大きく分厚く、首にかける用か長い紐が輪っか状に縫い付けられている。


「寝てる間に飌奈が作ってたんだ。おまえは異常レベルでまとが多いから、その分中にふだがギュウギュウに詰まってんだ。ちと重み感じるけど、大事に持っとけよ」

「ありがとうございます」

 練摩が御守りを受け取ろうと手を差し出すと「っとその前に」と氷魁は御守りを練摩の届かない高さまで上げた。


「こっから出たら札に囲まれてないから、ここでもう纏い気しまっといた方がいいな。御守りこれだけだと限界もあるし」

「そういえばそうだね。練摩、やってみなよ。イメージで出来るから」

「イメージ?……わかった、やってみる」


 練摩は目を閉じ、己の気の流れを感じ取ることに神経を集中させた。すると、儀式を受ける前までとはまるで感覚が違うことがハッキリと分かった。身体の内側から表面に至るまで、水の様になみなみと流れるオーラを直感的に感じていた。


(これか…………しまいこむ……イメージ…………)


 そのオーラを、身体の内側にしまい込む。体内にブラックホールがあるかのようなイメージを持ち、纏い気を収納していく。段々と練摩の体内に纏い気が収束していったが、どうしても全てをしまいきれず「あれ」と困惑の声を出す。

 纏い気の様子は百良と氷魁にも見えていた。


「全部しまいきれないだろ? 最初は誰だってそうだ。だから、御守りこれが要るんだよ」


 氷魁は練摩の首に御守りをかけた。しまいきれなかった纏い気が御守りに吸収され、練摩から出る纏い気は完全になくなったように見えた。


「おぉ……! って、なんか体が急に……」


 自分の体重が一気に増えたような感覚であった。今まで普通に立っていたというのに、突然足の裏が床と接着して離れないかのような錯覚に陥った。それだけでなく、四肢が、胴が、頭までもが一気に怠くなった。体重が重くなったというよりも、重力が強くなったと言った方がニュアンスとしては近いかもしれない。


「今まで纏い気出しっぱで、身体能力が上がって体が軽くなってたからね。練摩にしてみれば、今まで通りの状態に戻ったってことじゃない」

「こんな動きづらかったっけ? 慣れって怖いなぁ」

「ま、それもすぐ慣れるっしょ」


 首からかけた御守りはそのままむき出しの状態だと目立つので、首にかけてから服の中にしまった。







「じゃあね~」

「猿と熊と車に気を付けて帰れ~」


 百良と氷魁に見送られ、練摩は鎖羅木さらぎ家を後にした。



 空は暗くなりているもまだ明るいと言える色味。オレンジから紺色にかけてのグラデーションがまるで絵画のような美しさを広げていた。空には少量の雲と、一際輝く宵の明星が一つ浮かんでいる。練摩のいる場所は山沿いのため、空が明るくとも太陽の光で出来た山の陰にスッポリと重なっていた。そのため辺りは暗く、まばらに置いてある街灯と時折通る車の光が目立っていた。


(う、動きづらい)


 重く感じる体を精一杯引きずり歩く。そのスピードは普段よりも断然遅い。

 慣れるまでの辛抱とはいえ、この状態の生活が数日間続くと思うと中々憂鬱な気分になる。




「こんにちは」




 練摩の行く手に、一つの人影。その人影に声をかけられた。


「この時間だと、もうこんばんはかな?」


 二人の間に風が吹く。辺りの木々が揺れ、静寂に音を奏でた。

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