新生活編

第9話 纏い気のナゾ

 他の児童が保護者の迎えを待ってから下校し、その後練摩れんま百良ももらの二人も保護者を校庭で待っていた。やがて、練摩の母親の真楽まらが「お~い!」と手を振りながら迎えに来た。仕事に言っていたらしく、いかにもOLといったような仕事服をピッチリと身に着けている。


「ごめんね~遅くなって! 会議があったもんで…………って、どうしたのその服の血⁉ 脚も腕も傷まみれじゃない! あと鼻血も…………!」


 真楽は練摩の姿を見るや否や、焦りと困惑の表情で練摩に駆け寄った。

 ポケットからハンカチを取り出し、傷口から出ていた血液を拭き取る。純白のフワフワ素材のハンカチが、一瞬で赤黒い雑巾のごとく様変わりした。


 傷口の血をを念入りに拭き取り、持っていた鞄の中から絆創膏を取り出し張る。応急処置が手際よく行われ、一連の流れを見ていた百良は「おお~」と感嘆の声を出した。


「これで良しっと……あらっ⁉ お嬢ちゃんも凄い怪我してるじゃない⁉」


 真楽は百良の方を見て驚愕した。「え、私?」と目を丸くする百良。


「早めに処置しないと傷跡が残っちゃう。女の子なのに、それは見過ごせないわ!」


 百良はされるがままに真楽の応急処置を受けた。何枚持っているんだ、とツッコミをせずにはいられないほどの、文字通り枚挙まいきょいとまがないほどの絆創膏を所持していた真楽。そこからあっという間に手当てが終わった。


「あ、ありがとうございます」


 百良は目を丸くしながら、戸惑う様に多として頭を下げた。。


「全然お礼なんていいわよ~。二人共、切り傷とかだけで、歩けないとか体に異常があるとかない?」

「大丈夫です」

「見た目は酷いと思うけど、全然動けるから安心して」


 練摩と百良の言葉に胸を撫で降ろした真楽は、「本当に無事でよかったぁ~!」と両腕を広げて練摩と百良を一緒に抱きしめた。

 シャンプーの香りに包まれ、真楽の細い腕が二人の首に回る。


 練摩と百良はその唐突な行為に、ただただ唖然とした。


 真楽の鞄から音楽が流れ始める。中に入っている携帯に着信が来たのだ。

 練摩と百良から離れ携帯を取り出す。画面を見て電話の相手の名前を確認すると、「あっ」と顔色を明るくし「もしもし? お姉ちゃん…………うん、怪我はしてるけどそれほどでもないらしいわ」よ電話をし始めた。


「あんたのお母さん良い人だね」


 尊敬する母親を褒められ、練摩は上機嫌に「でしょ~?」と言う。




「お~い百良ももらぁ~」


 二人が真楽を見ていると、百良を呼ぶ声が一つ。気だるそうな男性の声だった。


「あっ!」と百良は声のした方を振り向く。練摩も同じように振り向いた。


それは、若々しい男子であった。見た目は十代後半より少し幼いもので、百良の髪色をさらに黒に近づけたような色の髪を生やしている。左目は前髪で隠れており、認識できる右目はタレ目で眠そうな目をしていた。

オーバーサイズの青色の服。七分袖の広い袖口から伸びる腕は、見かけによらず筋肉がついている。

ヨレヨレの長ズボンを履き、さらに足には靴下を履いていると思いきや、彼は裸足であった。そこにサンダルの組み合わせで、足を引きずり音を出しながら歩く。まるで朝起きて新聞を取りに外に出てきたかのような雰囲気であった。


左手を服の中に入れ腹を、右手を後頭部に回して頭をそれぞれ掻く。

ずっと猫背であったが、姿勢を正したかと思えばそれはただ欠伸あくびをするために息を大きく吸うためで、「ふわぁ」と一回大きな欠伸をしたかと思えばまた猫背に戻る。


「あそっか、今日平日だからお母さん仕事なのか」

「そうそう。で、僕が来たってワケ」

「そっちだって高校生のくせに…………それにしては来るの遅くない? 連絡来たの遅かったの?」

「いや、連絡来てから三十分ぐらい昼寝してた」

「な~にやってんの!」


 百良とその男性の会話を眺める練摩。

 その男性が練摩に気づき「あれ?」と振り向いて練摩の顔を凝視した。



「なんで君まと出てるの? ウチにキミみたいな子居たっけ?」



 纏い気が見えるということは、この人も鎖羅木さらぎ家の人なのだろう。

 「これは……」と返事に困っていると、百良が間に入り助け船を出した。


「このまえ話した奴だよ。転校したクラスに纏い気出してる奴がいるって言ったあの」

「あ~そういえばそんなこと言ってたね。んじゃキミも鎖羅木くんなの?」

「い、いえ、苗字は小形日こがたびです…………」

「あれ、そうなんだ。でも親のどっちかが鎖羅木の人なんでしょ~」


 再度もう一回、大きな欠伸を出す。

 おっとりと間延びした話し方に、練摩の眠気が誘われた。



「あ、言い忘れてた。僕の名前は鎖羅木さらぎあお。よろしくね。えーっと…………」

「練摩」


 名前が分からない蒼に、百良がボソッと助言する。


練摩れんま。練摩って名前なんだ。かっこいいね」


 感情の起伏が少なく、ただただゆっくりと話す。それが決して棒読みというワケではなく、素でこのような話し方なのだろうという推測は容易に出来た。


「ありがとうございます」


 名前を褒められた練摩は、照れて目線を反らしながら顎を親指でポリポリと掻く。


「私の兄ちゃんなんだ」


 と百良が言う。百良と蒼は兄妹。にしては性格が似てないなと内心練摩は思った。

 続けて、


「兄ちゃん、練摩は飌奈おかあさんの弟さんの子どもなんだって」

「え、お母さんに弟居たの。じゃあ僕達いとこどうしなんだね~」


 蒼はずっと練摩と目を合わせようとする。練摩は小っ恥ずかしくなってつい視線をそらしてしまう。



「……で、なんで練摩はそんなに纏い気出してんの? 百良も、御守り家に忘れたの?」


 蒼は話題を変え、纏い気について言及しだした。

鎖羅木の人間である蒼にも纏い気は見えているのだ。


「私の御守り~?……そーいえばあの時……」


 百良は記憶をさかのぼる。


 閒盧あいろに挑発され、御守りを放り投げ戦闘を始めた。百良はそのことをすっかり忘れており、御守りを校舎に放置してきたのだ。


「そうそう、学校の中置いて来たんだった。だから多分木っ端みじんになってるよ今頃」

「お母さんに怒られるよ~。あれ作るのめんどくさいらしいから」


 あの御守りが百良の母親の手作りだと知り、練摩はその技量とセンスに驚きを受けた。


「キミは……そもそもおふだとか持ってる?」

「お札?」

「しまいこんでもどうしても体から溢れちゃう纏い気を吸収するためのものだよ」


 百良が説明する。

 それより前に、練摩は初めて百良から説明をされたときから疑問に思っていることがあった。


「……気になってたけど、纏い気って鎖羅木さんの体から出るものなんだよね? 理由は分かってないけど」


「うん。そうだけど?」

「なんでしまうの? 今のお札もそうだけど、なんでそんな、外に出さないようにするの?」


「それが分かんないんだよね~」


 百良に聞いていたつもりが、答えたのは蒼であった。


「小さい頃から家族に取り敢えず出すなって言われてきただけだしね~。多分誰も知らないんじゃない? あの様子じゃ、今の大人も小さい頃言われたからそうしてるって感じだったし」

「私も不思議には思ってたんだよ」


 百良は「ちょっと説明が難しいけど」と前置きしてから話し出す。



「鎖羅木家の人間って、すんごい身体能力持ってるって言ったでしょ?」

「うん。さっき見た」

「イキッてるわけじゃないけど、あれ別に全力じゃないからね」

「あ、あれで?」


 練摩は唾を一回飲んだ。

 音楽室で爆発を避けたあの俊敏性、瞬発力。

練摩に記憶はないが、閒盧を追いかけ校舎内を走り回った後すぐの閒盧との戦闘を開始する持久力。

四十キロほどある練摩を一瞬で片腕で軽々と持ち上げる怪力。

校舎から高く飛び上がった跳躍力。


どれも一般人からしてみれば化け物のような力を見せているが、それが全力ではないという。


「なんて言えばいいのかな、鎖羅木独自の力ってのがあって、それは鎖羅木の人間全員が持ってて、脳のリミッターを解除して少しずつ出すの。そうすることで段々と鎖羅木の力が解放されて行って身体能力が上がるんだけど、それと同時に纏い気も一緒に出るんだよ」

「強ければ強いほど纏い気の量も多いってワケ。アレだよ、ドラゴンボールの気みたいなものだよ」


 漫画の例えを出され、妙に納得したのと同時に蒼に親近感が湧いた練摩。



「だったら尚更なおさら、なんで纏い気を出さない……と言うより、運動神経がいい状態で行動しようとしないんでしょうか…………。日常生活も楽になると思うのに」


「そうでもないよ」


 と蒼が言う。


「ずっと纏い気出てるとさ、力加減がよくわからなくなるんだ。普段の感覚で箸を持とうとしたら箸がバキッと折れたり、ちょっと転びかけて壁に手をついたら壁が砕けたり……」


「流石にそれだけの理由じゃないんだろうけどね。取り敢えず私たちには分かんないんだよ」


 蒼の口から出る超人的エピソードに練摩はたじろぐ。と同時に、己の身の心配をし始めた。



「……そうなったら、ずっと纏い気が出てる……? 僕はどうなるんですか?」

「普通にしまえばいいじゃん。って、そっか。練摩、そういえば受けてないのか」

「そう言えばそうやん! え、だとしたら練摩やばくない? 多すぎない?」


 百良と蒼の会話に、練摩はついていけなかった。

儀式とは何のことだ。

 多すぎと言うのは恐らく纏い気の事なのであろうが、自分の纏い気は自分には見えない。


「なんかややこしいなぁ~。とりあえず練摩、今から僕たちの家来ない? もう帰るんでしょ?」

「いいんじゃない? 家族みんなに練摩のこと紹介したいし、儀式も受けた方がいいだろうし」

「儀式って何?」

「まあウチ来れば分かるよ」



 百良がそう言ったタイミングで、真楽の電話も終わった。

 疑問が残る中練摩は真楽に駆け寄る。


「お母さん、ちょっと百良ちゃんの家に行って来ていい?」

「百良ちゃん? あの女の子のこと?」


 真楽は百良の方をチラリと見た。


「うん。今誘われたんだ」

「行くのは全然構わないけど、流石にその服着替えてから行きなさいよ?」


 真楽は練摩の血まみれの服を指さした。


「あ、忘れてた…………」


 練摩は苦笑いした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何も知らない忌み子の子 田原登 @TaharaNoboru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ