第6話 煮え切らないストレス

「どうなってんの……?」


 見た目は練摩れんま、中身は閒盧あいろという不可解な状況に、百良ももらの口から困惑の声が漏れる。


「驚くのも無理ないな。特別に教えてやろう。これは『操傀儡そうくぐつ』と呼ばれる、しん家固有の術だ。真家全員が使えるというワケではないがな。自分自身の体を小型化し、相手の体内に潜り込む。これによって、潜り込んだ相手の体を支配できるというものだ」


 古来より真家に伝わりし『操傀儡そうくぐつ』。相手の体内に己が入り、内側から精神支配をするというもの。そう、操られるというより、支配されると言った方がニュアンスが近い。入られればその者が体内から抜け出すまで体を支配される。その間の記憶や意識は一切なく、入られた瞬間から一瞬の時間で操られていた時間が経過している。

 ただ、操傀儡は使えるものが真家の限られた一部の者のみが使える術の為、過去の文献などからも詳しいことは良くわかっていない。


 身体能力は支配された人間の力量に依存する。

 また、誰かに入り込んだとしても、操傀儡を使った人間はその入り込んだ人物の記憶などを知ることはできない。あくまで、人を自分の容器代わりに使う術なのである。


「へぇ。使い勝手悪そう。操とか傀儡とか言うから、相手を自在に操ってなんかさせたり、なんか秘密吐かせるとかそういうのだと思ったよ。ロボットに乗り込んで操縦するみたいな感じか。いや、というより寄生虫って言った方がいいかな」


 百良は閒盧を挑発した。


「全く……貴様を育てた者の顔が見てみたいな」

「あ? よくそう言う奴いるけどさ、見たところでどうするってんだって話だよ」

「一理あるな。保護者が育て方を間違えたのではなく、子が育ち方を間違えた場合もあるからな。貴様のように」

「あんたが私の何を知ってんだよ。つか、なんかややこしいことになってるけど、この場合は閒盧あんたが入ってる練摩の体を触れば、捕まえたってことになんの?」


 小学校の校舎の命運がかかっている鬼ごっこに、百良は無理矢理話題を変えた。


「いや、私本人に触れなければ捕まえたことにはならない」

「は? じゃあ早く練摩から出てけよ。ヒキョーだぞ」

「それはまだできない」


 閒盧は片脚を後ろに引き、頭を低めに降ろし真っ直ぐ百良の方を見る。



「私は諸事情でこの体を調べなければならない。そのために、少し貴様にも協力してもらうぞ!」



 閒盧が練摩の体で走り出す。風を切り裂くような速さで突撃し、百良の目の前に瞬きをする速さで詰め寄る。そして、これまた勢いよく閒盧は右の拳を百良に向けて突き出す。

 百良は間一髪のところで避けたが、すぐさま次の攻撃が来た。

 不発のまま空中に残った拳は、有り余った加速度で体を左に捻らせた。その回転の勢いで、左足を軸に今度は右足のスネで百良に蹴りを入れる。


 百良は咄嗟に腕でガードしたが、威力に圧倒されそのまま廊下の反対側の壁へ吹き飛ばされた。廊下の壁は百良が飛ばされてきた衝撃で、音を立ててヒビが入り、やがて崩れた。

 体の頑丈さは中々のもので、壁が崩壊しようとも百良の骨などは折れていなかった。しかしダメージもゼロでは決してなく、皮膚が切れ、切り傷から血が垂れる。傷は無くとも内出血が青く浮かび上がり、蹴られた衝撃の痺れが全身に残り続ける。


「恐ろしいな」


 壁にめり込み、床に腰を下ろす百良に閒盧が歩み寄った。


「そこまで力をいれたつもりは無かったのだが。これほどの力をこの練摩が自覚して、使いこなせるようになったならば…………」


 閒盧は独り言を呟く。


「ふっ……ざけやがって…………!」


 そんな悠長な様子の閒盧にいきどおりを感じ、床に拳を一発放つ。その個所はたちまち窪み、ヒビが走って破片が散らばる。拳を床につけたまま、百良はゆっくりと立ち上がった。


「いきなりなにしやがんだこの野郎!!」


 百良はズボンのポケットに手を入れ、中から御守りを取り出す。練摩に纏い気を見せた時のと同じものだ。百良はそれを放り投げ捨てる。


「……なるほど。御守りそれで抑えていたのか」


 閒盧は冷静に言う。その声は、百良には届いていなかった。


「そっちがそんなまと出してんなら、こっちだって出してやるよ!」


 百良の体から纏い気が出る。練摩に初めて見せた際より量が多く、青の色味が濃い。例えるのであれば、練摩が見た百良の纏い気が青空の色だとすれば、今出ている纏い気は宝石のサファイアのような色になっている。辺りの空気がざわめきだし、肌がその異変を感じ取り張るような感覚に見舞われる。


「別に貴様と手合わせするつもりは無かったのだが……少しぐらいであれば大丈夫か」


 百良ももら閒盧あいろが、同時に動く。拳は拳でいなし、脚は脚でいなす。その一発一発に場の空気を揺らすような衝撃を蓄えており、一進一退の接戦が繰り広げられていた。

 お互い傷や口から、健康的な赤い血を流す。服にも当然血はこびりついている。


 手合わせをしている間、必死に相手を倒そうと画策する百良と違い、閒盧はただひたすら自分が支配している練摩の体に感心していた。




廊下一面を使い無我夢中で素手喧嘩ステゴロ(?)をしていた二人であったが、横槍が入った。


「な、何してるんですかあなたたち⁉」


 中肉中背の男性が二人、突如として階段を上がって現れた。片方は頭部に髪が存在しなく蛍光灯の光を反射させ、もう片方はかけている丸眼鏡で光を反射している。


「あの二人は?」

「確か……この学校の校長と教頭…………だったはず」


 そう言われ、閒盧は「あー……」とある程度察した。

 消火栓の非常ベルが押され児童が避難し、火元はどこか、悪戯だったのか否かを確認しに来たのであろう。

 そこに児童二人が人間とは思えない力をぶつけあっている場面に遭遇した。

 それが現在なのだろう。


「えーっと、これは……」


 百良はどう弁明しようか悩むが、一瞬どころか時間をかけてもこの状況をはぐらかす言い訳を思いつくことはできないだろう。お互い血がついた体、崩壊している校舎……。何をどう説明すればいいというのか。

その時、「……先生」と閒盧が声を出した。


「先生たちはベルを聞いて、見回りでやってきたのですよね?」


 練摩や百良と話すときより声色を柔らかくし、物腰丁寧に校長と教頭に尋ねる。


「そ、そうですが……君たち一体何を…………」


 そう、という返事を聞いた直後に、教頭が話し続けているにも関わらず上から被せるように「でしたら」とまたしても尋ねる閒盧。


「あなたたち二人以外に、校舎内に見回りをしている先生はいますか?」

「いや、私たちだけだが、児童を確認してから後で他の先生も……」

「そうですか」


 最後まで話を聞き終わる前に、閒盧は一瞬にして校長と教頭の背後に周り、頚椎に打撃を与えて二人を失神させた。校長と教頭は、膝から床に崩れ落ちた。


「あんた……自分が練摩の体に入ってるってこと、忘れてんじゃないの?」


 一連の流れに対し、百良が呆れたように言う。


「忘れるわけない。体臭も自分のものでないし目線もいつもより低いしで、ずっと違和感にさいなまれているのだぞ」


 閒盧はそう言いながら、倒れた校長の手首についている腕時計を見た。そして「おやっ」と目を少し丸くした。


「あっそ。ま、とりあえず試合再開だ!!」


 百良が閒盧に対し突進する。その時、練摩の体から小さな虫のような影が一つ飛び出した。小型化した閒盧であった。閒盧は百良が動いたのと同じタイミングで、練摩から脱出したのだ。



「はっ! 僕は今までなにを…………?」



 と目覚めた練摩の目の前は、異様な光景であった。上下左右の視界の端に、ボロボロになった廊下が映る。視界の真ん中には、握りこぶし。


 タキサイキア現象、と呼ばれるものがある。簡単に言うと、事故などの突発的な危機的状況に陥った際、事故にあうその瞬間だけ景色がスローモーションになるというものである。



 練摩の視界も、スローモーションに映っていた。ゆっくりと近づいてくる拳に、練摩の思考は停止する。唯一行動できたことは、「え?」と困惑の声をひとつ出すことのみであった。

 状況を理解する間もなく、その握りこぶしは練摩の顔に突き刺さった。



「ぐゎはぁっ……!!!」



 練摩は目を回し、鼻血を出しながら後ろへと倒れた。


「どうだ! 私の勝ちだ!」


 百良は倒れる練摩に向かって笑い声をあげる。

 その時、百良の背後から音が鳴った。振り向くと、何も無いように見えた空中に、赤いマントが一瞬のうちに現れた。その中から伸びた足が、床に着き体を支える。


「もう充分だな。練摩の能力は良く分かった」


 閒盧は背伸びをしながら、顔についている傾いた翁の面を手で直した。

 百良は怪訝そうな表情で閒盧を見てから、ハッと我に返る。


「え? あんた、いつ出てきたの?」

「たった今だ。貴様に殴られる直前にな」

「じゃあ、私が殴ったのって…………」


 練摩の方を振り向くと、練摩は顔を押さえながら激痛に悶え泣きわめいていた。

 声も無論、普段の練摩の声に戻っている。


「な、なんで百良ちゃん、急にこんなぁぁ~……!」


 あれほどの威力のパンチをモロに喰らって意識があるだけでも、練摩が一般人と体のつくりが違うことを示している。


「え、えぇ〜ごめん! マジでごめん!」


 練摩のわめき様にいたたまれなくなり、百良は練摩に謝罪した。そうしてから、再度閒盧の方を向きなおした。


「何も言わず練摩から抜け出すなんて、やっぱあんたヒキョー者だな!」


「抜け出す?」と練摩が疑問の声を出す。しかし、見事にどちらの耳にも届いていなかった。


「別に言う義理はないだろ。こんなことをしていたせいで、あと三分しか残り時間が無いことに気づいてな」

「ほぉ~ん…………あれ?」

「あと三分!!??」


 驚いた練摩はいしゆみに弾かれたように上体を起こした。

 直近の記憶が無い練摩にとって、記憶のある百良にとっても、短すぎる残り時間は絶望でしかなかった。


「色々と想定外だったせいで、このままだと私までも爆発に巻き込まれかねん」

「想定外って、こうなること見越してなかったなんてやっぱあんたアホなんじゃないの?」

「この計画を考えたのは私では…………って、こう言っている間にも時間は過ぎているのだったな」


 百良の言葉にイライラする閒盧は、一度深呼吸してから「ならこうしよう」と提案した。


「今立っているこの周囲の範囲で、私は逃げよう。貴様らは私をこの範囲で捕まえるがいい」

「いや待て」


 と百良が言葉を止める。


「あんたも爆発巻き込まれたくないんでしょ? ここまで来たんならもう素直にそのスイッチの場所教えて、爆発防いだ方がええやん。なんでそんなに鬼ごっこしたがるの」

「理由があるからだ。何故とは言えないが」


「あ~~~~もう!!! さっきっから目的も理由も教えてくれないし、本っ当なんなんだよあんた! いい加減にしろよ!」


「だーっやかましいっ! 説明をしたところでその説明の説明をしなければならなくなるのが、時間がかかるし面倒なのだ!」


 百良だけでなくついに閒盧のストレスも爆発し、話し声が荒っぽくなった。


「逆ギレすんな! なんだよ面倒って! どうせあんたの伝える力がないだけなんだろうが! あんたの迷惑に付き合わされてるこっちの身にもなれぇー! 時間かかってでも説明しろよ!」


「時間がかかったら爆発するのだぞ。こんな馬鹿馬鹿しいことで、命が脅かされるのはまっぴらごめんだからな!」


「そりゃこっちの台詞だわ! 馬鹿馬鹿しいって分かってんなら最初っからやんなバ━━━━━カ!!!!!!!!」



「ちょ、ちょっと二人共落ち着いて~!」


 舌戦ぜっせんがヒートアップする百良と閒盧の間に、練摩が割って入る。


「もうあと二分しか…………」


 練摩は天井を指さしながら言った。先程床に横たわった際に、天井に取り付けられている爆弾の存在に気づいたのだ。

 爆弾に取り付けられているタイマーは、一刻一刻と時を進める。残り時間は二分と少ししか残っていなかった。


「っ~~~~~もうっ! よし! 二人でとっととあの能面バカ捕まえよ!」

「う、うん!」


 練摩と百良、そして閒盧との最後の鬼ごっこの火蓋が切って落とされた。

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