再起

 どれくらいの時が過ぎたんだろうか。殺すことも死ぬことも出来ず、ただ息をすることでしか自分を確かめられない。兄さんの薬と金はみるみる減っていく一方だった。

「ご飯、ここに置いておくね」

動けない俺の代わりに兄さんが食事の用意をしてくれるようになった。

「早く、良くなってね」


——早く、良くなってね


言葉と同時に"気持ち"も頭に響く。呪いは最早そんな強さまで達している。兄さんだって本当は動くだけでも辛い筈なのに、それでもなんとか俺の世話をしてくれている。この状況をなんとかしたい。こんな事を考えるのは何回目なんだろうか。そう思った時、壁の向こうから大きな音がした。嫌な予感がする。

「兄さん!」

必死の思いで這って出た部屋の先。兄さんは冷たい床に横たわっていた。

「しっかり、しっかりして!」

「ごめんね、少し疲れちゃったみたいだ……」

よかった、意識はある。でも俺のせいだ。俺が碌に働けなくなったから、兄さんはこうなってしまった。

「ごめん、ごめん……。俺、ちゃんとするからさ。ちゃんとするから、兄さんは自分の身体を大事にしてよ」

「ロージェも大変だろう? 僕がしっかりしてれば、こんなことには……」

「大丈夫だよ。もう無理しないで」

もういっそ人の命を奪うことをやめた方がいいんだろう。これは俺に対する罰だ。罰は受け入れなければならない。暗殺なんて愚行から足を洗うべきだ。稼げる金は減るけど、このままでいるよりは断然良いに決まっている。真面目に働いて、兄さんを助けよう。


 それから数日が経った。兄さんはずっと寝込んでいる。

「今日からまた頑張ってくるね」

一言だけ添えた書き置きだけ残し、街に向かう。久々に動かした足はとても重く、道のりが困難に感じる。だけどこんな事で根を上げてはいられない。

「今日からまた、よろしくお願いします」

久々に対面したギルド長に挨拶を行うと、にこやかに返事を返してくれた。

「待っていたよ、ロージェくん」


——待っていたよ、ロージェくん


相変わらず言葉と"気持ち"が同時に頭に届くのは慣れない。でも、こうやって生きるしかないんだ。そう自分に言い聞かせる。素材の管理、薬草の手配、薬の調合。やることは多いが身体は覚えていたみたいで、躓くことなくこなしていける。

「ロージェくん」

仕事が終わり、ギルド長が話しかけてくる。

「例の件ですか?」

「あぁ」

次期ギルド長の話だろう。もう断る必要もない。潔く受け入れよう。

「戻ってきたばかりだが、やはり君ほど出来る人間はいない。時間をかけてもいいから、私の跡を継いでくれんかね」

「俺もそのつもりでいました。直ぐには難しいですが、時が来くれば有り難くその座を頂戴します」

「ありがとう……! 忙しくなるかもしれんが、その分稼ぎも良くなる。お兄さんの事で大変だろうけども私に出来ることは何でもするから遠慮せず言ってくれ!」

「はい、ありがとうございます。それでは」

稼ぎが良くなるといっても、今までよりかは確実に少なくなる。それでもやっていくしかないんだ。


 なんとか一日を終え、帰路を辿る。老人から受けた呪いは今の所悪い方向に作用していない。この調子で続けていけば問題ないのかもしれない。


——誰かの命を奪っておいて?

——どの口が言えるんだよ

——よく堂々と外に出られるな


「……っ!」

とうとう存在しない人物まで、なのか。脳内に直接響く声、罵倒、憤りは止むことなく俺を襲い続ける。そうだよな、やっぱりそうなんだよな。これで全てが丸く収まる訳がない。過ちは無くなったことにならない。俺だって罪を償いたい。この命でそれが贖えるなら喜んで差し出すさ。でも駄目なんだ。死ぬことすら許されないんだ。どうしたらいいんだよ。とにかく、今は帰って休むしかない。吐きそうになりながらも、何とか家まで辿り着いた。

「おかえり、ロージェ」

兄さんは珍しく目を覚ましていた。

「ただいま。身体は大丈夫なの?」

「うん、少し良くなったみたい」

「良かった……」

「ロージェこそ大丈夫だったの? 顔色、悪いよ?」

「久しぶりだったからかな、少し疲れちゃったよ」

「そっか。ゆっくり休んでね」

それだけ話した後、食事も取らずそのままベッドに傾れ込む。


——兄に嘘をついている気分はどうだ?


最悪だよ。放っておいてくれ。


——これからも騙していくのか?


そうするしかないだろう。


——いつか知られることになるぞ


それだけはさせない。


絶え間なく鳴り響いてくる声に律儀に返答している。全く眠る事が出来ない。それでも俺は目を瞑り続けるしかなかった。そして一睡も出来ないまま、夜が明ける。眠たい目を擦りながらも、俺は街に向かう。二度と兄さんをあんな目に遭わせる訳にはいかない。誰かも分からない声に責められ続ける日々を繰り返し、一月ほど時間が経った。


「ロージェくん、ちょっといいかね?」

いつも通り仕事を始めようと準備をしていると、ギルド長が話しかけてきた。折角快く受け入れたのにまだ催促をしてくるんだろうかと身構えた、が。

「フィアラの樹を知っているかね?」

「あぁ、北方の限られた地域にしか生えないという……それが何か?」

「実はだね。その葉の効用が明らかになったと本部から連絡が来たんだが」

「……?」

「君のお兄さんの病気が、治せるかもしれないんだ」

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