episode 7

episode 7-1 …な、なんでも、ないです。わ、忘れてくださいっ

 そして迎えた次の日曜日。学校祭本番も近づいてきたけど、この日ばかりはそうも言っていられない。

 冬の全国高校サッカー選手権、東京都予選一次トーナメント二回戦当日。


 一次トーナメントを安定して突破している城東学苑じょうとうがくえん高校を迎えたメジガクのグラウンドには、サッカー部の部員、大会関係者のみならず、学校祭準備で登校していた一般生徒も興味本位っていうのもあるかもしれないけど、それなりの人でごった返していた。


「高瀬―、にーたん、しゃんとしろよー」

「高瀬君―、頑張ってー」


 そのなかには、見に来るって宣言していたむっちゃんと白沢さんの姿も。

 試合前、コイントスで守るエンドも決め、ピッチ内で円陣を組んで最後のミーティングをするメジガクイレブン。


「城東学苑も、俺たちと全く同じフォーメーションを採用してる。ミラーゲームになるだろうから、一対一の部分で負けないように、集中していこう」

 僕と同じ右サイドのシャドー(攻撃的MF)北山の分析の後、最後に一回戦のヒーローにーたんが、いつものように締めにかかる。


「うしっ、今日も勝って代表決定戦行くぞ。ファイトー」

「「イッパーーッツ‼」」


 もはやこの掛け声にどんな意味が込められているかわからないけど、これがいつものことなのでもう誰も突っ込みを入れたりはしない。円陣が解かれた後、サックスブルーを基調としたユニフォームを着た僕らはそれぞれのポジションに散る。

 すぐ、主審の乾いた笛が鳴り響き、黒のユニフォーム城東学苑のキックオフで試合が始まった。


 試合は、やはりというか個々の実力で上回る城東学苑が攻め込む展開になった。いや、開始直後はメジガクがボールを持つ時間が長かったのだけど、城東学苑の強度の高いプレッシャーに負け危険な位置でボールを奪われるケースがチラホラと起き、そのうち自陣でボールを持つことを諦め、すぐに前線のにーたんに雑なロングパスを放り込む戦術に切り替わった。


 が、城東学苑の守備陣は体が大きいし強く、にーたんでもなかなか競り勝てず、僕らはボールを満足に持つことができず、守備に追われるようになった。


 試合前、北山が言っていたように相手も全く同じフォーメーションを採用するミラーゲームとなった。即ち、右のウィングバックである僕は同じポジションである相手の左ウィングバックの7番と対峙することになったのだけど──


「──っ、こいつ、上手いっっ!」

 この7番、めちゃくちゃドリブルにキレがあって、リズム感が普通と少し違った。ちょっとでも隙を見せようものなら縦にぶっちぎられるし、かと言って縦を意識し過ぎると斜めに強引にカットインしてシュートや危険なラストパスを出してくる。


 要するに、めちゃくちゃいいようにやられていた。

「へいへい、相手の右サイド全然ついていけてないよー、もっとそこ使っていこーぜ」

「いいぞー、愛子あやし―、積極的に仕掛けていこーぜ―」


「高瀬ー、守備軽くなってるよー! しっかり最後まで相手のこと見て、楽しようとするなー! 高瀬の運動量ならついていけるって!」

 すると、そんな状況を見ていたギャラリーのむっちゃんから、そんなコーチングが飛んでくる。


「だとよ、冬生。むっちゃんがお怒りだ。ちょっとはまともな守備しないと後でどやされるんじゃねーの? どしたよ、サイドの対人プレーは冬生の得意分野だろ?」

 プレーが切れた合間、相手のコーナーキックのため守備に戻ったにーたんがそっと僕に話しかけてくる。


「……リズムが独特なんだ。あの7番。普通のタイミングで守備すると置いていかれる」

「ふーん。で? 俺へのチャンスメイクはいつ頃になるんです?」

「……もうちょい待って」

「へいへい。楽しみに待ってるよー、冬生」


 それからというもの、僕は愛子という名前の7番の対応に四苦八苦しつつも、だんだんと彼のプレーに慣れてきて、一対一でボロ負けすることは格段に減ってきた。


 とは言え、それだけで試合が上手くいくとは限らないのがサッカーなわけで、メジガクは前半終了間際、最終ラインの集中力が切れたタイミングで決定的なミスが起きた。不用意なパスを相手FWに奪われ、そのまま簡単にシュートをゴールに叩き込まれ、先制を許した。


 一点ビハインドで折り返した後半。少なからず一点は取らないといけないメジガクだったけど、なかなか悪い流れはひっくり返すことはできず、後半も半分が過ぎる頃合いくらいまでメジガクはまともに攻撃することすらままならない苦しい展開になった。


 ただ、城東学苑の選手たちもさすがに試合のほとんど攻め続けていると疲れというのも出てくるもので、僕が対峙する7番も動きにキレが見られなくなってきた。

「……そろそろ、かな」

 後半三五分、城東学苑のコーナーキック。アディショナルタイムを含めても、残り一〇分あるかないかくらいか。ここでの失点は決定的だ。でも、城東学苑は試合を決める二点目を取りに、ディフェンスの選手も上がっている。


 カウンターにさえ、繋げられたら……。

 そんなことを考えながらマークについていると、コーナーアークから相手キッカーがボールを蹴りこんできた。ニアポストにいた僕の頭上を越え、ボールはファーのにーたんの頭にヒット。


 そのボールが、ちょうど北山がコントロールしやすい位置に転がった。瞬間。

「冬生! 走れっ! カウンターだああああ!」

 にーたんの地鳴りのような叫び声が僕に飛んできた。

「言われなくたってっ!」


 予感だけしていた僕は、北山の目前にボールが落ちたタイミングで、自分のマーカーを捨てて敵陣めがけてダッシュを切っていた。他の選手より、ワンテンポ、ツーテンポ早く動き出したことで、僕の前方には広大なスペースが生まれていた。


「高瀬っ!」

 その動き出しをしっかり見ていた北山が、僕の前方めがけて縦に速いパスを差し込む。

「……ナイスパス、北山」

 北山からのパスを受け取った僕は、全力で走りながらボールを前に持ち運ぶ。

 明らかなメジガクのチャンスに、これまで沈黙していたホームグラウンドのギャラリーも、今こそと声援の大きさがドンと跳ね上がった。


「高瀬―! いっけえええええ!」「高瀬君っっ! チャンスチャンス!」

 五〇メートルくらいボールを運んだところで、ようやく城東学苑の選手が僕に追いついた。さすがに、ボールを持っている選手と持っていない選手だったら、持っていない選手のほうが走るのは速くなるからね。追いつかれるのは時間の問題だった。でも。


 八〇分近く攻め続けた上に、瞬間的に五〇メートルも全力疾走させられてヘロヘロになった7番相手なら、下手くそな僕でも抜けるっ!


「なろっ、お前、なんでまだそんな元気なんだよっ……!」

 ここまで散々いいようにやられた7番を振り切り、とうとうペナルティーエリアの角までひとりで辿り着いた。僕の目の前には、もうゴールキーパーしかいない。


 大チャンスだ。いつ打つ? キーパーの立ち位置は? ニアに強いシュートか? それともファーに巻くように打つか? どっちだ? どうする──


「高瀬っ! 後ろっっっ!」

 エリア内、僕が一瞬の間思考を張り巡らしたことで、にたび7番が僕に追いついたみたいで、むっちゃんのコーチングが飛んできたとき。


「いっっ!」

 7番の後方からのスライディングが、ボールではなく僕の右足にモロに直撃した。

 鈍い痛みに堪えきれず、僕はその場で倒れ込んでしまった。


 ピィィィィィ!


 主審から力強い笛の音が吹かれると、毅然とした態度でペナルティースポットを指し示す。

「PK! 城東学苑7番、イエローカードね」

 そのジャッジがなされたとき、グラウンドのテンションは一段と盛り上がりを強めた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 地べたに座り込みながら、スライディングが入った右足をさすっていると、遅れてやってきたにーたんがポンポンと僕の肩を叩く。


「ナイスラン。冬生の泥臭さが生んだPKだ。あとは俺に任せろ。つーか、足大丈夫か? がっつり刈られてただろ」

「……へーきへーき。少しすれば収まる。もう交代枠使い切ってるんだ。ここでリタイアなんてできないよ」


「ま、そうだな。とりあえず、水でも飲んどけよ。さっきからタッチラインギリギリで千歳がボトルと救急箱持ってそわそわしてるからさ」

 目線をベンチのほうに向けると、なるほどジャージ姿の優羽が心配そうな面持ちで僕のことを見つめていた。


「りょーかい」

 ゆったりとした足取りで一度ベンチ前に戻ると、

「たっ、高瀬さんっ。足、怪我してませんかっ? だ、大丈夫ですか?」


 PKを喜ぶより先に、優羽は僕の足の心配をしてきた。

 差し出されたボトルを受け取り、僕は一口含んだのち盛大に頭から水を被った。


「大丈夫だよ。スパイク入ったわけでもないし。大して痛くもない」

「よ、良かった……です……」

 さらにタオルで汗や水をゴシゴシと拭っていると、薄いタオル生地の向こう側に、ホッと胸を撫で下ろした優羽の様子が見える。


「高瀬―! 何倒れてるのー! 堪えて自分で決めなよー! にーたんに美味しいところ持っていかれてるぞー!」

「……はは、手厳しいことで。はい、水とタオル。ありがとうね、優羽」

 にーたんがボールをセットしたのを確認して、僕はピッチへと駆け出す。すると、タッチラインを挟んだ向こう側、優羽が僕のことを突然呼び止める。


「高瀬さん」

「ん? どうかした?」

「……な、なんでも、ないです。わ、忘れてくださいっ」

 くるっと振り返った僕だけど、優羽は俯いて結局何も言葉にすることなく、ベンチ代わりのテントのなかへと戻っていった。


「……何かあったのかな。けど、とりあえず今は」

 すぐに僕は意識をエリア内で仁王立ちするにーたんに向ける。時計の針はもう後半三八分。このチャンスを逃したら、敗色が濃厚になってしまう。


 しかし、そんなプレッシャーとは無縁なのが新川青葉という男。

 恐ろしいほど強靭なメンタルを持ったにーたんは、相手キーパーの動きを冷静に見切って、あろうことかボールをゴール中央に堂々と蹴りこんだ。


「……やっぱ、すげーよにーたんは」

 これで一対一のタイスコア。状況が状況だったので、むっちゃんの言っていたサイレントセレブレーションなんてできるはずもなく、にーたんはすぐにチームメイトから揉みくちゃにされた。メジガクは土壇場で試合を振り出しに戻し、試合の行く末はこれで全く分からなくなった──


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