episode 6-3 わ、わかったよ、やるよ、やります、白雪姫

 五時間目の日本史も終わると、とうとうホームルームの時間に。議題はもちろん、演劇の配役決めだ。

「はい、じゃあこの時間を使って学校祭の演劇の役割を決めていきたいと思いまーす」

 実行委員の男子生徒、山寺やまでらが教壇に上がって、黒板に配役の一覧を書き並べていく。


・白雪姫

・王子

・継母

・インフルエンサー(原作:猟師)

・小人(七人)


「とりあえず、舞台に立つ役者さんはこんな感じです。台詞が多いのは白雪姫と継母で、それ以外はそんなに台詞は多くないでーす。あ。一応白雪姫と王子、キスする場面はありますけど、フリでもいいです。なので、そこらへんは安心してください。まず配役から決めていきたいと思いまーす。やりたい役がある人は教えてくださーい」


「俺、小人やりたい」「継母やってみたーい」「インフルエンサー役ってそんなに台詞多くないなら、興味あるなあ」


 山寺の呼びかけに、わらわらと応えるクラスメイト達。続々と配役は希望者で埋まっていく、のだけど。


「あらら、メインふたりが綺麗に残っちゃった。白雪姫と、王子役、やりたい人いますかー?」


 まあ、この二役に関しては「やりたい」だけでやれる役でもないのかもしれない。クラスメイトも、自ら進んで手を挙げる人はいなかった。

 数分の沈黙が続くと、山寺は少し困ったふうにして教室を見渡す。


「うーん、あまり他薦とかにはしたくないんだけど、誰もいないですか―?」

「……誰もいないんだったら、俺、王子役引き受けてもいいけど」


 そんな停滞した雰囲気を打破してくれたのは、クラスで一番のイケメンと言っても過言ではない同じサッカー部の北山きたやま。うん、北山なら王子様を演じても何も違和感はないはず。

 それは男子生徒共通の認識だったみたいで、すぐに「賛成―」「北山でいいと思いまーす」といった声が飛んでくる。


「じゃあ、北山、お願いしてもいい?」

「おう、いいよ」

「それじゃあ、最後に白雪姫役なんだけど……希望者、いますかー?」


 すると今度は女子生徒を中心に教室に沈黙が走る。……まあ、フリとは言え北山とキスをする役になるわけで、簡単に決まるとも思えない。そんな膠着状態がしばらく続いていると、継母役に立候補していたバレー部の作並さくなみがおもむろに手を挙げたと思えば、


「むっちゃん、白雪姫役、似合うんじゃない?」

 場の空気を一変させる一言を投じた。


「え、わ、私っ?」

 突然話の中心に引き出されたむっちゃんは、当然面食らった様子。所在なさげに左右をキョロキョロと見渡している。


「うん。むっちゃん、普段の言動が『あれ』だから目立たないけど、普通に可愛いし。白雪姫役、いいんじゃないかな」

「……ちょっ、急に、な、何をっ。って、っていうか普段の言動が『あれ』ってどういうことー?」


「だってねえ、休み時間にワイシャツの隙間から下敷きでパタパタ扇いだり、部活帰りに高瀬や新川とラーメン食べて帰ったりしてたらねえ、もはや女子って感じしないけどさー」

「ん、んぐっ」


 つらつらと作並に普段の「あれ」を弄り倒されるむっちゃん。急所に当たり続けているみたいで、むっちゃんのライフはもうゼロに近い。


「ところがどっこい、外見は普通に美少女だから、白雪姫役やったら、普段とのギャップで色々と面白そうだし」

「ところがどっこいって何さー! っていうか、面白いって本音出てるじゃん、もうー!」


「山形さんの白雪姫賛成―」「恥じらうむっちゃんも見てみたいー」「むっちゃん姫―」

「……う、うううう……」


 むっちゃんの抗議空しく、教室の雰囲気は完全にむっちゃん白雪姫に傾き始める。こうなると、いくらいつも調子がいいむっちゃんと言えど、断わるのは至難の業で、すぐに現実を受け入れては、ガクっと肩を落としてから、


「わ、わかったよ、やるよ、やります、白雪姫」

 諦めたようにそう絞り出しては、白雪姫役を引き受けた。


 と言うわけでウチのクラスは、むっちゃん主演の『現代語訳版:白雪姫』を出し物にすることになった。

 ちなみに僕はと言うと、きっちり演者は回避することに成功し、白沢さんと一緒に大道具係に割り当てされた。


「はーい、大道具係集合―」

 役割決めを終えてもまだホームルームの時間が残ったので、余った時間でそれぞれのグループで打ち合わせをすることに。買い出しとか、練習の時間とか、諸々を決めるためにね。


 大道具係になった山寺が音頭を取り、大道具係を教室の一角に集める。僕や白沢さんを含めた合計六人が、円を作る。すると、山寺は手際よく予め印刷しておいたプリントを僕らに回し、説明を始めた。


「脚本の国見さんと相談して、どんなのが必要になるかをリストアップしてる。最低限ここに書かれているものは作らないといけないって思って欲しい。ただ、ここはこうしたほうがいいんじゃないかとかあれば、随時相談してください」

「「「はーい」」」


「んでもって、早速準備を進めるうえで、必要な資材や道具の調達をしないといけないんだけど、明日からの休みに買い出しに行ける人っていたりする?」

 山寺の問いに、白沢さんと帰宅部の男子生徒がひとり手を挙げる。


「うーん、俺も行くけど、できればもうひとりいてくれると助かるんだ」

 他の面々は、部活に入っているからか、「ごめん土日は練習試合組まれてて」「練習があって」と、あまり反応は芳しくない。


「……なら、僕行こうか? 土日どっちも午前中で部活終わるから、午後からなら動けるし」

 さっきの配役決めでは協力しなかったし、ここでも動かないとさすがに申し訳が立たない。再来週は公式戦で手伝えないかもしれないから、僕は手を挙げた。


「まじ? 助かるよ高瀬。じゃあ、ふたりふたりで二手に分かれて買い出しに行こうと思うけど……まあ、白沢さんは高瀬と仲良いみたいだし、そのふたりで組んでもらうか。それでいいよね?」

 安堵した山寺のひとことに、今度は白沢さんが目を輝かせる。


「私はそれで全然大丈夫っ、ですっ」

「お、おーけー。なら、後で高瀬と白沢さんに買ってきて欲しいもののリストをラインで送るから」

 そこまで話したところで、六時間目終了のチャイムが鳴り響く。


「よし、じゃあ、とりあえずそんな感じでよろしくねー」

 自分の席に戻り、担任が帰りのショートホームルームを始めると、隣の席の白沢さんがひそひそ声で僕に話しかけてくる。


「高瀬君、土曜日と日曜日、どっちが都合いいかな。私は、どっちでもいいんだけど」

「なら、日曜日のほうが嬉しいかな」

「わかった。部活って、いつくらいに終わるの?」


「えっと、正午には練習終わって、後片付けだったり着替えだったりで、体が空くのは一時くらいかな」

「でしたら、お昼も一緒にどうかな。その後、頼まれたもの買い出しに行く感じで」

「うん、いいよ」

「やった、ふふふ」


「……随分と楽しそうじゃない、高瀬」

 そんな話を白沢さんとしていると、反対の席のむっちゃんが塩っぽい面持ちで両手で頬杖をつきながら僕にちょっかいをかけてきた。


「どうしたの、むっちゃん姫」

「……べっつに? ただ高瀬が佳恋といちゃいちゃしてたから、聞いてみただけ。っていうかむっちゃん姫はやめて、恥ずかしいから」

「い、いちゃいちゃなんてしてないって」


「その割には、頬緩んでた気もするけど」

「き、気のせいだよ」

「ふーん、まあ、別にいいんだけどさ」


 ぷい、っと視線を戻して先生のほうに向きを直すむっちゃん。急に白雪姫役に選ばれて困惑するのはわかるけど、僕にとばっちりを寄越すのは勘弁願いたいんだよなあ……。

 ちなみに、ショートホームルームが終わった後にむっちゃん姫の件はすぐににーたんにも伝わり、それを弄ったにーたんはきっちりむっちゃんに制裁を加えられていたのはまた別の話だ。


 土曜、日曜と部活の練習をこなして、訪れた白沢さんとの買い出しの日。日曜日の部活終わり、後片付けを済ませた僕が部室で着替えていると、


「冬生―、昼飯一緒にどうよー。駅前の陽高屋で餃子増量セールやってるらしいぜ」

 ひと足先に制服に着替え終わっていたにーたんが僕を昼ご飯に誘ってきた。


「……あー、ごめん。今日はこの後用事があって」

「新川、高瀬これから噂の転校生とデートだから無理だってさ。それじゃあ、お先に」

 僕が断ろうとすると、帰り支度を終えて部室を後にしている北山にボソッと爆弾を投下されてしまった。っていうかデートじゃなくて学祭の買い出しだし。


「……冬生、失望したぞ。お前、巨乳のエロ動画よりも貧乳の子のエロ動画のほうが結構食いつきはいいくせに、おっぱい大きい白沢にあっさりなびくんだな」

「なっ……」

「はぁ、むっちゃんも誘ったんだけど、珍しく今日は用事あるから無理って断られたし……まさか冬生とむっちゃんどっちにも断られるとは思わんじゃん……」


 え、何、僕餃子よりもおっぱいを選んだみたいになっているの今。心外なんだけど。


「いいよいいよ、俺ひとりで行くから。あ、ちゃんと報告すべき事象が発生したら、感想をレポートにまとめて俺に提出しろよ」

「……報告すべき事象って」

「それはあれよ。セ──」


「──おーけー理解した絶対にありえないから安心して餃子を食べてくれにーたん」

「はいはい、わかりましたよーだ」


 にーたんを含めて僕以外の全ての男子部員が部室を後にした。僕は、念入りに汗拭きシートで全身の汗を拭ってから制服に着替える。

 優羽はまだ女子部の部室で着替えているだろうか。いつもだったら着替え終わるのを待ってから行くこともあるけど、あまり白沢さんを無為に待たせるのも良くない。


「……行きますか」

 僕はリュックサックを背負い、部室を後にして、白沢さんとの待ち合わせ場所へと向かい始めた。


 約束したのは、午後一時半に落合駅すぐにあるファミレス。先に白沢さんが席を取っておいてくれるとのことだったので、僕はお店に到着するなり中に入り、白沢さんの姿を探す。


「いらっしゃいませー」

「あ、待ち合わせしてて……」

 すると、お店の奥のほう、ふたり掛けのテーブル席の通路側に座っている制服姿の白沢さんが、僕の姿を見つけてヒラヒラと手を振っているのが視界に入った。


「ごめん、お待たせ、白沢さん。結構待った?」

「い、いえ。私もついさっき着いたばっかりだから。あ、先にドリンクバーだけ頼んじゃってる」

「了解、なら僕も」

 ひとまず窓側の席にリュックを置き、テーブルに置かれているタブレットでドリンクバーをひとつ注文してから僕もジュースを取りに行く。


 ウーロン茶をコップに入れ座席に戻り、僕らは互いにタブレットからお昼ご飯の注文を済ませた。

「来週の日曜日、試合あるんだよね? その日、ちょうど大道具係で準備するみたいで、学校に行くから、わ、私も見に行っていいかな」

 頼んだものを待つ間、僕らはドリンクバーのジュースを飲みながら取り留めのない話をする。


「うん。全然オッケー」

「相手、強いの?」

「うーん、まあ私立だし、メジガクよりは強いかな。毎年一次トーナメントは突破している」


「へー、そうなんだ。じゃあ、勝ったら番狂わせだ。高瀬君は試合出るんだよね」

「多分、出るよ。一応レギュラーだし」

「そっか。なら、良かった」


 ……部員が一、二年生合わせて一五人しかいないから余程のことが無ければ試合には出られるとは言わないでおこう。

 日曜日の試合について話をしていると、配膳ロボットが僕らの頼んだメニューを運んでくる。


「……わぁ、このロボットほんとにあるんだ、私、初めて見たよ」

 運ばれてきた僕のレタスチャーハンと、白沢さんの海鮮おこげを受け取る。……なるほど、おこげの上に八宝菜を乗せた感じか。目の前でジュワと音が鳴るおこげはとても美味しそうに映る。


「旭川には無かったの?」

「う、うん。私の知る限りでは。部活帰りにファミレスも結構寄ったりしたけど……」

「そういえば、白沢さんって、転校する前は部活、何やってたの?」


「えっ、あ、私は、合唱部に入ってたんだ。東京でも続けようかどうかは、考えているんだけど……」

「一応メジガクも合唱部はあるし、同好会になるけどアカペラサークルもあるよ」

「アカペラサークルまで……。ほんと、東京って何でもあるんだね、毎日びっくりしちゃうよ、私」


 お昼ご飯を食べ終わり、会計しようとすると、白沢さんは伝票をひょいと掴み取っては足取り早くレジへと向かっていってしまった。

「白沢さん? じ、自分の分は自分で出すよ?」

「ううん、気にしないで。茅ヶ崎のときのお礼だから」

「いや、ほんとにその件はもう終わりでいいって」

 僕の声も素知らぬふりか、白沢さんはあっという間にふたり分の会計を済ませてしまう。


 お店を出て、東中野駅近くにある百均に向かう道すがら、僕は何度も白沢さんに千円札を手渡そうとするも、なかなか受け取ってくれない。

 奢ってもらうことになるなら、もうちょっと安いメニューにしたんだけどな……。


「……教室では、高瀬君のことを恩人って言ったけど、誇張も嘘も抜きで、そう思っているんだよ」

「別に、恩を着せたかったわけじゃ」


「あの五〇〇円はね、ただの五〇〇円じゃない。知らない街に吞み込まれそうになって、北海道に帰りたくなっていた私を、一歩踏み出させてくれた五〇〇円だったんだ。……そんな人と、再会しちゃったらさ、そう、なるに決まっているよね」

 山手通りを歩き続け、東中野駅前のロータリーに辿り着いた。隣を歩いていた白沢さんは、コクリと小首を傾げて僕の顔を覗き込む。


「……高瀬君は、今、付き合っている人、いるの?」

 そして、放たれた質問。


 ──例えば、候補を山形さんや千歳さんに限定するような旨の発言はしていません


「……い、いないよ」

 この問いは、だって、もう示唆に富んでいるじゃないか。

 白沢さんが、この質問をする意図に気づけないほど、僕は野暮じゃない。だからこそ、軽々しく言葉を選べない。選べないんだ。


「……じゃあ、好きな人は、いるの?」

「……わからない」


 白沢さんの問いに嘘なく答えるなら、これしかない。

 きっといないわけではない。だけど、僕はそれが誰なのか覚えていない。


「……高瀬君」

「何?」

「山形さんから聞きました。ここの学校、後夜祭で神社のお守りを交換してキャンプファイヤーを囲むと、恋が成就するって言い伝えがあるって」


「……情報が早いね」

「もし、よろしければ、後夜祭。……私に、高瀬君の時間をくれませんか?」


 近くを走る線路から、中央総武線の車両が走り抜ける音が聞こえてくる。

僕を恥ずかしそうに見つめる白沢さんの顔をチラと一瞥しつつ、僕は脳をフル回転させてどう答えるべきか考える。


「……今、ここで『うん』とは言えない、けど。考えさせて。当日までには、結論出すから」

「はい。いつでも、待ってるね」


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