因果

夏野ロージー

優等生の妹

 K教諭はベテランの中学校教師である。

 ちなみにKというのは、「加藤」や「河村」といった一般的なものではなく、少し珍名に属する姓である。

 年齢は1980年代初期で40歳後半から50歳といったところだ。

 

 担当科目は社会科で、お国訛りで分かりやすく、冗談を交えながら授業を進めるようすは評判がよく、生徒や保護者からの評判も高い。

 また、ローカル局で放送される番組で、入試問題の模範解答の解説を長年担当しているせいか、実際に教わったことのない中高生にも知名度が高い。

 Kが在職する中学校出身者は、高校入学後に「あの先生に教わってた?」とか、「ちょっと訛ってるけど、素朴で優しそうだよね」と声を掛けられることもあった。


 Kに3年生のとき、公民を教わっていた女生徒Mもその1人だったが、「うらやましい」などと言われても、「どうかな…」としか答えられなかった。

 声をかけたほうも、本当にうらやましいと思っていたというより、「〇〇中学校といえば」という話のネタとして振った程度だったので、特に盛り上がる話題でない。


***


 そもそもMはKに対し、どうしても好意的な感情を持てなかった。

 さらにざっくばらんにいえば、「そいつ大嫌いだから、名前も聞きたくないんだけど」が本音だった。


***


 Mはもともと中の上から上の下といったレベルの成績である。

 殊に社会科は、地理や歴史分野だった1・2年当時は得意科目で、定期テストで満点を取ることもあった。


 Mには3学年上で成績優秀だったHという兄がいる。

 Hの中学校時代の成績はトップクラスで、Kに気に入られていたようで、ちょうどHの卒業後、Mの社会科をKが担当することになったという流れだった。


 KはHの妹ということで、Mにかなり期待し、注目していた。

 実際まあまあ優秀らしいし、自分が担当している社会科は10段階評価の10を取ったこともあると知った。


 しかし実はMは、Kが担当する公民分野に、地理や歴史ほど興味が持てなかった。

 両親や兄Hから「新聞を読むといいよ」と言われても、実際に新聞で読む政治や経済のニュースが、学校の授業とどう結びつくのかが、いまひとつ理解できない。


 それでも根が真面目なMは、一生懸命Kの授業を聞き、理解を深めようとした。

 Kは、Mのそんな真摯な態度に何となく愚直さを感じてがっかりしたものの、Hの妹であるという期待値もあった。


 そこで、少し予習が必要だったり、教科書の読み込みだけでは難しい質問を意識的にぶつけてみたが、いま一つ手応えがない。時々正解を答えるときも、何となくおずおずしていた。


 Kは、自信たっぷりだったHの姿を思い出して何となくいらだちを感じたが、それでMを叱責することはなかった。

 代わりに「なんだ、今のはあてずっぽうか?」となどと言って笑った。

 K本人としては、愛のあるいじりのつもりだったのだろう。


 クラスのほかの連中は、KにつられてMを笑う。

 Mはそんなとき、ヘラヘラと調子を合わせてごまかし笑いをするので、特に険悪なムードになることはない。


 それで全てが「うまくいっている」ように見えた。

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