第20話 爆弾少女も遊びたい
陸上部へのお礼を済ませ、家に帰ると、ちょうど宅配のトラックが家の前に止まっていて、荷物を降ろしていた。
配送員の男性は、腕を大きく広げてダンボールを降ろし、3つほど重ねた。
家の前で作業しているということは、父からの送り物だろうが、一体そんなに多く何が入っているのか。
家の前でその様子を黙って見ていると、帽子を被り直しながら、配達員が口を開いた。
「もしかして業平さんですか」
「はい」
「こちらお届け物になりますので、ここにハンコかサインを」
「じゃあサインでお願いします」
そう言うと、配達員は1番上のダンボールに貼られた用紙を手で示したので、名前を書いた。
「ありがとうございます。あの⋯⋯良かったら運ぶのお手伝いしましょうか」
配達員が恐る恐る伺ってくれたが、手伝ってもらうのは申し訳ない。
「いえ、大丈夫ですので。ありがとうございます」
「そうですか。では」
帽子のつばを触って会釈し荷台を閉めると、トラックの運転席に乗り込んで直ぐにエンジンをかけて発進した。
チラリと見えた荷台の中を考えると、まだまだ仕事は多いだろう。
それなのに手伝うと言ってくれた配達員には、敬意を評したい。
俺と配達員を無視して先に家の中に入っていった明久里にも、そういう心遣いを覚えてもらいたいものだ。
「ていうか手伝う気ゼロかよ。まあいいけど」
愚痴のようなものを吐きながら、上のダンボールに手をかける。
箱は大きいが、中身は見た目ほど重くはなく、持ち上げて中の物がぶつかる音もしない。
まずひとつを抱え、ほんの少しだけ動かせる指先でドアを開け、玄関に荷物を置いた。
送り主はやはり父。
父が送ってくるものと言えば、滞在している地域にまつわる謎のお守りのようなものが多く、大体はお守りひとつに小さなダンボールという、なんとも勿体ない送り方をしている。
そもそも、俺としては父から送られるそれらは嬉しくない。今まで送られてきた土産の全ては、物置の中に眠っている。
ふたつ目を玄関に置き、最後のひとつを持ち上げようとすると、急に今までのものと違う、重量感が襲った。
とくに、腕ではなく昨日から酷使している腰に、その重さはのしかかった。
「おっも⋯⋯」
腕だけでは辛いので、スクワットするように膝を曲げ、太ももの上にダンボールを乗せながら、たかが数メートルの短い距離を、亀のような鈍い歩みで進んだ。
「あー。何入ってるんだよこれ」
運んだ箱を重ね、息を整えた。
たかが数メートル、たかが荷物ひとつで疲弊する自分が情けない。
「お疲れ様です。はじめさん」
ダンボールに手をついて息が整った所に、制服から鼠色の母が来ていたスウェットに着替えた明久里がやってきた。
制服姿でろくな荷物も持たずに我が家へやってきたから仕方がないが、華の女子高生が休日の昼間にスウェット姿というのは、如何なものだろうか。
スウェットはゆとりがあるタイプだが、胸部だけはくっきりと浮かんでいる。
「なんでもう着替えてるんだよ。そんな時間あったか」
「着替えるのなんて数十秒で終わりますよ」
「じゃあ着替える前に手伝って欲しかったな」
嫌味を含んで明久里を凝視すると、無言のままそっぽを向かれた。
いや、期待はしていない。
明久里が手伝ってくれるなど、微塵も思ってもみなかった。
今日の部室掃除だってそうだ。
サッカー部の時とやったことはほとんど同じだが、昨日以上に俺の労働量は増えた。
この目の前の爆弾系少女は、俺の事なんて都合のいい労働力としか思ってないのだ。
「まあいいや。さてと中身は⋯⋯」
重ねていたダンボールを降ろし、玄関マットの上に置き、ガムテープを剥がした。
ひとりでに開いたダンボールの中から、白い緩衝材が中から現れる。
緩衝材を取り出すと、中には箱の横幅程の円柱状の石でできた黒色の何かが入っていた。
円柱状の物には、よく分からない装飾が描かれている。
持ち上げて回してみると、円柱状のそれは上から3つの顔が描かれている。
その奇妙な顔は上から口と目を糸のように細くした笑顔のものと、口を真一文字に結んだ真顔のもの、そして口と目を大きく開いた怒っている顔の3種類あった。
アメリカのトーテムポールに似てると言えなくもないが、恐らくは別物だろう。
それにしても重たい。ひとつで1歳くらいの赤ちゃんの重さがあるかもしれない。
父が送ってきた謎の物体の中でいちばん大きく、いちばん邪魔になるものだろう。
こんなもの、物置直送しかありえない。
そう思って箱の中に戻そうとすると、もうひとつの物を明久里が持ち上げた。
明久里は両手を伸ばしてそれをまっすぐ持ち上げ、じっと見つめた。
その目は、要らない物を見るようなものでは無い。
懐かしさや愛らしさを含んだ、優しい眼だ。
「⋯⋯まさか⋯⋯これお前のか⋯⋯」
俺はダンボールに戻す手前で持ったままのその物を見た。
本当に気味が悪い。色や模様は地域性や伝統を感じるが、描かれた顔はまるで古格を感じない。
空港なんかで売ってる偽物の土産だと言われたら、百回頷くだろう。
「はい。向こうの家で飾っていた物です」
明久里は物を抱き抱えると、しみじみと頬ずりした。
まるで生き別れの姉妹に再開したかのような、哀歓が顔から滲み出ている。
「なんでわざわざ父さんはこんなものを⋯⋯あぁ」
父さんからの宅急便の意味を理解し、もうひとつの箱に手を伸ばしかけたところで止まる。
これは、あまり俺が開けない方がいいものだろう。
「どうしたんですか?」
「いや、これ全部明久里の荷物かって思って」
「ああ、そういうことですか」
不気味なオブジェクトを床に置くと、明久里はほかのダンボールへ手をかけた。
この不気味な物は安定して床から垂直に立っている。
3つの顔が俺を見つめるのは、気味が悪く悪寒がした。
明久里が勢いよくダンポールを剥がす⋯⋯というより引きちぎると、中には女性用の衣服が詰まっていた。
俺はそれらを横目でチラリと確認し、壁に目を向けた。
「よかったな。ようやく俺の母親の服から脱却だ」
「そうてすね。結構気に入ってたんですけど」
「女子高生のくせにそんなおばさんの⋯⋯んっ?」
急にスマホが僅かに震えた。
アプリのアラームにしては短い気がした。
そして俺は携帯はマナーモードに設定している。
振動するとすると、アプリの他には電話しかない。
間違い電話だったのだろうか。
ポケットからスマホを出して画面を見た瞬間、おぞましい何かが背中をかけずり回った。
『母』
と書かれた着信通知がホーム画面に現れる。
はたしてこのタイミングで、偶然遠い海の向こうにいる母が電話を、それも一瞬だけ掛けるなんて事あるのだろうか。
「いや怖いわ⋯⋯」
見なかったことにし、ポケットにスマホを戻そうとすると、また振動が鳴った。
今度は一瞬では無い。ずっと続いている。
画面を見なくてもわかる。恐ろしい呪いの電話だ。
「出ないのですか? 鳴ってますけど」
あの謎のオブジェクトをひとつ抱えた明久里の視線が刺さる。
不気味なアイテムを平然と抱えていると、不思議っ子に拍車がかかる。
SNSなんかに、『恐怖! 謎の呪物を抱く女子高生!』と写真をアップすれば、一躍有名人になれるかもしれない。なにせ見た目はかなりいい。
という現実逃避も程々に、恐る恐る画面を覗くと、やはり電話は母からだった。
出たくないが、無視すると余計に後が怖い。
生活費減らすとか言われたらたまったもんじゃない。
俺は意を決し、通話ボタンを震える指で押した。
「も、もしもし?」
「はじめ⋯⋯来月の生活費減らしとくから⋯⋯」
「えっ!? ちょっ!? お母様!?」
普段絶対呼ばない敬称が口から飛び出すが、無慈悲に通話終了を知らせるピッという音が脳内を反響した。
手元から水のようにスマホが滑り落ち、無惨に床に這いつくばっているように見える。
「おばさん⋯⋯何か言ったんですか?」
今のやり取りを聞いてない明久里が、瞬きしながら尋ねた。
「来月の生活費が⋯⋯一部失われた⋯⋯」
「⋯⋯何してるんですかはじめさん。女性に失礼なこと言うからですよ。自業自得です」
「いや⋯⋯どう考えてもおかしいだろ。盗聴器でも付いてるのか? 何千キロ離れてても繋がる盗聴器。あとお前もおばさん呼びしてるし、生活費が減って困るのはおれだけじゃないからな。とりあえず来月に備えて明日から節約だ。夕飯は鯖と鶏胸肉のローテーションだ」
「⋯⋯」
謎のオブジェクトを胸に抱き寄せたまま、瞠目し口も大きく開いた明久里の目から、ハイライトが消えた。
────
翌日、俺は朝早くから起きてリビングでコロコロ転がす、粘着カーペットクリーナーを使って微細な誇りや髪の毛などを巻き取っていた。
別に部活の影響で掃除に目覚めたわけではない。
そもそも、俺は元々掃除は人並みにしている。
クラスでもきっと、俺より真面目に掃除をする男子はいないだろう。
「朝から関心ですね。そんなにあの人が来るのが嬉しいんですか。まるで女の子を初めて家に招くチェリーボー」
「それ以上は言わせねえよ!? てか何言ってるんだよ」
昨日届いたばかりの黄色いワンピースを着て、ソファの上に足を抱えて食パンを齧る明久里が、爆弾発言を早速繰り出そうとしてきた。
発言もそうだがこの女、人が掃除してる傍でパンくずを落とすことに罪悪感とか芽生えないのだろうか。
「人を招く時はできる限り綺麗にするのが常識だろうが」
「でもはじめさん。招くようなお客さんなんていなかったのでは?」
「⋯⋯」
なぜ朝からこうも攻撃的なのか。
その常識と俺に招くような友人がいないことに、なんの関係があるというのだ。
これは論破でも弁論でもない。ただ俺の心を抉るだけの残酷な口撃だ。
「今からでも追い出すべきかこいつ⋯⋯」
そう、今日は朝から恵梨が我が家へやってくるのだ。
それ自体は別に特別なことでは無い。
久しぶりではあるが、昔からよく遊んでいたから、それが再開するだけだ。
だがひとつだけ懸念がある。
「思春期の男女がひとつ屋根の下⋯⋯何も起きないはずがなく⋯⋯」
パンを口に含んだまま下世話なことを呟く明久里は無視するとして、懸念というのは当然明久里のことだ。
明久里と俺は親戚ということになってはいるが、一緒に暮らしてるなどとは、まだ誰も知らない。
紅浦だけは女版出歯亀の特殊能力で勘づいていそうだが、不確定情報で留まっている。
だが今日、家の中で恵梨に明久里の存在を目視されれば、俺と明久里が共に暮らしているというシークレット情報が他人に認知されてしまう。
恵梨のことを信用していない訳では無いが、どこかで口を滑らされると厄介なことになる。
ならなぜ断らなかったのか? それは単純に、久しぶりに遊びたかったからだ。
時々富山君とはオンラインでゲームすることはあるが、対面で相手してくれる人となると、残念ながら恵梨くらいしかいない。
その恵梨も、この1年弱は疎遠になっていた。
だからただ純粋に遊びたかった。
そんな子供心を忘れない俺の純粋無垢な選択を、一体誰が責められようか。
もちろん、明久里に外へ行ってもらうことも考えた。
もともとこの家では明久里は客人なのだ。
それくらい家主の我儘を通しても悪いことは無いだろう。
だが俺は考えた。
恵梨に明久里と共に暮らしていることを明かすか、俺の知らないところでアラームがなるかもしれないという恐怖に怯えながら1日を過ごすか、天秤にかけた結果、俺は後者を選んだ。
「なあ明久里⋯⋯お前もゲームするか? 3人で出来るやつもあるぞ」
朝から明久里が悪質な言動を繰り出すのは、仲間外れにされたという被害意識からだと思い、一応誘ったてみる。
「いや、私対戦ゲームは好きじゃないので。ここで見てますよ」
パンを食べ終え、明久里は手を払った。
俺は慌てて明久里の周りに粘着カーペットクリーナーを転がした。
「参加したくなったらいつでも言えよ⋯⋯」
「どうしたんですか急に優しくなって。何も間違いなんて起きないって弁明するつもりですか?」
「⋯⋯明久里、俺がそんな奴だと思うか? 思い出してみろ。この一週間⋯⋯俺とお前にそんな⋯⋯」
言ってる途中でフラッシュバックされる記憶、裸足で駆け回った夜の街、うっかり見てしまった明久里の裸⋯⋯俺は気がつくと、ダンゴムシのようにカーペットの上で丸くなり、顔を隠していた。
完全に墓穴を掘ってしまった。
これでは明久里に口撃の口実を与えただけだ。
だが何故か、明久里は何も言わない。
顔を上げるのが恐ろしく、そのまま数分丸くなっていたが、明久里からの言葉の暴力は降ってこない。
インターホンが鳴った。
恵梨が来たのだろう。もう一度インターホンが鳴るのと同時に、スマホも鳴った気がしたが、俺はそのまま応対を優先した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます