第15話 クラスメイトとバスケをする

「こっちパス!!」

「上がって上がって!」

「梅宮さん早く!」

「は、はいっ!」


 私は今、ドリブルをしながら全速力でコートを駆けている。私たちのクラスは球技大会のバスケで決勝に進出したのだ。けど、相手のクラスは予想以上に手強く――


「きゃっ!?」

「よっしゃ!」


 ボールの扱いが下手な私は、せっかく握っていたボールを向こうに奪われてばかりだった。向こうの選手を追いかけようと、身体を反転させたところ――私の前に同じチームの女子生徒が現れた。


「何やってんの梅宮!!」

「ひえっ、ごめんなさい……」


 敵を追いかけながら私に怒声を飛ばすのは、クラスメイトの近江さん。とても運動神経が良く、うちのクラスはこの人の活躍で勝ち上がってきたようなものだ。私はこうやって怒られてばっかりで、うまくチームに貢献することができていない。せっかくみんなに推薦してもらって、試合に出してもらってるのにな……。


 結局、向こうのクラスに大きなリードを許したまま、試合の前半戦を終えることになってしまった。私たちは皆で固まって水分補給をする。ここまでたくさん試合を重ねてきた疲労と、ビハインドを追っているという状況もあり、誰も口を開かず重い空気が漂っていた。本当は皆を勇気づけるようなことを言えればいいのだけど、とても私にそんな度胸はない。


「……なあ、梅宮」

「ひえっ!?」


 その時、唐突に近江さんから声を掛けられた。今日は珍しく黒髪をまとめてポニーテールにしている。こっちの方が近江さんには似合っていると思ったけど、今はとてもそんな呑気なことを言い出せる雰囲気じゃない。


「な、なんですか?」

「アンタ、ほんっとうにドリブル下手なんだね。取られてばっか」

「ごごご、ごめんなさい……」


 申し訳なさですっかり小さくなる私。やっぱり下手なのかな。近江さんだけじゃなく、他のチームメイトにも迷惑をかけちゃっているし。どうしよう、他の人に替わってもらった方が――


「でもさ、シュートは割と得意みたいだね。そっちを生かしなよ」

「へっ?」

「アンタ、背高いんだからさ。もっと前に出てみれば?」


 私を責めるのかと思ったら、近江さんは意外なことを言い出した。交代どころか、もっと前に出るように言うなんて。どういうつもりだろう?


「でも、私なんかじゃ……」

「どーせアンタにボール持たせても仕方ないしさ。向こうに隙が出来たら、とにかく前に出て!」

「それじゃ、皆さんが」

「他のところはアタシが何とかするからさ。アンタは前でボールをもらうだけでいいから」


 そう言って、近江さんは私の肩をポンと叩いた。てっきり怖い人だと思っていたけど、意外と頼りになる人なのかもしれない。この人にはしまちゃんとはまた違った優しさを感じる。ちょっと不器用なだけ、なのかな……。


***


「梅宮!」

「はいっ!」


 自陣近くから放たれた近江さんのロングパスを受け取り、素早くシュート体勢に移る。相手の選手がなんとか阻もうとしてくるけど、高さでは私の方が有利だ。えいやっと飛び上がり、両手でゴールに向かってボールを解き放つ。放物線を描いたそれは、そのままリングを綺麗に通過していった。


「いいぞ梅宮ー!」

「朱里ちゃんすごーい!」

「え、えへへ……」


 近江さんだけでなく皆から褒められてしまい、思わず照れる私。後半戦が始まってからというもの、私たちのチームでは作戦がぴったりとハマっていた。近江さんが敵から奪ったボールをパスして、受け取った私がそのままシュートする。単純な作戦だけど、これがバッチリ決まっていたのだ。


「同点だよー!」

「頑張ってー!」


 コートの脇ではクラスメイトたちが一所懸命に応援してくれている。あと一本決まれば逆転だけど、残り時間はあと三十秒。バスケは短時間で得点が入りやすいとは言っても、ピンチであることに変わりはなかった。自陣では近江さんたちが必死にディフェンスしている。私はいつでも上がれる準備をしながら、その様子を窺っていた。


「あっ!」

「近江さん!?」


 しかしその時、近江さんが勢い余って転んでしまった。相手はその一瞬の隙を突き、着実にシュートを決めてしまう。既に時計は残り時間十秒と表示しており、私たちのチームにも一瞬あきらめの雰囲気が漂った。だけど、せっかくここまで近江さんたちが頑張ってくれたのに――ここで終わらせたくない!!


「ボールください!!」

「梅宮!?」


 ここで私は、人生で一番くらいの大声を張り上げた。普段だったら恥ずかしくて出来ないことだけど、皆のためなら頑張らないと! 近江さんも一瞬驚いたけど、ハッとしてすぐに立ち上がり、ボールを持ってくれた。それを見て、私は素早く前へ前へと進んでいく。これでも陸上部なんだし、足が速いところを見せないとね。


「いくぞっ!!」

「はいっ!!」


 そして、近江さんは力強くボールを放り投げてくれた。相手チームも防ごうとしてくるけど、まだ自陣に戻り切れていない。今がチャンス!


「残り三秒だぞ!」

「分かってますっ!」


 ボールを受け取った私は相手ゴールに出来るだけ近づこうとしたけど、もう時間がない。一か八か……スリーポイントを打ってみる!


「入れーっ!」


 私はがむしゃらにシュートを解き放った。コートにいる全員がボールの行方を追い、固唾を飲んで見守っている。これが入れば逆転勝利。どうか、お願い!


「よっしゃあ!」


 次の瞬間、近江さんの雄叫びが耳に入ってきた。私の放ったボールは見事にリングを通過して、ブザービーターとなったのだ。クラスメイトたちからも一斉に歓声が上がったけど、私は驚きのあまり立ち尽くしてしまう。あんなシュートが入ってしまうなんて。それもこんな重要な場面で――


「よくやったな梅宮!」

「うひゃあっ!?」


 いつの間にか肩を引っ掴まれており、変な声を上げてしまった。近江さんははち切れんばかりの笑顔で、私の髪をくしゃくしゃとかきまぜた。ちょっと時間を置いてから、急に恥ずかしくなる私。近江さん、こんな顔も出来たんだなあ……!


「あの……ありがとうございました!」

「何が?」

「近江さんに言われなきゃ、私……ずっと足手まといでした」

「そんなのいいんだよ、勝ったんだからさ」


 私、やっぱりこの人を誤解していたみたいだ。普段はクラスでむすっとしていて、菊池くんと一緒にいることが多い人。そんな印象しかなかったけど、一緒に関わってみると案外違うものだ。……私も恥ずかしがり屋を直して、いろいろな人ともっと親しくならないとな。


 そんなことを考えていると、近江さんは再び私の肩を掴んだ。どうするのかと思えば、そのまま体育館の出口の方へと私の身体の向きを変える。


「よし、行くか!」

「行くって、どこにですか?」

「何言ってんだよ?」


 近江さんは不思議そうな顔でこちらを見ている。試合が終わったばかりなのに、どうするつもりなんだろう。何のことかさっぱり分からないでいると――ニヤッと笑いながら、近江さんはいたずらっぽく口を開いた。


「嶋田のこと、見に行かなくていいのか?」

「なななな、なんでそんなこと言うんですかー!!?」


 顔から火が出るような思いをしながら、校庭に向かう私であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る