第9話 親友とゲームをする

「おい周平、下手になったんじゃないのか~?」

「いやいや、お前こそ遅くなってるぞ!」


 部屋中にコントローラーをカチャカチャと操作する音が響きわたっている。俺たちが真剣な表情で見ているのは、父親が昔使っていたのを譲り受けたブラウン管テレビの画面。レトロな格闘ゲームをするには、最新型のモニターよりもこっちの方がお似合いというわけだ。


 実は、俺と洋一が親友になったのはゲームがきっかけなのだ。俺たちは中学時代に出会ったわけだが、入学当初から仲が良かったわけではない。帰宅部で凡人の俺とモテモテサッカー部員の洋一では接点もあまりなかったしな。


 ところがある日、たまたま洋一と話す機会があった。そこでゲームの話題になったのだが、なんと互いに古い格ゲーのファンであることが発覚し、そこから意気投合してしまったのだ。それ以来、洋一はしばしば俺の家に遊びに来るようになり、一緒にゲームをするようになったというわけだ。もっとも、高校に入ってからは洋一が忙しくなってしまったので、その機会も減っていたのだが。


「あー、負けたー!」

「よっしゃー!」


 どうにか洋一の攻撃をかわし、とどめの一撃を食らわせてやった。「KO」の文字が大きく表示され、俺が勝利したことが示される。洋一は大の字になって寝っ転がり、悔しさを露わにしていた。


 ふと窓の外を見るとだいぶ暗くなっていた。最初は気まずかったけど、いつの間にか遊ぶのに熱中してしまったな。きっと洋一がゲームをしようと言ってくれたのも、俺に気を遣ってのことなのだろう。学校をサボって返事から逃げているのは俺の方なのに、なんだか申し訳ないな。


「ありがとな、洋一」

「何が?」

「いやさ……俺、学校休んでたから」

「あはは、気にするなって。それに――」

「?」

「俺より、梅宮さんの方を気にかけてあげなよ」


 鋭い一言に、心が突き刺されたような気がした。洋一は体を起こし、じっとこちらの目を見つめてくる。コイツがこういう奴だというのは分かっていた。きっと朱里が落ち込んでいるのを心配しているのだろう。俺はコントローラーをそっと床に置くと、静かに口を開く。


「……分かってる。自分でも早く返事しないとなって」

「なら話は早いな。来週は学校来いよ?」

「……」


 ああ、と返事をすればいいだけなのに、なかなか言い出せない自分がいた。端的に言えば、怖いのだ。何が怖いのかいうと、朱里に返事をすることが怖い。「はい」と言おうが「いいえ」と言おうがいずれにしてもアイツをさらに傷つけることになる。だから学校に行く勇気が出ないのだ。


「なあ、周平」

「……なんだ?」

「梅宮さん、本当に周平のことが好きみたいだよ」

「えっ?」

「先週ずっと梅宮さんの話を聞いていたんだけど、相談っていうより惚気みたいだったよ。『しまちゃんは』とか『しまちゃんが』とか、そんな話ばっかり」

「そ、そうか」

「恥ずかしがり屋だって聞いてたけど、周平のことになるとすっごい饒舌になるんだね。全く、羨ましいよ」


 洋一はくすりと笑い、俺はなんだかこっぱずかしくなってしまう。そんなに朱里が俺のことを好いてくれているとは思わなかった。それなのに――俺はあと一か月で死んでしまうなんてな。だけど流石に休み続けるわけにもいかないか。


「分かったよ。来週はちゃんと行くからさ」

「良かった! ちゃんと返事してあげなよ?」

「……ああ」

「なんだよ、梅宮さんのこと好きじゃないの?」

「そ、そんなこと言わせんなよ」

「あはは、だったらさっさとオッケーしてあげればいいのに」


 けらけらと笑う洋一。ああ、コイツはこんなにも俺と朱里のことを気にかけてくれている。なんて良い親友なんだろう。そういや、一か月後には洋一ともお別れなのか。そう思うと寂しくもなるな。だからと言って、死ぬことを打ち明けたりはしない。洋一のことだし、そんなことを話せば間違いなく朱里に伝えてしまうだろうからな。


「なあ、洋一」

「なに?」

「お前こそ、好きな人とかいないの?」

「えっ?」

「まあ、モテモテだから選び放題かもしれないけどさ。どうなんだよ」

「そんな贅沢な感じじゃないよ。そうだなあ、好きな人かあ……」


 洋一は天井を見上げて、少し考えているようだった。……そういや、もし本当に朱里と洋一が付き合うことになったらどうなるだろう。一か月後に俺が死んだとしても、二人が一緒ならきっと悲しみを乗り越えてくれるかもしれない。いや、そもそも俺が死んだ後に二人が悲しんでくれるとは限らないけどな、ははは。などと自虐していると、洋一が不思議そうな顔で尋ねてくる。


「なんでそんなことを聞くの?」

「いやなに、気になっただけだよ」

「そうか。まあ、俺と違って周平には相手がいて羨ましいよ」

「そ、それは……」

「あはは、照れるなって」


 そんな会話を交わしているうちに、いつの間にか洋一は帰り支度を済ませていた。カバンを持って立ち上がり、俺の部屋を出ようとしている。


「流石に遅いから帰ることにするよ。梅宮さんによろしくね」

「あ、ああ。来週はきっと行くよ」

「それがいいね。じゃあ」

「今日はありがとな、洋一」

「またな、周平!」


 俺のために来てくれた親友の背中を見送りつつ、これからのことを考えていた。とりあえず、朱里のことは来週までにじっくり考えることにしよう。まだ一か月弱の期間が残されているんだ。それくらいあれば、朱里を悲しませずに済む方法が――


「あっ、そうだ!」

「えっ?」


 何かを思い出したようで、洋一がこちらに振り向いた。いったい何の用だろう?


「今度の修学旅行、周平と梅宮さんを一緒の班にしておいたから!」

「……はっ?」

「今日が班決めの日だったんだよ! せっかく付き合うんだから同じ班がいいかと思ってさ!」

「ちょ、洋一!?」

「詳しいことは来週話すから! じゃあねっ!」

「ま、待てよ!」


 呼び止めも空しく、洋一はさっさと階段を下りていってしまった。慌てて自室のカレンダーを確認すると、たしかにXデーの前の週に「修学旅行」との予定が記されている。……完全に忘れていた!


「嘘だろーっ!!!??」


 俺の絶叫が、家中にこだました瞬間であった――

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