第3話 幼馴染が親友との仲を進展させようとしている

 今日も今日とて、机に突っ伏して寝ているふりをしつつ、前の席に座る洋一の様子を窺う。その前に立っているのは笑顔の朱里。朝のホームルーム前、二人は相変わらず和やかに雑談を楽しんでおり、それにつられてクラスの雰囲気まで明るくなってしまったようだった。こうしてただ見ているだけの自分が情けない。


「お前ら、席につけー」

「じゃあ菊池くん、またあとで!」

「うん、じゃあね」


 担任がやってきたことで、ようやく二人のおしゃべりが中断された。そのことに安堵してしまう自分がいることに嫌悪感を覚える。別にクラスメイトが仲良く話すことは良いことじゃないか。それなのに、どうしてこんなに嫌な気持ちがするんだろうか。


「……俺のほうがずっと一緒だってのに」


 一人、ぼそりと悪態をつく。幼稚園の頃から一緒だったのに。同じ風呂にまで入った仲なのに。なあ朱里、どうして今更洋一なんだよ。お前だって洋一とは中学の頃から一緒だったじゃないか。それなのに、今になって洋一のことが好きになるなんてさ。……俺、馬鹿みたいじゃんか。


 あーあ、情けねえ。もとはと言えばさっさと告白しなかった俺が悪かったのかな。でも、それこそこの歳になって「お前が好きだ」なんて言えるはずがない。家が隣同士で、ずっと家族同然の仲だったんだ。この期に及んで愛の告白なんて、恥ずかしいったらありゃしない。……なんて、恥ずかしがり屋の朱里のことを笑えなくなっちまったな――


「いてっ!」

「おい、話聞いてるのか嶋田!」


 クラスメイトからどっと笑いが巻き起こる。あまりに俺がうわの空だったものだから、担任がチョークを投げつけてきたらしい。おいおい、朱里までクスクス笑ってるよ。今日は最悪な一日になりそうだ……。


***


「じゃあねー!」

「また明日ー!」


 憂鬱なまま授業を受けていたら、いつの間にか放課後になっていた。昇降口に着くと、周囲からは他の生徒たちが元気に別れの挨拶をしているのが聞こえてくる。俺はそんなに大声を張れるほど元気じゃねえなあ。


「……」


 無言のまま、下駄箱から自分の運動靴を取り出す。結局、今日も朱里とはほとんど話すことが出来なかった。話しかけようにも、ずっと洋一と喋っているんだもんな。俺も洋一とは仲が良いので、二人の会話に混ざるのはそんなに難しくないはずなのだが、あんなに楽し気に会話していると邪魔をするのも気が引けるというもの。


「ねえ、菊池くん」

「うん、分かってる」


 そんな時、下駄箱を挟んだ向こうから朱里と洋一の声が聞こえてきた。何やら小声で会話をしているらしい。駄目だと分かっていながら、俺はそっと聞き耳を立てる。


「明日の放課後……ですよ?」

「もちろん、授業が終わったらすぐ行くよ」


 明日の放課後? そういえば、明日はたしか職員会議で全部活が休みだったよな。ってことは、この二人も暇ってわけか。……まさか、デートの約束でもしようって話じゃないだろうな。いやいや、朱里が俺以外と遊びに行くなんてありえない。


「えへへ、いよいよですね」

「そうだね。俺も楽しみにしてる」


 楽しみ? サッカーとゲームにしか興味のない洋一がそんなことを言い出すなんて、よっぽどのことってことだよな。なあ、嘘だよな?


「でも、ちょっと時期が早かったかもしれません」

「いいんだよ! いずれはすることになるんだからさ」


 洋一、なんでそこまで乗り気なんだ? そして「いずれはすることになる」ってなんのことだよ? 二人が何を言いたいのか分からず、ただただ困惑していた。だが次の瞬間――朱里は決定的な一言を発した。


「じゃあ約束通り、明日は『私の家』に来てくださいねっ!」

「あはは、緊張しちゃうなあ」


 朱里の家に行って、「いずれはすること」をする。その意味を理解した瞬間、体中から血の気が引くような思いがした――

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