祖父物語、遺したもの 

みき爺

第1話 上野界隅より 1

これは、大好きな祖父が遺してくれた物語






※ この物語はノンフィクションであります。

 現在では実在するものとないものがあります。




上野界隅より 1



市川市菅野にいたころは、


2番目の母であり、最初の母は、当時全く知らずにいた。


ある時、学校から帰り食事をして早寝した後で父は、私の成績を見ながら母と語っている。




「家の子にしては成績が悪いな。

 大阪のクリスチャンスクールから連れてきたのは別人ではないのか。」




などと気にさわる言動をしていたのを障子越しで耳をそば立てて聞いていた私は、即座に、家を出る決意をした。







次の日は、学校で行事があるからといって、


体育用のバックに必要な物だけをつめ込んで家を出た。


市川市といっても菅野は、


閑静な住宅地で、本八幡駅に近い。 


電車に乗ることは、弁当をよく届けていたので慣れてはいたが、


いざ、家出(やさぐれ)となると、誰か見ていないかなどと心が揺れるのを感じた。







そして、




戦後、間もなく上野駅に降り立ったのは、家出をしてその日の正午である。






改札口前の広場は、


みちのくや越後へ向かう人の群れが列車の座席を得るために早くから列をなして並んで待っている。




改札口の上には、




——仙台行・秋田行・新潟行 ・・・・




などと書いたブリキ板で書いた発車時刻を知らせる札が掲示されていて、


列に並ぼうとする旅人は、必ず、その前まで来て、見上げて確認してから並ぶ。




それを改札口の木製の枠に腰掛けて見ているのがおもしろい。




3〜4時間くらい並んで待つのが常識らしく、


ほとんどの田舎人は、握り飯を食べ始める。







列を見ながら後ろから前の方へ少しずつ歩いて、にぎり飯を食べている時の表情を観察しながら、




この老夫婦なら、ひとつぐらいは呉(く)れるだろうと傍まで近づいて声をかける。




「おばさんたち、仙台まで行くんでしょう。」




と言って顔を見ると




「よく知っているね。」




と不思議そうに見つめ返す。




ちょっと前に彼らの後ろを通ったとき、


「広瀬川で鮎をつりたい・・・。」


と話しているのを耳にしたものだから、

親しみを込めた返事が返ってきたのである。




私は、このような場面では




相手はいったいどんな人たちなのか、


喜怒哀楽どれに該当しているのか、


今が、と直感的に見抜く才能を備えていなければ


好結果を導くことができないと判断している。











おばさんは、おかかのにぎり飯をひとつ差し出して曰(いわ)く、




「戦争孤児かいー。」




下を向いたまま頷く。




家出してきたのだと言っても当時は、


みちのくの人々には、そんな感覚さえもち合わせていないに決まっているし、通じない。




嘘も方便なのである。











仙台行の改札が始まるアナウンスに、


竹の皮に3つ残ったにぎり飯を、そのまま私にくれて列を前へ進んでいった。




他人から初めてもらったにぎり飯。




そのことに感謝しながら、


袋に入れて地下道へ降りていった。


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