第29話 細谷 淳平 ⑨

 どんな話をしていたんだろう。それでも二人は暗黙の了解だった。

 貴美はゆっくりと目を閉じる。俺はベンチに座りながら、ぎこちなく彼女の唇を奪う。

 貴美は少し震えていて、それがどんな感情かなんて知る由もない。当の俺だって震えている。これが俺にとって人生初のキスなんだから。

 ・・・・見てるんだろうな、両親とか友人とか。

 それが一体何だというのか。

 俺たち二人には、時間がない。だから人目なんて気にしてはいられない。しかし、俺はそんな状況の中で、少し気になる事を考えてしまった。

 それは、最近噂されている「人型ルアー」だ。

 俺は、貴美とのキスで、彼女が人型ルアーだったら良かったのに、と考えてしまった。

 そうだ、彼女とどんな形であれ関係を継続出来るなら、俺は釣られたって良かった。いや、むしろ釣られたい。

 そして、うっかり閃いてしまったんだ。


 貴美を助ける方法を。


 俺は動揺した、このキスがとても自然と行われた事に。

 そうだ、きっと彼女を救うには、今の医療技術では無理だ、遠く未来の技術か、宇宙人の技術でなければ助ける事は不可能だ。

 それが、抗癌治療を停止し苦痛を和らげる治療へシフトした貴美が、唯一助かる方法なんだから。

 帰りのタクシーの中で、俺たちは再びキスをした。運転手のおじさんは、「今時の高校生は」と言わんばかりの表情。でも、一回目と違い、俺はもう震えていなかった。

 

 彼女を助ける為なら、俺はなんでもする。


 タクシーを自宅の入り口まで着けると、彼女は手を振って俺を見送る。

 なんて美しい人なんだろう。

 あの笑顔を今日、俺は独占出来た事を、心から幸福に感じる。

 再び神様にお礼を言うと、決意新たに高坂さんと島崎さんにメールを送った「話がしたい」と。


 休日の夕方だと言うのに、彼女たちはレスポンス良く飛んできてくれた。

 ・・・・いや、君ら絶対に見てただろう、今日一日。


「細谷君、今日はお疲れ様・・偉かったよ」


 高坂さんが開口一番に俺を誉めてくれた。でも俺は誰かから誉められる事はしていない。


「なんで? 貴美は俺の奥さんなんだから、当たり前だよ」


 その一言を聞いた高坂さんは、両手を口に充てて瞳を潤ませた。

 本当に友達想いなんだな。

 島崎さんは、相変わらず情緒もなく本題に入ろうとする。こんな時、高坂さんみたいに泣かれるより、島崎さんみたいにサバサバしていてくれた方が、こちらとしては助かる。


「で? なんでデート終わって直ぐに私たちを呼んだの? 何か問題でもあったかしら?」


「なんでデート終わったばかりなんて、解るんだよ」


「あ・・・・うん、見てたし」


 高坂さんは、それ言う? って表情で島崎さんを見ている。

 まあ、いいんだけどね、解ってたし。


「そっか、だよね。じゃあ俺たちがキスしたのも見てた?」


 そう言うと、二人はさすがに顔を真っ赤にして下を向いた。おいおい、なんだよ島崎さん、さっきの勢いはどこに行った?


「見てたのなら話は早い。あのさ、人型ルアーって聞いたことある?」


 赤面していた二人は、なんだかキョトンとした表情で俺を見る。まあ、無理もない、この状況で一体何を言っているんだと思われているに違いない。

 

「どうしたの急に。人型ルアーってあれでしょ、都市伝説とかで聞く」


「あ、それなら私も解るよ、宇宙人に釣られるやつでしょ」


「そうそう、あのさ、聞いたことない? 俺たちの周辺で」


 二人は「?」と言う表情で固まってしまった。

 無理もない、深刻な話の最中に、都市伝説の話を振ってくるバカな男が目の前に居るんだから。

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