第7話

 その夜、ガイルの部屋から金貨を手にした二人は、次の行動に移るために廊下を抜けていった。ガイルに精神的な打撃を与えたことで、奴隷たちの状況が少しは改善されるだろうが、彼らにとって根本的な解放にはまだ程遠かった。遥斗は、次の手を考えながらリセリアに視線を向けた。


「リセリア、これで少しは奴らも奴隷たちへの扱いを見直すかもしれない。でも、本当の自由を手に入れるには、まだやるべきことがある」


 リセリアは少し考え込んでから、遥斗の目をじっと見つめた。


「次はどうするつもり?ただ逃げるだけじゃ不安だわ。他の奴隷たちが置き去りにされるのは見ていられないし、またガイルのような連中が現れるかもしれない。それに私は、このまま改善されるなんて到底思えない。君の考えは楽観的すぎよ」


「そうか、それなら、結局根本からどうにかするしかないな。奴隷たちを管理している連中の権力を根本から崩すってのが一番効果的か……」


 遥斗の表情に決意が浮かび上がった。


「まずは、この金貨を奴隷仲間に分けて仲間になってもらおう。元の金品の持ち主には申し訳ないが、そんなことも言ってられない。奴隷のみんなに協力してもらえれば、脱出も容易になる」


 二人は計画を練りながら、ひそかに他の奴隷たちに接触し、彼らの協力を得るために動き始めた。奴隷たち一人一人に声をかける。すると奴隷たちもまた、ガイルへの恨みや不満を募らせており、二人の言葉に真剣に耳を傾けた。

 遥斗の感覚が、少しずれていたのか奴隷たちは金貨をちらつかせるよりも前に、脱出できるのであれば協力するという考えのものが多かった。


 *


 数日後、脱出計画が徐々に進展し、奴隷たちの士気も高まってきた頃、衛兵たちの動きが不自然に緩やかになっていることに気づいた。どうやら、ガイルが以前のように細かく監視しなくなったことで、衛兵の警戒も落ちているようだった。


「チャンスだな、今が動くタイミングだ」


 遥斗が静かに口を開く。


「リセリア準備はできているか?」


 リセリアは力強く頷く。

 そうと決まれば、各々散らばっている奴隷たちにも合図を送る。


 *


 奴隷たちはそれぞれの持ち場で、遥斗からの合図を待っていた。静かな夜の館内で、緊張がピーンと張り詰めている。リセリアが周囲に目を配りながら、慎重に周囲の音に耳を澄ませる。


 遥斗は隠し持っていた小さな石を廊下に投げ込んだ。その音を合図に、隠れていた奴隷たちが次々に動き始める。彼らは訓練を受けた兵士ではないが、心に宿る奴隷から解放されたいという決意と覚悟は誰にも負けないものだった。


 廊下を進むと、何人かの衛兵が見張りについている。奴隷仲間の一人が注意を引くためにあえて反対方向へと走り出し、わざと大きな音を立てる。警戒を緩めていた衛兵たちは一斉にそちらへと向かい、二人と他の奴隷たちはその隙を突いて通路を進むことができた。


「よし、今のうちだ」


 遥斗とリセリアは、その隙を逃さずに、奴隷たちを率いて館の出口へと向かう。しかし、途中で予想外のことが起こった。館内の別の廊下から、突然ガイルが現れたのだ。彼は一瞬、彼らの逃亡を理解した表情を見せ、憎しみと怒りを浮かべた顔で睨みつけてくる。


「貴様ら……。何をしているんだ」


 ガイルの怒号が響き渡り、他の衛兵たちを集まり始める。逃亡計画が露見し、事態が緊迫する中、リセリアが冷静に言葉を発した。

 『真実の秤』の力が不十分だったのかガイルは本来の調子を取り戻してしまっているようだ。


「遥斗、ここは私がガイル達を引き付けるわ。あなたは他の奴隷たちを連れて、先に行って」


「馬鹿言うな、ここまで来てお前を置いていけるわけがないだろう!」


 しかし、リセリアは毅然とした目で遥斗を見返す。


「大丈夫、私を信じて?奴隷たち全員が無事に逃がすためにも。ね?」


 彼女の決意を感じ取り、遥斗は悔しげに拳を握りしめたが、リセリアの強い意思を尊重するしかなかった。


「くっ……。わかった。外で待っている」


 遥斗は奴隷たちに向かって出口に走るよう指示し、彼らとともにその場を離れる。しかし、背後でリセリアが単身ガイルに立ち向かう姿が目に焼き付き、胸の中で強い憤りと焦燥感が燃え上がる。


「逃すかよ!!」


 ガイルは叫ぶが、何故だか遥斗達に攻撃の類のものは飛んできたりしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る