第2のスキル《フライングフィッシュ》

 


【クモ星人】の宇宙船が東京上空に初めて姿を現したのは、あたしが高一で十五歳の夏だった。

 あれからちょうど二年。


 夏空には入道雲がモクモクと育っている。

 これがあたしにとっての、いや地球人にとっての最後の夏かもしれない。

 学校に通っていれば、今年は大学受験だったのかな。


 人類に残されたライフポイントはあと一回分。


 このうんざりな生活も、もうすぐ終わりかと思うと、ちょっとしんみりと悲しくなる。



 最後の作戦会議が始まった。





「やつら、どんなに殺しても無尽蔵に湧き出てくる」


「司令官! あと一回負けたら終わりなんですよ! この責任はどう取ってくださるのですか!?」


「皆が望むやり方で取ってみせるさ。まあ負けてしまえば、司令官も一般戦闘員も皆等しく死ぬがな」


「ギリギリ勝ちを拾ったとしても、このあと何回勝てばいいんですか!? ずっと勝ち続けても、我らの人数がすり減って0になったら、人類は自動的に負けなんですよ!」


「奴らの涌き出てくる【大穴ラージホール】か敵の母船マザーシップを直接攻撃出来る手はないのか!?」


「まあ無理でしょうねぇ」



 この時、【大穴ラージホール】は月の裏だけでなく、オーストラリア大陸中央、南極大陸中央、それから北海道の富良野の四箇所に増えていた。



「新しいスキルで当たりを引いた者は誰かいないか!? 少しでも可能性がありそうな者は名乗り出てくれ!」


「誰か、最後の夜を共に過ごさないか。この際、性別が女だったら誰でもいい」


「誰があんたとなんか寝るかよ。一人で▉▉ってろ!」



 殺伐とした雰囲気の中、最後に発言した男女のおかげで、ほんの僅か雰囲気が和らぐ。



「とりあえず、全員分のスキルをもう一度おさらいしてみよう。何か見つかるかもしれない」



 司令官とその取り巻き数人が、新しくスキルを得た者たちから聞き取りを進めていく。




 ちなみに、あたしの新しいスキル名である『コンセプション(概念)』を司令部のお偉いさんに伝えたところ、反応はあまりかんばしいモノではなかった……。




 でも、あたし的には、この三つ目のスキル『コンセプション』に、なぜだか可能性を感じている。




 なんだろう?

 根拠はない。

 ただ、「このスキルは何か特別な気がする」と、あたしの内の『中二のあたし』が囁くのだった――。




 ◇




 スキルは戦闘にならないと使えない。

 新しいスキルをもらった時は、いつもぶっつけ本番。

 戦いが始まってから、戦いの中で試していかないといけない。



【クモ星人】との戦いにはルールがある。


 一つ、旗を先に倒した方が勝ち。

 一つ、武器は禁止。

 一つ、使えるのは自身の肉体とスキルのみ。



 これは「できるだけ地球を戦争で汚さないように手に入れたい」という【クモ星人】側が提案して来たルールだが、あたしたち人類側も「何でもありの戦争は秒で全滅必死」なので、このルールは思いっきりありがたい。



 そもそも、奴らには人間相手の武器はほとんど通用しない。

 原子爆弾を使えば多少は効き目があるのかも知れないけど……。



 今回、あたしたち『三度目の死に戻り』をした組だけ、司令部と共に最後方に配置された。



 ――最後になるかもしれない決戦の場は、廃墟と化したフランスの首都、パリに決まった。


 人類の陣地はエッフェル塔跡。

 敵の陣地はルーブル美術館跡。


 かなり近い、狭い戦闘区域だ。

 これまで簡単な戦闘など無かったが、今回はより一層の激戦になることが予想された。



 最終戦として相応しい場かもしれない。

 フランスの青く高い空があたしの目に感傷を与えそうになる。




 あたしは最後方のさらに最後部で、折れたエッフェル塔の前で、戦いの合図をしばらく待つ……。




 空に、戦闘開始を意味する赤と白の閃光が走った。




 ◇




 あたしたちは、戦えない側の人間たちからは「英雄ヒーロー」と呼ばれている。


 戦闘開始の合図と共に、「変身!」と叫ぶか、またはスキル名を叫ぶことで、【あの御方】から戦闘服バトルスーツが転送されてくる。


 これは実に、「ヒーロー」に相応しい特典だ。

 ハッキリ言って、この変身の瞬間、この非日常スペシャルな感じがカッコ良くて堪らない。

 中二心が満たされまくる。



 今回、あたしは新しいスキル名を叫ぶことにした。



「コンセプション!」



 実に良い。

 イカから大進歩だ。


 あたしがスキル名を叫ぶのと同時に、周りからも「変身!」だったり、各々おのおののスキル名を叫ぶ声が聞こえた。


 ソレはまるで昔、日本のテレビでやっていた戦隊ヒーロー物の様に、あたしや皆の服が光に包まれて切り替わっていく。



 つまり、日本の昔のヒーロー物や魔女っ子モノの『変身』と同じなのだ。

【あの御方】はきっと、変身ヒーローや魔女っ子のファンなんじゃないかな。

 神様を見る目が変わる……。



 あたしの肌が一瞬外気にさらされて涼しくなる。



「もし、この場にカメラマンがいてあたしにカメラを向けられて裸を撮られたらどうしよう」



 この『変身』の瞬間、あたしは毎回そんな想像をしてしまう。

 ヒヤヒヤする不安な気持ちとドキドキな期待という相反する気持ち。



(あたしってば、露出狂の素質があるのかしらん?)



 こんな変態チックなコトを考えるのも、今日がきっと最後。





 そんなおバカなコトを考えている間に、ピチっと肌に張り付くような、ラバースーツ系戦闘服バトルスーツに変身完了した。



 この戦闘服バトルスーツ、メカニカルな動力補助ギミックが付いていて、エロかっこよくて、あたしのお気に入りだ。




 というワケで。



 《スクイッド》、参・上!




(ポーズもカッコよくキマタッ☆)




 そして、変身し終わったあたしの耳に、前方から戦いの音がすぐに聞こえてくる。





 でも、あたしはそれどころ丶丶丶丶丶では丶丶なかった丶丶丶丶





 あたしの中に、新しいスキル『コンセプション(概念)』の、それこそ文字通り、『概念』が入ってくる。


 それはあたしの予想通り、『受胎』がキーになっていた。


 いや、あたしの『妄想力』でこのスキルは創り上げられたと思う。





 だとしたら、次は何をどうする?


 そう。

 あたしは今すぐに、【あの御方】の御子みこを『受胎』しなくてはならない。


 いわゆる処女懐胎しょじょかいたいである。


 いいのか?

 こちとら純真な17歳乙女なのだが。



 しかしその方法は?


 それももちろん『コンセプション(概念)』――妄想力である。



 まず、【あの御方】をあたしの脳内で、めちゃくちゃイケメンで想像する。

 次に、【あの御方】との▉▉▉▉――それは『祈り』であるとあたしは定義し、祈りの中で妄想▉▉▉▉にふける。


 この妄想は、完全に漫画の知識が役にたった。


 めちゃくちゃ激しくエッチな▉▉▉▉。


 神の精▉を概念的にあたしの処女子宮で受け止める……。



(あたしは何を言ってるんだ)



 ふっ。

 あたしの中二力がまた役に立ってしまった――――




 スキル開花。


 あたしの子宮の中に、リアルに、【あの御方】の子どもが宿った。



(と妄想する)


(もう、妄想と現実リアルの区別はつかなくなってくる――)


(だが、それがいい……!)




 あたしの子。


 かわいい子。


 マイ・ベイビー。



 おねがいっ、

 キミの力を貸して!



 お腹の中にいるキミの存在が、あたしに高出力を可能とする動力炉エンジンとなる。




 狙うは、敵の旗?


 いや、敵の母船――――



 敵の母船マザーシップを見つけてやる。




 妄想高出力で『スクイッド(イカ)』を増幅!



 あっ、余裕。

 超余裕。

 敵の母船マザーシップを発見する。


 日本の国会議事堂上空、アメリカ国防総省ペンタゴン上空、それから月の真裏、月周回軌道上に合わせて三せきいるのを見つけた。




 あたしはとっさに、敵の陣地にある旗ではなく、敵の母船マザーシップをつぶす作戦に出ようとしていた。

 一瞬の勝利ではなく、敵の本体にダメージを与えようという作戦を閃いたのだ。






 いや、この妄想高出力ならもっといけるんじゃない?




 ◇




 敵の母船マザーシップ三隻を潰したとしても、第四第五の母船を送られたら堪らない。

 それならば、あたしの妄想力で敵の大本、つまり敵の母星マザースターを潰してやる。


 ターゲット変更。

 敵の母船マザーシップ敵の母星マザースター


 概念、それは妄想力。

 あたしはそう定義した。



 更に『スクイッド(イカ)』を増幅!


 限界まで届けっ、

 いや、あたしの妄想力に限界など、無いっ!!



(発見!!!)



 やった、見つけた!


 ひゃっほーい!!



 あたしのイカの目から逃れられると思ったか!


 バ▉め!!


 あたしの『スクイッド』が別宇宙の敵の母星マザースターを発見。



(なんてみにくい星……)



 敵の母星マザースターは、全てを機械が覆い尽くしている、開発され尽くした機械星マシンスターだった。



 あたしの地球をこんなにしてたまるかっ!!



 それにしても、あたしたちの地球や太陽系と違い、とても温かみのない場所だ。


 敵の母星マザースターの惑星系はひとつの恒星に四っつの惑星という寂しいものだったが、中央に位置する恒星が黒い光を発する奇妙な星だった。



暗黒恒星ダークスター……)



 なんて不気味な星……。

 もしかしたら、この恒星も彼らに開発され尽くして、光の色を失ってしまったのかもしれない――そんなことをあたしは夢想する。



 その、暗黒恒星ダークスターの影に隠れている存在ヤツを見つけてしまった。



(おいちょまてこらっ)



 と、つい乙女にあるまじき、下品な口調になってしまう。


 ていうか、ちょっとちょっとちょっと。

 この人って、もしかしなくても、敵の神なんじゃない?


 増幅『スクイッド』の威力、しゅごい。




(これはれる)



 そう確信めいた直感を得たと同時に、あたしは閃いた。



(全部ってやる)



 ターゲット変更。

 敵の母星マザースター → 敵の全て。



 概念的に、全てのターゲットを一直線上に配置する。



 敵の陣地の旗。

 全ての敵の母船マザーシップ、こっちの三隻に向こう側に五隻の計八隻。

大穴ラージホール】四ケ。

 敵の母星マザースター

 暗黒恒星ダークスター

 敵の神クソッタレ



 全てを概念的に、一直線上に配置する。


 どうやって跳んでいく?

 あたしは妄想イメージする。


 自分の体が液体と化すような。

 宇宙を情報の海として、その中を情報になって進んでいくような。

 空間の向こう側を目掛けてハンを押すような。

 空間を幾重にも折り曲げて針を突き刺すような――。




 一気に、一度で殲滅してやる!




 と、その時。

 あたしの真上から三体の敵が降ってきた。


 囲まれてしまった。



 ああ、これは。



 ヤツらの耳に障るわらい声が聞こえる。


 敵の容赦ない同時攻撃が、十二の巨大な拳が、あたしの命を刈りとろうと迫る――



 もう逃げられない――――。




 せめて相討ちは――――間に合わない――――っ!?







 その時、現れたのだ。

 白馬に乗って、あたしの王子様が。






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