文芸部/桐ヶ谷三玖斗
追手門学院大学文芸部
第1話
もう三回目となるとなれたものだ。ノートパソコンを起動して文書作成ソフトで新規作成をクリックする。
皆さんは文章を書いたことはあるだろうか。当然あるでしょうね。でも、その文章はどのような物でしたか?レポートであったり、国語の授業で解く問題であったり。長短様々な文章を書いてきたと思う。
でも、僕が書くのはそういった類の文章ではない。僕が書くのは物語だ。
物語とは、自分が創り上げた世界を表現したものである。
レポートと比較すると相違点は多い。まず、レポートは様々な参考資料やデータを集める。その中で自分にとって都合のいいものだけを切り取ってつなぎ合わせることで、自分が言いたいことを説得性を持たせて表現するものである。
物語はこれと全く反対である。証拠などない。ただ表現したいものを、自分が表現したいように形作るのである。
これは楽しい。自分が創り上げた世界なのであるのだから、自分の都合のいいことばかり起きてしまう。所詮、小説なんてものは作者のエゴでしかないのであるのだから。
これは、そんな楽しい活動をする文芸部の日常である。
高校二年の夏。一学期末テストが終わり、夏休みムードが高まる。テスト終わり最初の部活のため、僕は一目散に部室へと歩く。と言っても空いている小教室を借りているだけのため、専用の部室ではない。
「よぉ、遅かったな」
「担任のホームルーム遅ぇんだよ」
先に居た同学年の部員、山本春樹。そして奥にはもう一人の同学年生、北村冬菜が絵を描いている。
「北村もいたか」
荷物を置き、椅子に座って春樹と談笑する。北村は話さないのではなく、話している話題に詳しくないだけである。
「すみません、遅れました」
唯一の後輩、下山裕美が入ってくる。
「おう、みかんも来たか」
みかんは下山のペンネームである。どうしても本名で呼ぶのが恥ずかしいのである。ちなみに、他の2人も「みかん」呼びである。
「さて、夏休み前に文化祭用の作品についての会議をしよう」
僕たちは同じようなジャンルを書くわけではない。会議と言っても締め切りなどの日にちを議論するだけである。その会議もものの五分で終わった。
「そういえば、康太はなに書くんだ?」
康太とは僕のことである。
「悩んでる。お前はまた恋愛か」
「もちろんさ」
恋愛ものなんて嫌いだ。今までろくに女子と喋ったことないし。それどころか、小学校、中学校でさんざんいじめられてきたのだ。どうして女子を好きになるだろうか。陽キャだって嫌いだ。友達がいるだけでそのグループの意見が大多数になってしまう。こんなの小さな国会と同じじゃないか。
僕たちの高校は女子生徒の割合が高い。偏差値は平均に表面張力が加わった程度であるのに、生徒の性格がいい。イケメン揃いときたもんだから、校内はカップルで満員御礼である。
「よし、康太は恋愛ものを書け」
「はぁ?お前俺が恋愛嫌いなの知ってるだろ」
「だからだよ。経験ってもんは積むことに損はないんだよ」
小説とは、創造物である。だから、想像できないものは創造できない。
「やだよ。想像できない」
「決定事項だ。それにお前の書く物語は暗すぎるんだよ。文化祭に出すんだから明るい物語じゃないと」
僕が書く物語はネガティブな要素が多い。登場人物の性格が悪かったり、時には人が死んだり。そんな作品は学校で出すにはふさわしくないと顧問に止められることがしょっちゅうである。
「ファイトですよ、先輩」
「そうだ、みかんも言ってるんだから頑張れ」
下村にまで言われてしまってはやるしかないのだろう。
「めちゃくちゃな作品になっても知らないぞ」
それから僕は観察した。校内のカップルは腐るほどいるため、ヒントは同じ数だけあるということだ。
夏休みに入るまでの二週間、観察しまくった。そして結論に至った。
「恋愛なんてやっぱりクソだ」
夏休み前最後の部活、僕は叫んだ。
「なんでそうなるねん!」
へたくそな関西弁で突っ込みが入る。部室には春樹しかいなかった。
「どのカップルも気に入らない。お試しだとか、期間限定だとか。恋愛ってそういうもんじゃないだろ。ただ一人を真っすぐに好きになって、成就するも玉砕するも、その心は純真であるはずだ」
僕の意見を聞いた春樹はあきれた顔で僕を見ている。
「何をバカなこと言ってるんだ。そんなストーリーなら現実にあるわけないぞ」
「そうなのか?」
アニメやラノベで見てきたヒロインはただ真っすぐ主人公だけを見ていた。いつも負けヒロインばかり好きになってしまう僕にとって苦しい結末しか待っていないが、好きなキャラが好きな人を想う心だけは美しかった。
「みんな打算で生活してるんだからそれが当たり前なの」
ますますわからなくなってきた。恋とななんなのだろうか。ただ、自分に利益をもたらしてくれそうな人間がたまたま合致しただけでそれが恋というのなら、僕が思い描く恋は恋じゃなくていい。
「とは言っても、文芸部なんてものは自分の好きなものを書くためだけの部活だからな。好きなように書いてみろ」
夏休みに入った。バイトはしておらず、部活も休みが明けるまで無し。データのやり取りをネット上で行うだけだ。長期休み中に遊ぶ友達なんかいない僕にとって、宿題が終わればただの虚無になる。
ある日、マンガの最新刊を購入するために外に出た。金の使い道も限られるため、久々にアニメグッズでも階に行こうと秋葉原に足を延ばした。
駅に着くと平日の割には混雑していた。駅前を歩いていると、春樹らしき人が見えた。単に会うだけじゃ面白くないので、メリーさんごっこでもしようか。
『春樹、今どこにいる?』
僕で送ったタイミングと同時に、春樹らしき人がスマホに反応する。
『今は家だな』
あれ、じゃああの人は別人なのだろうか。しかし、完全に春樹である。カマをかけることにしよう。
『俺、ゲームしたいから通話繋げてやろうぜ』
『やだよ、めんどくさい』
『珍しい。いつもならお前の方から誘ってくるのに』
やはり怪しい。すると、春樹らしき人がスマホから顔を上げ、手を振っている。
「は?」
春樹らしき人、いや、春樹に寄っていったのは北村だった。
「おいおい、嘘ついてまで何してんだとおもったらデートかよ」
面白いことになった。今日はこのまま奴らをストーカーしよう。
それから二人はグッズショップに行ったり、メイド喫茶に入って食事したり、午後には移動して映画まで観ていた。
その道中、二人はずっと楽しそうだった。
「これだよ、これが恋愛だよ」
勝手に一人で納得し、当初の目的も忘れたまま帰路につく。電車に乗っていても、カップルはたくさんいた。同じイヤホンを片方ずつにつけて一緒に動画を見ていたり、デートの思い出に浸りながら雑談したり。中には、まったくじゃべらず各々がスマホをいじるカップルもいたり。
世の中にはこんなにも恋愛にあふれているのかと、改めて実感した。昔の物語でも恋愛ものは多く、百人一首の半数が恋愛の歌だったりする。
でも、僕の根本に根付くものに変わりはない。今日の経験で決めた。僕は僕の恋愛観を表現する。
夏休みが明けた。締め切りは夏休み期間中に終わっており、各自が顧問に検閲してもらい、今日添削内容を伝えられる。
「遅れてごめん、詳しい内容はデータでそれぞれに返しておいたよ」
顧問がやってきた。
「あんた、本当にあのままでいいの?」
僕のことであるとはすぐにわかった。
「はい。内容は最後まで秘密にしておいてください。こいつの作品の後ろにでも載せてください」
春樹を指さしながら言った。
「まぁいいわ。私は別の仕事があるから帰るから戸締りだけよろしく」
それだけ言って顧問は去っていった。
これでいいのだ。だって、ここは自分のエゴを突き通す場所なのだから。
恋愛 坂本康太
恋愛が嫌いだ
僕の人生を潰した人間が
自分の人生を楽しめているのだから
恋愛は嫌いだ
僕の好きな人を
悲しみであふれさせるから
恋愛は嫌いだ
僕の中に生まれない感情が
僕以外にはたくさん生まれているのだから
恋愛は嫌いだ
僕の感情を一つ奪った恋愛は
僕以外を幸せで満たす存在なのだから
恋愛は嫌いだ
嫌いだ
あとがき
お疲れ様です。桐ヶ谷三玖斗です。この作品を書くきっかけになったのは、「文芸部」を知らない人が多すぎるからです。自分は高校から文芸部に入ったのですが、物語を書くことの大変さと楽しさは他では味わえないものですね。
さて、作中では恋愛が嫌いだった主人公。自分自身も恋愛なんてものはしたことないし嫌いです。作中の坂本君のモデルは僕です(日常生活なら一人称は「俺」なのに、作品を書いたりすると「僕」になるのはなぜでしょう)。他のキャラも全てモデルは高校時代の文芸部員たちです。もちろん、ストーリーは全てフィクションですが。
恋愛なんてクソだ。僕が常々思っていることです。物語の登場人物の心情はわかるのに、現実世界の人心情が分からないのはなぜでしょうか。失敗したら地獄が確定しているのに告白するなんてバカなんでしょうか。それとも、「流れで付き合う」ということは現実で起こっているのでしょうか。身近に「恋愛」がない(というか、自分から避けてる)ので、恋愛ものはそれこそあり得ない物語を書いてしまうのです。
長々と書きましたが、少しでも「文芸部」という存在を認知していただければ幸いです。
では、またどこかで。
桐ヶ谷三玖斗
文芸部/桐ヶ谷三玖斗 追手門学院大学文芸部 @Bungei0000
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