フタリアート

あちゅ

立冬①

プルルル、プルルルッープッ


「…なに?」

『…終わらない』

「一応聞いとこうか、何が?」

『下絵が』

「なんで?」

『…イメージが湧かない』

「はぁ…」


この電話先にいるのは、イラストレーターとして活動している「はづき」だ


どうして俺がイラストレーターと話しているのかというと、俺の職業がライトノベル作家…と言えたら夢があったのだが、そうではなく、彼女のマネージャー的な事をしているからだ


元々彼女とは高校の頃からの知り合いで、彼女がイラストレーターとして活躍し始めた大学時代に彼女に頼まれ、彼女の案件の管理や、スケジュール管理、取引先との交渉等を主に担当している


というのも、今電話先にいる彼女は絶望的なほどにコミュ障なのだ

まだ彼女がイラスト投稿サイトやSNSにイラストを上げていただけの頃、彼女の絵柄に興味を持ち、とあるライトノベルレーベルから新作の表紙や挿絵を描いてくれないかという依頼がSNSのDMで届いた


だが、インターネットでもコミュ障である彼女はそのDMに返信することが出来ないままでいるときに、俺を頼ってきたのがこの活動の始まりだ


「あのさぁ、そのイラストの期限、知ってる?」

『ウッ―、来週の金曜日です』

「だよねぇ。それで、今は何曜日だい?」

『土曜日です』

「1週間切ってるよね。君がこの日までなら大丈夫って言ったから依頼を受けたんだよ?」

『けど…』

「けどじゃない。やりなさい」


俺としても、彼女がスロースタートなのは知ってる

というのも、彼女は自分が担当するキャラや世界観について深く理解しようとする

だからこそ、彼女がその世界観に入り込めるようになるまでは全くと言ってもいい程、仕事が進まない

それに、彼女はシングルタスクの鬼なので、基本的に複数の依頼を同時期に受け入れることはない


だから、俺も依頼を受ける際には期日と報酬を確認し、その時に彼女の持っているスケジュールと相談しながら依頼を受ける

と言っても、世界観に入り込みやすい作品や、世界観の理解が難しい作品等でスケジュールは短くも長くもなるので、依頼の作品を彼女に見せ、彼女の感覚で大丈夫だと感じれば受けるという事も多い


まぁ、最近は彼女の働き方を知っている出版社も増えてきているので、ある程度の締め切りは融通が利くようになってきた


『う~、うるさいわね!どうせ締め切り伸ばせるんだから伸ばしなさいよ!』

「いや、伸ばすのは俺じゃなくて取引先だし、伸ばせたとして、具体的にどれくらいあれば完成できるんだよ」

『い、1週間くらい?』

「論外」

『ぶぅー!』


これは良くない傾向だ


最初は本当にイメージがわかなくて悩んでいたのだろうが、今こいつの中には面倒くさいという感情が一番大きい

こうなってしまうと、作業に入るまでがかなりの時間がかかるだろう


仕方がない


「じゃあ、はづきさんが早く終わらせられるようにしてあげよう」

『…何よ?』


カタカタカタッー


『ってちょっと待ちなさいよ!今何を打ってるわけ!?』

「ん?取引先に1日早く終わりそうだから、木曜日にはデータを送らせてもらいますって伝えた」

『何を勝手に…って伝えた?もう?』

「おう」

『何を勝手にしてくれてんのよ!さっきイメージが湧かないって言ったばっかでしょ!?』

「言ってたな」

『それなのに、締め切りを短くするなんて信じらんない!』

「そんなに嫌なら、自分で向こうに連絡したらいいと思うぞ。俺が送るメールは全部ccでお前にも送ってるからメアドは分かるだろ?」

『それが出来たらあんたに窓口を頼んでないわよ!』


(こいつ、ほんとに良く今まで生活できてるな)


彼女のマネージャー的なことをやり始めてから学んだのだが、彼女は取り合えず追い込めば作品は出来上がる

というのも、彼女の絵の持ち味でもある世界観は、彼女が本能的に理解している物を必死に言語化しようとしてから絵に昇華させようとしているだけなので、本来絵に必要な世界観は彼女は持っている

つまり、彼女が言語化しようとする時間を物理的に潰してあげると、一気に絵を描くところまでステップアップできるので、時短できる


まぁ、彼女からしたら人の所業ではないかもしれないが


『うわっ、ほんとに向こうに締め切りを短くして良いって送ってるし』


俺の言葉が信じられなかったのか、自分でメールアプリで確認したらしい


「そういうことだから、頑張って終わらせろよ」

『あんた、後で覚えておきなさいよ』

「はいはい。それで、ご所望は?」

『ハンバーグ』

「了解。それじゃ、また


それだけ言うと、俺は通話を切り、さっき変更したスケジュールから先のスケジュールについて考えていく


流石に短くしたので、数日は彼女に休みはあげるのだが、今現在、かなりの依頼が彼女の元にはやってきている


「ん?これは…」


数ある依頼の中から、少し面白そうで、今まで彼女がしたことないような依頼があったので、それについて詳しい情報をもらえるように返信をする


「さて、それじゃあお姫様のご機嫌取りのためにも買い出しに出かけますかねぇ」


そういって少し身支度をして、俺は家を出た




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