指探し_05

 そのときは突然訪れた。


「常石くん、新聞⋯⋯あれ?」


 匡佑が消えたのだ。透悟は焦った。どうにも嫌な予感がしてたまらない。ビルの隣に住居を構える霧真のところへ一目散に駆けていった。




「霧真!!」


「どうした透悟らしくない。地震の前触れか?」


「地震は近いうちにでかいのがくる。⋯⋯そうじゃない、常石くんがいないんだ」


「なに、それは厄介だ。引きこもりの匡佑くんが好んで外に出るなんてありえないからな、アレか?」


「嫌な予感がするんだ、そこに黒瑪瑙の指輪もある気がする」


「じゃ殺人犯は⋯⋯」


「言わないでくれ⋯⋯」


 透悟は頭を抱えた。


「どこにいるか見当はつくか?」


「⋯⋯常石くんの下駄が弁天池の近くに見える⋯⋯」


「行くぞ透悟、匡佑くんを止めるんだ」


「⋯⋯ああ」





 ふたりは市街の中心にある弁天堂へと走っていった。駅前から市街は少し距離がある、俥を使えば良かったと一瞬考えたが走っていくほうが早い。





 はたして匡佑はそこにいた。海老茶袴の女学生の首を絞めている。


「待て!!」


 匡佑はキッと透悟を睨んだ。顔つきがいつもの匡佑ではない。間違いなく何かに憑りつかれている。


 霧真はもがいている女学生を匡佑から解放し、透悟は匡佑を羽交い絞めにした。


 女学生は気が抜けたのかぱったり倒れこんで霧真の腕の中で気を失った。



「お前は誰だ?」


「その指輪の持ち主よ。この体はよく目が見えて使い勝手がいい。ここを離れる気はありません」


「⋯⋯天田奈緒子の母親か。あんたはもう死んだんだ、モノに執着するな」


「この指輪は奈緒子のものなのに⋯⋯!! 奈緒子のお守りなのに⋯⋯!! 殺して、指まで切り落として、指輪を取り返したと思ったら、使っていた身体から抜けてしまって、指輪を取り落してしまう。それを拾った人間を殺して、指を切り落として、の繰り返しをしていただけ。なにが悪いのよ!!」


 匡佑はいつもと違ってはきはきと感情をあらわに叫び散らした。


「以前は通りすがりの男を使っていたけれど、この坊やの身体は居心地がいい。抜ける気はないわ」


 匡佑、いや、奈緒子の母親は両肩を抱いて微笑んだ。


「さあ、その女を殺させて。そして奈緒子に指輪を返すの」


「どんな理由があれど、人殺しは大罪だ。あんた、地獄行きだぜ」


「盗みだって大罪じゃない!!」


「奈緒子さんが落とした指輪が、骨董屋に売られた。それだけだ。盗まれちゃいない」


 透悟が説き伏せれば奈緒子の母親はヒステリックになっていく。


「どうでもいいわ! あんたも殺してやる!!」


 匡佑の身体は、ものすごい力で透悟の腕を振りほどいた。


「霧真!!」


 奈緒子の母親が透悟に掴みかかるか否かという寸の間に、霧真は透悟の前に躍り出て、早九字を切った。


「はっ!!」


 霧真の手刀の先から衝撃波が放出され匡佑の身体が吹っ飛んだ。その瞬間、透悟の瞳は匡佑の身体から奈緒子の母親が吹き飛ばされたのを捉えた。



「お母さん、女学生さんに説明して指輪は返してもらうから、もう人殺しはやめなさい。あんたの魂が穢れるだけだ。なにより奈緒子さんが悲しむ」


 奈緒子の母親は身体を失ってしおらしくなった。


「奈緒子⋯⋯そうね、あの子にこんなことをしていたと知られたら⋯⋯」


「奈緒子さんに伝えたいことがあるのなら、わたしが身体を貸そう」


「⋯⋯せっかくだけど、こんな穢れた魂で奈緒子には会えない。ただ一目見られたらいいの。大きくなった奈緒子の顔を見られていない、あの子が三つになる年にわたしは目が見えなくなってしまった」


「では近くで見ているといい。この足で奈緒子さんに会いに行こう」





「霧真、さっきは助かった。礼を言う」


 霧真は一部始終を眺めてなんだかほっとした顔をしていた。


「透悟の危機は俺の危機だからな」


「またそんなことを⋯⋯」


「ほんとうのことさ」


 そのとき女学生が目を覚ました。


「私、なにを⋯⋯?」


「お嬢さん、いきなりで悪いがその指輪ちょっと曰く付きでね。俺たちが必死に探していたんだよ。その指輪を持った者は相次いで殺されている」


「返します返します」


 女学生は食い気味に指輪を外して透悟に差し出した。幸い首を絞められていたことはショックすぎて覚えていないようだった。


「一人で帰れるかね?」


「ええ、ご心配なく、すぐそこですの」


 彼女は土埃を叩いて落とすと、一礼して踵を返した。








「さて⋯⋯」


「匡佑くん、起きろ」


 霧真は匡佑の肩を揺さぶった。


「⋯⋯はっ」


「常石くん、お手柄だ。黒瑪瑙の指輪を見つけたぞ」


「僕がですか?」


「ああ、これから奈緒子さんのところへ行く」


「僕も行きます!」


「当たり前だ、君は俺の助手なのだから」


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