第32話 たとえどんな感情であっても
「…昨日は疲れたなぁ」
色々あった夏祭り(事件紛いのこともあったが)から一夜明け、朝食を食べながらそんなことを呟く。それもそうだ。美亜と喧嘩して、行方不明になった美亜を穂乃花と凛斗と一緒に探して、あの場にいた男たちと殴り合いになって怪我してと、普通じゃない夏祭りになった。
「おはよう。あー、頭痛い」
ゆっくり朝食を食べていると、美亜がリビングに降りてきた。昨日帰宅して、浴衣からパジャマに着替えさせているので今は美亜はパジャマを着ている状態だ。ただ浴衣は着る時に下着を脱ぐらしく、浴衣を脱がせた時にまあその…生まれたままの姿を見てしまったが…まあ不可抗力ということで…。
「おはよう、美亜。昨日は大丈夫だったか?」
「兄さんおはよう。うん、まあ」
昨日のことを思い出してしまってからか、挨拶がちょっとぎこちなくなってしまう。それも仕方がないかもしれない。昨日あんな風に喧嘩をして、そのあとにあんなことがあったものだ。意識するなというのも無理がある。
「えっと、美亜。今日、このあと時間あるか?」
昨日帰宅してからずっと考えて、穂乃華にも相談していいアドバイスを貰って、そこからお願いして協力してもらうことになった。今あるこの問題を解決するために穂乃花にも協力してもらっているんだ。絶対に失敗はしてはいけない。
「一応、今日は何も予定ないから大丈夫だよ」
「そっか、よかった。じゃあ、13時にここ集合でいい?外に出られる準備だけしてもらえれば」
「分かった。じゃあその時に」
そう言って美亜は部屋へと戻っていく。とりあえずこれで第一関門はクリアだ。あとはこの後、全てがうまくいけばいいんだけど。
***********************
(…どんな顔して兄さんに付き合えばいいんだろう)
部屋に戻った私は、一人悩んでいた。
今まで兄さんには冷たい態度をとって、昨日はあんなことにまで巻き込んでしまった。自分の落ち度なのに、尻拭いをさせてしまったことがすごく情けなく感じている。それにお酒を飲まされて酔っ払っていたとはいえ、少し恥ずかしい格好になってしまっていてそれを兄さんに見られてしまった。それを意識してしまうと余計に恥ずかしくなってくる。
(それにしても、外に出る準備って一体何があるんだろう?兄さんから誘ってくるのも珍しいし)
兄さんのいつもとは違う行動に疑問を感じつつ、パジャマから私服へと着替え始めた。まだ少し負い目を感じているので、今日は色合いも質素で落ち着きめな洋服にした。
(兄さんに酷いことした私にも非があるんだし、謝らなきゃ)
喧嘩した後冷静になって、私の好きを優先するのか兄さんの幸せを願うのかのどっちが大事かを考えてみた。もちろん私としては兄さんが大好きで、兄さんと幸せになれればそれでいいと思っていた。でも、それで兄さんが幸せになるかは分からない。もしかしたら、自分の本当の気持ちを押し殺してこれからを過ごさなくちゃいけなくなるかもしれない。そうなると、幸せになれる人は限りなく少なくなってしまう。多くの人が幸せになる未来がつぶれるのは、あってはならない。
(今日この後、私から切り出そう)
私は今まで引きずってきたこの気持ちに、蹴りをつけなければいけない。
***********************
「美亜、準備できたか?」
「…うん」
俺と美亜と、どちらとも準備を済ませて玄関に立っている。今から出発して、そこで今回の目的を実行する。少し美亜にとっては嫌な思いをするかもしれないが、致し方ないと思う。
歩いている間は、気まずさからか会話が一切なく、横並びでも目線を合わせることがただ一度もなかった。そんな状態が続くなか、ものの数分歩くと目的の場所へと辿り着いた。
「…ここって」
「穂乃花の家だ。美亜からしたら辛いかもしれないけど、付き合ってほしい。俺のわがままだけど、頼む」
「…分かった」
そこでようやく軽い会話を交わして、穂乃花の家のインターフォンを鳴らす。
『はーい。あ、弘貴くんに美亜ちゃんいらっしゃい。すぐ行くからちょっと待ってね』
インターフォン越しに穂乃花の声が聞こえて、その言葉通りすぐに穂乃花が玄関から顔を出した。
「さ、どうぞ上がって。今日はお父さんもお母さんも仕事でいないから」
「うん、お邪魔します」
「…お邪魔します」
穂乃花の家にあがり、穂乃花の部屋へと通された。事前に美亜を連れていくということは伝えていたので床には人数分のクッションが置いてある。まず美亜に座ってもらい、そこから俺が美亜と向かい合うように座り、穂乃花には俺たちを見守ってもらうように座ってもらった。
「えっと、美亜。今日ここにきてもらったのには訳がある。それを話す前に、俺から一つ」
美亜の方を向き、真剣な眼差しを向ける。ここで一度言葉を切って、一呼吸おいて次の言葉を言う。
「すまなかった」
「え?」
突然の俺からの謝罪に美亜が困惑している。それも無理ないだろう。今まで嫌な態度をとっていた相手が突然謝罪してきたら、何故急にとなるが、それでも俺は言葉を紡ぐ。
「俺は美亜のことをずっと"妹"として見ていた。だけど美亜は俺のことを一人の"異性"として認識していた。そういう美亜の成長は俺としても嬉しかった。だけど俺は穂乃花と付き合って、お前の気持ちを見て見ぬふりをしていた。そのことは本当にすまなかった」
本当なら早く言って、少しでも
「でも俺にとって、やっぱり美亜は"妹"だ。恋愛の対象としては見れないよ。だからどうか、そうなってくれるとありがたい。俺の我儘かもしれないが、頼む。この通りだ」
そうして俺は、美亜に頭を下げた。それもただ下げるのではなく、世にいう土下座。誠心誠意、一つ一つの行動に気持ちを込めて。
***********************
「頼む。この通りだ」
そう言って兄さんが土下座をした瞬間、私は更なる困惑に陥った。
なんで?なんで兄さんが謝るの?悪いのは全部私なのに。
兄さんに私の価値観を押し付けようとして、他の人と一緒にいることをよしとせず、ズケズケと踏み込むようなことをして。そんな私に謝られる筋合いなんてない。むしろ、私が謝らなければ。
「…兄さん、頭を上げてください。兄さんが謝る理由が分からないです」
「いや、俺は美亜の気持ちを踏みにじった。それについては謝らないといけないんだ」
「…分かりました。それは私としても受け取ります。なので、どうか頭を上げてください」
兄さんの顔をちゃんと見て謝らないと、私は私を許せなくなる。それだけはどうしても避けたかった。
「…分かった。これでいいか?」
「ありがとうございます。私からもいいですか?」
「?美亜から?分かった。どうかした?」
よかった。兄さんに頭を上げてもらって、私の方を見てくれた。今度は私が謝る番だ。
「私の方こそ、兄さんに勝手なことをしてしまってごめんなさい」
そうして、今度は私は兄さんに向かって頭を下げた。兄さんが土下座をしたんだ。私は、最低でもこれをしないと許されないようなことをしたんだ。これが償いにはならないことはわかってる。だけど、それでもしなくちゃいけないんだ。
「ま、待って美亜。なんで美亜も頭下げてるんだ?下げなくてもいいのに」
「ダメ。私の方が兄さんに酷いことをしたの。私が兄さんのことを好きだからって、私の価値観を押し付けようとして、兄さんのことを否定して、迷惑もかけて。そんな私が、兄さんのことを好きになる権利なんて…無い…よね…」
最後は、自然と涙が溢れていた。あぁ、なんで私、こんな時に泣いてるんだろう…。ダサすぎ…、消えちゃいたい…。そんな私の背中に、優しく手が添えられた。
「好きになる権利がないなんて…そんなことないよ。人は誰だって、どんな人でも好きになる権利はある。それを、誰かの意思だとか、誰が迷惑をかけたとかで、邪魔される謂れなんてないよ」
その言葉と共に、私は兄さんに抱き抱えられていた。その一言、その行動全てに、私の心がどんどんほぐされていく。そんな兄さんの言葉に続いて、城戸穂乃花が話し出した。
「そうだよ、美亜ちゃん。あなたにだって、誰かを好きになる権利はあるの。弘貴くんとのことは、運が悪かったかもしれない。それでも、あなたはあなたのままでいいんだよ」
その言葉も、優しく私の心を包み込んでくれた。暖かい木漏れ日の光のように、全てを解してくれて、その優しさに、私は自然と、声をあげて泣き出していた。
「う、うわぁぁぁぁん!」
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「う、うわぁぁぁぁん!」
泣きじゃくる美亜を抱きしめながら、俺は思う。ああ、これでようやくひと段落ついたのかな。穂乃花の方を向くと、優しく微笑みかけてくれた。それは、まさにこの一件の解決を見た、安堵の表情だった。
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「ごめんね。わざわざ協力までしてもらって」
「ううん、私もこうやって解決したことはすごく嬉しかったよ。美亜ちゃん、大丈夫だった?」
「はい、ご迷惑をおかけしました。穂乃花さん、ありがとうございました」
その後しばらく二人で美亜を慰めてあげて、時間がある程度たってから穂乃花の家を後にすることになった。玄関で見送りの穂乃花と最後に言葉を交わして、美亜と一緒に穂乃花の家を後にした。
「ごめんな、美亜。俺としてちゃんと伝えたかったんだけど、やりすぎたかな?」
「ううん、そんなことないよ。むしろ、ちゃんと伝えてくれてありがとう。私こそごめんなさい」
「気にしすぎないでいいよ。人を好きになる気持ちは、誰にでもあるんだから」
美亜ともちゃんと分かりあうことができて、今朝のような気まずさはお互いに無くなった。
「…兄さんの言ってた通り、兄さんを恋愛対象としては諦めるよ」
「…本当にいいのか?それで」
「うん、いいの。…だから、これからは妹としてよろしくね!お兄ちゃん!」
そう言ってニッコリと、気持ちの良い笑顔を向けてきた美亜に、俺もまた笑顔を向けて
「うん、よろしくな、美亜」
そう、かえすのだった。
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