第30話 義兄妹の確執

俺たちの後ろをついてきていたのは美亜だった。白と赤の椿の柄の浴衣、帯のところには椿のブローチ、頭には椿の髪飾りをつけている。ブローチと髪飾りは、以前俺からプレゼントしたものだ。


「いつから着いてきていたんだ?答えてくれ」


「兄さんには関係ないでしょ。詮索しないでいいから」


二人の間に、凍りつきそうな冷ややかな空気が漂う。この二人の周りの空間だけが切り取られ、周囲の活気あふれる雰囲気とは対照的な、重苦しい雰囲気が出ている。


「友達と一緒に来るんじゃなかったのか?その友達はどうした?」


「だから関係無いって言ってるでしょ!何も分からないくせして!」


美亜が語気を強めて言う。今までに見たこともない美亜の感情の激流に、俺はただ茫然としていた。それに、美亜が何をもって分からないくせにと言っているのかが分からない。


「えっと、美亜?ごめん、美亜が言っていることが俺には分からないんだ。もしよかったら、なんでそんな状態なのか教えてくれないか?」


これが、今の俺からできる最大限の譲歩だ。これで何か引き出せないと、余計に色々と拗れてしまいそうだ。


「…なんで分かってくれないの?」


返ってきたのは、先ほどとは真逆のか細い声。二人だけの空間に、静寂が走る。


「前…言ったよね…?兄さんのことが…大好きだって…」


か細い声で美亜は言葉を紡ぎ続ける。その瞳には涙を浮かべ、体も小刻みに震えている。まるで、何かに怯えているような…。


「兄さんに…"家族"じゃなくて一人の"異性"として見てほしくて…何度も何度もアピールしてたのに…それでも兄さんは…私を"妹"としてしか見てくれなくて…もう私…ダメなのかなって…」


痛切な感情を孕んだ声で、美亜はさらに続ける。そんな美亜の感情に呼応するように、周囲から色彩がどんどん失われていく。


「城戸穂乃花が彼女になったって聞いた時…本当は兄さんに飛びかかりそうだった…。なのにあんな女に兄さんを盗られて…そこから私…何もかも分からなくなっちゃって…」


そこで、美亜の言葉が詰まる。次の言葉を発するのが苦しそうで、話そうとしても過呼吸になっていて話せそうにない状態だ。


「美亜!大丈夫か!」


「…っ、来ないで!」


心配になって手を伸ばしたが、拒絶された。そのことに大きな衝撃を受け、俺は一瞬頭の処理が追いつかなくなり、その場でフリーズしてしまった。その一瞬で、美亜がその場から走り去ってしまった。


「美亜!待ってくれ!話を聞いてくれ!」


「うるさい!放っておいてよ!」


人混みを掻き分けながら追いかけるが、小柄な美亜は人混みの中に飲み込まれて見えなくなった。美亜を見失ってしまい、その場で立ち尽くす。なんだか、嫌な予感がする。

***********************

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…ハァ」


人混みを掻い潜り、人気のないところへと出た。ひとまず、後ろを振り返った。兄さんは…良かった、ここまでは追いかけてきていないみたい。


今は、兄さんにだけは会いたくない。今兄さんがここに来てしまったら、またさっきみたいなことをしてしまうと思う。好きな相手にそんなことなんて、絶対にしたくない。


「…何してるんだろ、私」


そう、ボンヤリとこぼす。好きな人なんだったら、本当なら気持ちをちゃんと伝えれば良かったのに。なんで私、こんなにも臆病なんだろう…。


「戻ろ…痛っ。うぅ、擦れちゃった。紐も切れてるし」


お祭りの会場に戻ろうとしたら、草履を履いていたこともあり、指と指の間が擦れてしまっていて、かなり痛かった。走った影響で、鼻緒も切れてしまっている。このままじゃ歩きづらい。


「…ここで直してから戻ろ」


近くのベンチを探して座り、草履を脱いで鼻緒を結び直した。終わって立ちあがろうとした瞬間、周囲を数人の男に囲まれた。


「なんですか?私はお祭りの方に行きたいんですけど、どいてもらえますか?」


「そんなこと言わずにさ〜、こんなしけた祭りより俺たちと遊んでた方が楽しいって」


「そうそう、楽しいこといっぱいできるよ〜」


「一人でいてもつまんないじゃん。どうせなら、一緒にいようよ〜」


はっきりと拒絶の意思を示したが、男たちは下卑た笑みを浮かべ、ヘラヘラとした様子を崩さないまま私に詰め寄ってくる。最悪だ。まさかこんな短期間でナンパに2度も巻き込まれるなんて。


「向こうに私のことを待ってる人がいるんです。戻らなきゃいけないので、それでは」


適当に嘘を並べて、その場を後にしようとした。しかしその試みは、嘘を見抜かれたのか、はたまた別の理由でかは分からないが阻止されてしまった。


「でもさ〜、こんな可愛い子を一人でどこか行かせちゃうその人も、どうかしてると思うよ〜」


「そうそう、たとえ友達でも、女の子を一人で行かせるってのはナンセンスだよね〜」


「てかさ、その『待っている人がいる』って嘘でしょ。顔に出てるよ、『早くこの場から立ち去りたい』って」

「っ!」


「あ、ビンゴ。ハッタリかけてみるのも案外ありなんだな」


しまった、嵌められた。相手は何も知らないはずなのに、過剰に反応してしまえば嘘だと悟られるのも目に見えていたのに。このままではまずい。そう思い私はその場から走り去ろうとしたが、その行動すらも止められてしまった。


「ちょっと!離してよ!」


「うるさいな〜。君が悪いんだよ?俺たちの誘いに素直に乗らなかったんだから」


「ちょっと黙らせるか。ごめんね?こんなことはしたくなかったんだけど」


「あとでたっぷり、お詫びしてあげるからね?」


捕まえられているうちに、一人の男から猿轡をつけさせられた。口が自由に動かせない。


「ンン!ンンンンンンンン!(ヤダ!誰か助けて!)」


「無理無理!いくら叫んでも届かないって!こんな奥張ったところで、ソレまでされてるんだから!」


「そんじゃ、連れていくか」


「オッケー。あー楽しみだな〜」


抵抗するも虚しく、男たちに抱えられて、私はどこかも分からない場所へと連れて行かれてしまった。

***********************

先ほどのことに茫然としたまま俺は穂乃花を送り出した場所に戻ってきて穂乃花を待っていた。あの後、探せる限り美亜を探したのだがどこまで行っても見つからなかった。時間もそれなりに経ってしまい、そろそろ穂乃花が戻ってくるぐらいの時間になってしまった。


「お、弘貴じゃないか!…ってどうした?そんな辛気臭そうな顔して?」


そこで待っていると、偶然見知った顔に出くわした。半袖シャツに膝下丈のパンツというカジュアル目なファッションに身を包んだ凛斗だ。


「…凛斗か、気にするな。ちょっと色々あっただけだ」


「色々あったって…おばさんから聞いたんだけど、お前、今日城戸さんと一緒に来てるんじゃなかったのか?もしかして喧嘩しちまったとか?」


「それは無いから。だから、気にするなって言っただろ。首突っ込まないでくれ」


「いいや、気にするね。お前に彼女が出来たとはいえ、俺はお前の親友だ。よっぽどショックなことだったってのは今のお前見てたらすぐ分かる。話せば楽になるからさ、話してみろよ」


凛斗に諭され、さっきからずっと抱えていた重たいものが少しだけ解れた気がした。そのままの流れで言葉を発そうとしたその時、


「弘貴くんただいま〜。チョコバナナ、買ってきたよ〜」


そんなことを言いながら穂乃花がこちらへと駆け寄ってきた。手にはちゃんと、先ほどの勝負で負けて奢ることになったチョコバナナを持っている。


「おかえり、穂乃花。案外時間かかってたね」


「そうなの!チョコバナナ屋に意外と人が並んでてね〜…って御影くんも来てたんだね」

「なんで露骨に嫌そうな顔してんだよ…。クラスメイトだろ?もう少し優しく接してもらえないかなぁ城戸さんよ」


「そうだね、"一応"クラスメイトだね」


「扱いが雑ゥ!一応ってなんだよ一応って!」


「まあまあ二人とも落ち着いて!今は楽しいお祭りの場なんだし、そんな喧嘩しないの!」


出会って早々軽口を叩き合う二人を注意する。穂乃花には先ほどのことを悟られないように、笑みを作って取り繕う。


「はぁい。御影くんは一人なの?」


「ああ、ダチと一緒に行こうって言ってたのによお。そいつ、夏風邪になってこれねぇとか言い出して、結局暇だったから1人で来たってわけ」


「そうなんだ。…ねえ、弘貴くん。何かあったの?顔色悪いよ?」


突然、穂乃花が俺の顔を覗き込んできて、不安そうな顔をむけてきた。少し気が抜けていたのかもしれない。もう一度気を引き締め直して、穂乃花へと返答する。


「ああ、大丈夫。ちょっと暑さにやられたのかな?少し休めば別に…」


「いや、そうじゃないでしょ。何があったのか、ちゃんと教えてよ」


本心を誤魔化して逃れようとするが、先回りされて逃げ道を封じられた。


「弘貴、言ってやれよ。辛いことは友人や恋人みたいな大事な人に共有して、一緒に乗り越えていくもんだろ」


「そうだよ。私、どんなことがあっても弘貴くんと一緒にいるっていうことは変わらない。だから、今抱えてる悩みも一緒に乗り越えよう!」


「…そうか、そうだな。ごめん、ありがとう」


二人の言葉になんだか慰められたような気がして、心が軽くなり、不意に一筋の涙が零れ落ちた。それが出たからなのか、俺の中で抱えていたこの悩みも、打ち明けようという気持ちになれた。


「じゃあ、聞いてほしいんだ。今までのことと、ついさっきのことを」

***********************

「なるほど、美亜ちゃんはお前に対して恋愛的な感情を持っていた。それに対してお前は応えられていなかったと」


「うん。俺と美亜が義理の兄妹だってことは二人も知ってると思うけど、まさかそこまで発展してたとは思わなかったよ」


お祭りの会場から少し離れた場所に移動し、俺と穂乃花はベンチに座り、凛斗は立った状態で話をしていた。これまでに俺と美亜の間であったこと、そしてついさっきの言い争いのことも全て話した。


「義理の兄妹で恋愛感情に発展するのって、漫画みたいな展開だけど、まさか弘貴くんがその対象だなんてね」


「それは俺も思った。絶対そんなことならないと思ってたんだけど」


「運命の悪戯って怖いな〜」


「それはそうと、今美亜ちゃんがどこにいるかは分からないんだよね?」


「ああ、人混みに紛れて見えなくなったし、その後もいろんなところは見てたんだけど、一向に見つかってないんだ」


今はとにかく、美亜に直接会って謝罪がしたい。そしてちゃんと俺の考えを伝えて、今の状況に踏ん切りをつけたい。そう思って動いていたのだが、状況は一向に進んでいない。


「それなら、俺が手伝おうか?探すなら、人が多い方がいいだろうし」


「私もやる。弘貴くんの悩みは、一緒に解消したい」


「ありがとう。それじゃあ、情報共有のためにグループ繋いで、手がかりが掴めたらここに送って」


「おう」「うん」


三人で共同戦線を張り、それぞれに分かれて捜索を開始した。

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