開いてはいけない箱

あああああ

植木鉢を投げる子ども

 俺の住んでいるアパートは、そんなに綺麗じゃないけど騒音が少なくて気に入っている。家賃も相場と比べればかなり安い。一人暮らしには充分すぎる以上の広さも有る。

 ただ、築年数がずいぶんと経っているせいか、契約されている部屋は少ない。玄関のドアが内開きで使いにくいというのも古いアパートならではなのかもしれない。

 騒音が少ない理由に繋がっているから俺にとっては良いことだが、大家にとっては芳しくない状況なのだろう。


 隣の部屋も、真下の部屋も空き家だが、真上の部屋には住人がいる。園児くらいだろうか、小さな男の子と若い母親の二人暮らし世帯だ。

 この母親は近所のスーパーやコンビニなど、いろいろなところで働いている姿を見かける。おそらく短時間のアルバイトを掛け持ちして生計を立てている。


 男の子は無口で、廊下で母子とすれ違った時に挨拶をしても、男の子から返事が返ってきたことはない。

 というのも母親曰く、彼は先天性の病気で声を出せないそうだ。


「そっか。なんか困ったことがあったら、下の階に住んでるお兄ちゃんの部屋をノックしたりして教えるんだぞ」


 と言って頭を撫でてやると、母親は「ありがとうございます」と微笑みながらお礼を言い、男の子は照れくさそうに笑っていた。


 そんな静かな生活も、ある日終わりを告げることになる。

 お盆のことだった。実家と疎遠な俺は帰省することもなく、盆も新年も関係なくアパートで過ごしている。夜勤明けの疲れを癒そうとベッドに入り、目を瞑っていたとき。


 ――ガシャン。


 窓の外、アスファルトの通路に何かが叩きつけられるような音がする。外を見ると路上には割れた植木鉢と土が散らばっていた。美しく咲いていた花は根が剥き出しになり、淋しそうに横たわっている。

 強風で落ちたのだろうかと一瞬思ったが、そんな強風が吹いているようには思えなかった。


 割れた鉢や土は、近所の人――自治会の人だろうか――が数時間後には片付けていた。そんな事件はそれから毎日起きた。多い時は日に数度も。


 それだけならまだしも、天井からドンドンと、まさに子どもが足踏みをするような音がするようにもなった。おそらくあの子だろう。

 普段なら保育園かどこかに預けられているはずだが、お盆だということを考えるとおそらく預ける場所もなく、やむを得ず家に彼を残したまま母親は仕事に行ったのだと推測できる。


 その寂しさに耐えきれなくなった男の子が、度の過ぎた悪戯をしているのだ。大人として注意をしに行くべきか、収まるのを待つべきか悩んだが、俺は後者を選んだ。


 一週間もすれば、植木鉢落としも足踏みの騒音もきれいに止まった。園の休み期間が終わったのだろう。


 夜勤が入っていない日に俺は上の階の廊下で腕時計と睨めっこをする。

 不衛生な住民が住んでいるのだろうか、生ゴミのような臭いが漂う廊下であの母親に、盆の間起きていたことを報告しようと思い、彼女の帰宅を待っているのだ。

 

 ――彼女はなかなか帰ってこない。


  諦めた俺は部屋へ戻り、静けさの戻った部屋で眠りについた。

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