その魔法少女は女の子じゃなかったから。
真夜ルル
プロローグ
「君さ、魔法少女になってみない?」
まずは耳を疑った。
雨の滴るとある秋の路地裏。何かを咥えた野良猫が散乱したゴミを蹴飛ばしながら走り去っていく後姿を眺めていた下校中に聞こえた女性の声だった。
どうせ聞き間違いだろうけど、仮に本当にそう言っていたとしても“僕”に言われたセリフではないことは確かだ。大抵中学生か小学生の女子に限られるはず。
それなのに僕は立ち止まって振り返った。
——薄っすらとフードの下から笑みを浮かべるいかにも怪しい女性がそこには立っていた。はっきりと女性とは断定できないくらいのぶかぶかのコートを羽織っているため所詮は僕の推測に過ぎない事だけれどその人は間違いなく女性だろう。
僕は昔から女子というか異性の人との会話が苦手だった。何を話そうにもしどろもどろになるし、何を思って笑っているのかさっぱりだし、とにかく一緒にいることも出来ないくらい緊張する。
だからなんとなく女性を前にすると緊張感が走るようになっていた。
この時はその緊張感から目の前の人が女性だとなんとなく思ったのだ。
しかし、その緊張感ゆえに返事をすることが出来ないままだった——振り向いただけで特にどうも言わぬままぽつんと立ち尽くしていた。
「いや、聞き間違いだ」
僕は一人でツッコんで傘で顔を伏せる。
パラパラとした雨の音を聞いて少し落ち着く。
するとペチペチと水を踏む足音が聞こえてあの女性が近づいて来たことが分かった。
「聞き間違いじゃないよ。君に、そう君に言ったんだよ」
からかわれてしまった。
どうせここで傘を上げれば「馬鹿じゃないの?」って感じに弄られて恥をかくのは僕なんだ。
だから僕は気にせずに立ち去ろうとした。
しかし——
「——こんにちわ」
その女性は僕の傘の先を指で少し持ち上げてかがみながら顔を覗き込んできた。
日本人には到底見えない澄んだ銀色の髪を双方の肩に垂らして、深みのある深紅の瞳で真っすぐと見つめている。不健康そうな青白い肌が儚い雰囲気を宿していて一言でいえば美人薄命——そんな感じの女性だった。
僕は呆気に取られて口を開けたまま立ちつくしてしまった。
彼女は緊張する僕の手を取ると握りしめて再びこう言う——
「君さ、魔法少女になろうよ」
と。
震えた唇を動かして精一杯勇気を振り絞り僕が言ったのは、
「男なんですけど」
の一言だけだった。
決して僕は「はい」と言ったわけではないのに魔法少女としての服装を身に纏い、女の子のように髪を一時的に伸ばして、それなりのメイクもして、女の子に擬態した。
それから魔法少女の仲間と出会い、沢山の怪人と戦う日々が始まって行った。
僕は自分が男であることを隠すために魔法少女に変身したときにしか仲間と会わないようにしていた。
名前だって橘瑠衣とは名乗らずにルイとして騙った。
それでいいのか、と、このままでいいのかと感じながらも一年間ずっと一緒に戦ってきていた。
だって魔法少女になったからこそ、女子とも普通に喋れるようになったし仲間と呼べる大切な人たちにも出会った。
だから良いんだってずっと思っていた。
だけどある怪人と戦って——本当は男なのに女子の姿になるなんて受け入れられるわけがない、と僕は確信してしまった。
このままの生活を続けていけばきっといつかは正体がバレて僕は彼女たちに嫌われてしまうかもしれない。
どうせそうなるなら、と僕は彼女たちの前から逃げ出した。
これでいい。
やっぱり魔法少女にはなれないよ、だって僕は男なんだから。
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