第12話 目立つのは好きじゃない

 夜――この町では暗くなっても開いている店が少なくはない。

 酔った人間同士で喧嘩が始まることだってあるし、それを止めようとする者はいなかった。

 今日も、くだらないことで喧嘩を始めた青年が二人、殴り合いを始めた。

 周囲は青年達を煽りながら、笑い声と共に酒を楽しむ。


「てめえ、いい加減に倒れろ!」


 青年の一人が思い切り顔を殴ると、勢いよく後方へと倒れた――ドンッ、と暗がりで壁のようなものに辺り、青年が顔を上げる。


「っ、なんだ――」


 それは壁でなく――人だった。

 青年の身長は決して低いわけではないが、それでも頭一つ以上抜けており、大男が青年を見下ろしていたのだ。

 赤く光る瞳が――暗がりの中で目立ち、青年は思わず悲鳴にも似た声を上げる。


「ひっ」

「すまない、怪我はないか?」


 だが、大男が発したのは意外なほどに優しい声で、思わず拍子抜けしてしまうほどであった。

 ぶつかったのはむしろ青年の方であり、大男に否はないのだが。


「い、いや……俺が悪かったよ」


 ぶつかった青年は直観で何かを感じ取ったようで――すぐに頭を下げる。

 すると、大男はそのまま、暗がりの方へと向かっていく。


「ハッ、何をビビってやがる? あんなのは図体だけだ、見てろ」


 喧嘩相手のもう一人の青年は――深酒した勢いもあるのか、大男に一人で向かっていった。

 周囲も、それを止めようとはしない。


「お、おい! やめとけって……!」


 唯一、殴られたせいか、あるいは大男を間近で見たからか――酔いが醒め始めていた青年だけがそれを止めようとするが、


「黙ってろ!」


 制止を一切聞くことなく、暗がりへと向かっていく大男へ――青年は駆け出し、後ろから思い切り背中を蹴った。

 鈍く、骨の鳴るような音が周囲に響く。


「ぎっ、あああああああああああっ!?」


 ――悲鳴を上げたのは、蹴った方の青年だった。

 あらぬ方へと足が曲がり、明らかに骨折している。

 思い切り人を蹴ったとしても、こんな風に折れることはないだろう。

 だが、現実――大男は蹴られてもバランスを崩すどころか、びくともしなかった。

 ピタリと動きを止めて、青年の方を見る。


「て、てめえ……何をしやがった……!?」

「すまない、つい反射的に蹴りに合わせてしまった。大丈夫か?」


 大男はそう言って、青年に手を伸ばすが――青年は懐からナイフを取り出して、大男の掌を斬りつける。


「ふざけやがって……殺してやるっ!」


 完全に頭に血が上っているようで、青年は折れた足のままに無理に立ち上がると、そのままナイフを構えた。

 大男はそれを見て小さく溜め息を吐く。


「やめておけ、その足で無理をすると後遺症が残るぞ」

「うるせえんだよ! 図体がでかいだけで俺を見下してんじゃ――」


 大男は、そっと青年を叩いた。

 周囲から見れば、撫でるようにすら見えただろう。

 それだけで、青年は白目を剥いて、うつ伏せに倒れ伏した。

 ――何が起こったのか分からず、笑って見ていた者達も気付けば、息を呑んでいる。


「俺は目立つのは好きじゃないんだ。じゃあな」


 そう一言だけ呟くと――大男はゆっくりとした足取りで暗がりの中へと消えていく。

 ほんの一瞬だけ、角のような物が月明りに照らし出されていた。

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