海を飲む

@9sun

海を飲む

 私は今、沙漠にいる。渇いた喉は、どうすれば潤うだろうか……。



 目の前には、大きな海が広がっている。周りを見渡すと、皆が狂ったように、海を飲んでいる。それまではなんともなくとも、一度口をつけて仕舞えば、渇いたその身体は次から次へと欲してしまう。隣の者と話しながら、何かから隠れるように、あるいは静かに……。反射した自分自身の姿も見えず、ただひたすら。果たしてその身体は、本当に自分の意思によって、渇きを癒そうとしているのか。

 

 私はその中に、自分を見つけた。嫌な寒気がした。あれは「自分」ではないのだ。哀れな自分はこちらに気づくことなく、一心不乱に海を飲んでいる。そんな姿を見て、私はどこか不安を感じた。「自分」では気付かぬうちに私の身体は、一歩進んでいた。


 私はその場から逃げだした。



 水を飲みたい。なぜ、彼らは水を飲まないんだろう……。なぜ、自分は…………。



 私は生き続ける。すぐに干からびてしまいそうなのに……とても苦しいのに……。オアシスはいつだって私を待っている。カラカラに渇いた喉を、誰だって簡単に潤すことができるのだ。それでも私は生き続ける。私が、「自分」が、「身体をもつ」のだ。



 ふと振り返る。水がある。はやる気持ちを抑え、誰も見ていないのに、わざとらしくゆっくりと手で掬う。ふと、溢さないように必死になっている「自分」を憂える。これでは……何も変わらないではないか。


 一口飲む。息を吐く。また一口飲む。3500年前のエジプト人は、ガラスを作れたらしい。



******



 歯を磨き、水を一杯飲む。朝ごはんを食べ、制服に着替える。そして家を出る。何も変わらない退屈な毎日だ。


 いつもと同じ電車に乗る。周りを見渡すと、皆俯いている。光の反射したその顔は闇に沈んでいる。ドアが開くと興味がなさそうに一瞥し、申し訳程度に動いてみる。彼らは彼らに気づくことはない。もちろん私にも。


 ドアに反射した私の姿を見る。電車が止まり、ドアが開く。押してくる波に逆らって、ゆっくりと外に出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海を飲む @9sun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る