第4話 秋
少しずつ周りの友達たちは卒業後の進路も決まり、周りの景色も少しずつ色づいて来ていた。
服装も半袖からカーディガンを羽織るような季節に移ろいでいた。
俺はまだ、自分の進路を決められずにいた。
映像美術の仕事を探しながら就職活動をしてきたけど、なかなか思うような会社は難しく、このままでは就職浪人になるのかと悩んでいた。
周りの友達たちは、運よく希望どおりの仕事に内定をもらったものもいたし、妥協して自分のプログラミングや技術を生かせそうな仕事を見つけた者もいた。
または、まったく違うジャンルの仕事を選ぶ奴もいた。
俺は、少しずつ自分の可能性や才能が信じられなくなってきて、不採用の連絡をもらうたびに、自信が削られていくような気がした。
そんな中でも、佳音との日々は穏やかだった。
彼女は俺が就職が決まらずに腐っていても、何も責めたりせずただそばにいてくれた。
そして、時間があるときは俺と出かけたり、卒業制作なんかも手伝ってくれたりもした。
彼女は彼女で、国内で行われるコンクールに出場しては、賞を取ってどんどん有名になっていった。
ある日、彼女に聞いたことがある。
「佳音は、色んなコンクールで賞を取ったりして有名になってるけど、俺と付き合ってても大丈夫なの?
結構大っぴらに出かけたりしてるけど、スクープとか取られたり大変じゃないの?」
「・・・何を気にしてるのかと思ったら。
私なんか追いかけるようなパパラッチなんかいないわよ。一介のクラッシックの歌い手よ?私なんか追いかけたって面白くもなんともないわよ。」
佳音は、そんな風に笑っていた。
俺はそんなもんかなぁ。と思っていた。
幸せな二人の時間を過ごしながら、でももう時は10月になっていた。
俺は、なかなか決まらない就職にさすがに焦りを感じ、本来の希望の職種ではない会社の面接も受けるようになった。
そんな中、大学の先輩の紹介であるSUというソフト開発企業の面接を受けることになった。
面接の前日、大学のカフェテリアで食事をしていると、新がやってきた。
「迅、横いいかな?」
「おう、どうぞ。」
「おまえさ、今、氷室さんと付き合ってるんだって?…この前はすまなかった。俺、噂の話しか聞いてなくて、お前にひどいこと言ったと思ってる。」
新は俺に頭を下げた。
「・・・いや、いいよ。新がそんな悪い奴じゃないことは、俺が良く知ってる。きっと俺の事心配してくれてんだってのもわかってるよ。」
「ありがと。よかった。」
「そりゃそうと、新も就職決まった組なんだよな。」
「うん、とりあえず決めたよ。本当は親のコネとか使いたくなかったんだけどな。こんなにもなかなか打つ手打つ手ことごとく玉砕して、正直疲れちゃった。
親が、知り合いに口をきいてくれて、システムエンジニアとして小さな会社だけど潜り込むことが出来そうだよ。」
「そっか。」
「本当は、映像の仕事がしたかったんだけどな。コンピュータのプログラミングやらはお手のものだしな。
お前はどうすんの?」
「うん、先輩からSU誘われた。受けてみようと思ってる。」
「・・・そっか。SUか。お前もソフト開発か。みんな、お前は最後まで映像の道に進むんじゃないかって勝手なこと言ってたけどな。
お前が作る映像は、俺上手く言えないんだけどさ。なんていうか優しくて穏やかでそれでいて芯があるそんな映像が多いんだよな。
今の殺伐とした社会に、オアシスの様な映像を作る奴だって俺思ってて。
そっか…。
でもさ、映像作るのやめんなよ。今の時代、映像会社に入らなくても全然自分の作品を公表する場所なんかいくらでもあるんだし。」
「俺の映像見てそんな評価してくれるの新だけだよ。俺の映像なんて平々凡々だって。」
俺は謙遜していたわけじゃない。就職活動をして悉く玉砕して、もともと石ころぐらいにしかなかった自信が、砂粒以下に粉々になっていた。
「そんなことないぞ。みんなお前の映像は凄く評価している。教授陣だってだよ。
でも、お前のその性格が…押しが弱いっていうか、控えめっていうか。
そこなんだよ。
他者を押しのけてまで!!ってのが欠如してるんだろうな。お前には。
俺思うんだよね。やっぱり自分が作った作品って、思い入れも強いし可愛いじゃん。その可愛い我が子の様な作品は、他に引けを取らないんだ!!って強気で売り込んだほうがいいんだよ。
そういう世界だしな。
ま、こんな偉そうな精神論をぶったとしても、俺も映像の道のはしごを自分で外しちゃった一人なんだけど。」
新は、自虐的にそう言って肩を落としていた。
新の言う通り、俺には押しが足りないんだろう。
就職の面接官にも言われたことがあったな。
「自分の作品に対する愛情があまり見受けられない。」
作品に対して愛情がないわけじゃないし、もちろん最高の作品を作ってる自信はある。ただ、どう自分の作品を売りだしたらいいのか、これがいまいちわからない。それが最大の弱点だった。
「新、結構辛らつだな。でも、当たってるよ。それが、俺の弱みだよ。
・・・ありがとな。就職して落ち着いたら、YouTubeにでも作品を上げてみるよ。」
「あ、ごめん。俺また余計なこと言ったかもしれない。」
「いや、ありがと。持つべきものはやっぱり忌憚ない意見を言ってくれる友人だよ。」
そう言って俺は新に笑いかけた。
その翌日、俺は先輩の紹介でSUというソフト開発会社の面接をうけた。
感触は悪くなかった。企業側からは人材として申し分ないといわれた。
俺としては、少し違和感があったがとにかくこれで就職活動を終わらせられるかもしれないという安堵感が強かった。
SUは政界にもパイプを持つ割と大きなソフト開発会社だった。
先輩の話では、給料もそこそこ悪くないとのことだった。
ここ数年急成長している企業で、受注する仕事量が増えて人材を探しているという話だった。
残業は多いが、その分給料に反映されるから頑張る励みにもなるとも言っていた。
俺は、ここで採用の通知が来なければ、実家にでも帰ろうか…と考えていた。
その頃、佳音はウィーンに公演で出かけていた。
今回の公演は、橘教授の主催するオペラの公演だった。
約1か月、彼女はウィーンで椿姫を演じていた。
彼女とは海外遠征中はほとんど連絡を取っていなかった。
付き合いだしてから初めての遠征だったけど、それまでも帰ってくるまでは連絡は来なかったし、こちらからもわざわざ連絡をすることはなかったから、今更って感じだったからだ。
1か月確かに寂しい気持ちもあったが、こちらも就職活動やら、卒業制作も大洲目になってきており、それどころではなかったこともある。
ウィーンとの時差を考えたりするとなかなか連絡も億劫になっていたこともある。
佳音が帰国する前日、佳音が珍しく現地からラインを送ってきた。
『明日、成田まで迎えに来てくれない?』
俺は、その日は何も予定もなかったので、『了解』と返事をした。
佳音にしては珍しい。彼女は、あまり俺に甘えたりするような女性ではなかった。
あの、ゲリラ豪雨の日、俺の手を取って子猫のようにおびえた彼女以来かもしれない。迎えに来てほしいとか、何かをしてほしいとかそういった要求をあまりいう事のない人だった。
そういう甘えまで行かないまでも、俺に頼ってくれることが、俺は嬉しかった。
その日、俺は成田まで友達に車を借りて佳音を迎えに行った。
成田の到着ゲートで彼女を待っていると、カメラをもった人や明らかにテレビの芸能記者の様な人たちが大勢いた。
俺は、だれか有名なアイドルでも帰国するのかそれとも誰か凄い海外の映画俳優でも来るのかな?ぐらいに思っていた。
それはあながち間違いではなかったことに、すぐに気が付いた。
予定通り佳音が乗った飛行機は成田に到着した。
到着のアナウンスが流れた途端、その芸能記者の群れがざわめきだした。
彼女の乗る飛行機にそのお目当てのタレントさんが乗っていたんだなぁ。とまだその時は思っていたが、佳音と橘教授の一行が到着ロビーに現れるや否や、カメラのフラッシュが光り、すごい騒ぎになった。
そのカメラが向けられている先は、佳音と橘教授だった。
「橘さん、公演成功おめでとうございます。今回のディーバを務められた氷室佳音さん、ウイーンはいかがでしたか?」
「日本では、CDデビューも決まったそうですが、今の心境は?」
佳音は白いワンピースを着て普段はつけない濃い目のサングラスをかけていた。いつもはパンツをはいてどちらかというとボーイッシュなイメージなのに、今日の佳音はまるで女優だ。
しばらくキョロキョロしていた佳音は、俺の姿を見つけたのか俺に手を振って、その記者たちを押しのけて俺の所に走ってきた。
「迅、逃げるわよ。」「えっ?」
俺は状況がうまく飲み込めずに彼女に言われるまま、彼女とその場から走って逃げた。
車まで走ると彼女が言った。
「ごめんなさい。まさかこんなに集まっているなんて。驚いちゃった。」
「いったいどういうこと?」
彼女は悪びれる風もなく、俺に笑いかけて
「ウイーンでね、公演がすごく好評で、向うのメディアにも取り上げられたりしたのよ。で、日本から来ていたファンの方が上げたYouTubeでそれが大バズリしちゃって、日本のメディアにまで知れ渡っちゃったみたい。
まさかこんな出待ちされてるなんて思ってもみなかったわ。」
「それはいいんだけど、さっき写真撮られた気がする。」
彼女が俺の所に走ってきた時に、何回かシャッター音とフラッシュの光を感じた。
「撮られちゃったねー。でもさ、大丈夫だよ。迅の顔はモザイクはいるだろうし。何か食べに行こ。いつもの居酒屋さんに行きたいよ。」
彼女の普段の様子とは少し違う感じがした。空元気で、なにかを隠したいように思えた。それに、お酒の匂いもする
「もしかして、ちょっと酔ってる?」
「え?やだぁ、わかっちゃう?だって、飛行機の中のワイン、すっごくおいしくてさー、結構飲んじゃった。あはは。」
普段、こんなに酔っぱらってふわふわした喋り方をすることなんか見たこともない佳音の様子に、俺は何か謂れもない不安を覚えた。
「佳音。今日は帰ろう。ゆっくり休め。なんか今日の佳音、変だよ。疲れてるのかな。食事はまた今度にしよう。」
俺は佳音の顔を見ずに前だけを見てそう言った。
佳音の顔を見るのが何故か怖かった。
顔を見ていなくても泣いているのが分かった。
ウィーンで何があったんだ?そう聞けばすっきりするはずなのに、なぜか俺は聞けなかった。聞くのが怖かった。
「じゃぁ、今日は迅泊まっていって。 私を一人にしないで。」
佳音はとても小さな声で俺にそう言った。
「・・・」
俺はそれを聞こえない振りをしてしまった。
俺は、見てしまったんだ。搭乗口で橘教授が佳音の腰に手を当てて出てくるところを。そして、佳音が俺のほうに走ってくるときの橘教授の嫉妬の混じった視線を。
ウィーンで何があったのか、それは何もわからないけれど、彼女を問い詰めるだけの精神状況でもなく、自分の気持を整理しないと彼女と向き合えない気がして、俺は彼女から逃げてしまった。
佳音の家に着いて、彼女を部屋まで送り荷物も部屋に運び入れた後、俺は引き留めようとする佳音を押し切り、彼女の部屋を出た。
少し頭を冷やしたかった。
数日後、キャンパスは大変なことになってしまった。
先日の空港での出来事が週刊誌に載り、俺は時の人になってしまった。
確かに写真の顔はモザイクがかけられていたが、このネット社会だ。
すぐに特定されてしまう時代だ。
俺はしばらく学校に来ない様にと大学側から言われてしまった。
そして、佳音に会う勇気のない俺は、彼女からの連絡を無視し、そして自分の殻に閉じこもるように、佳音への連絡を取ることもしなかった。
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