ブロークン・ノックス ~マインドフルネス探偵とクライム・フリーク~

村田鉄則

第一の事件:爆破アナフィラキシーショック密室殺人事件①

「どうも~はかどる 解味わかりみで~す。オタクの皆さん、今日も盛り上げていきましょう!!」

 スポットライトを浴びながら、私は猫なで声の可愛いボイスで、そう大きく発した。

「はかどるタン最高~!」「はかどるタンしか勝たん」「はかどる、はかどる」

 私に対してオタクたちが発する言葉は、どれも称賛の言葉だ。汗をかきながら、一生懸命に踊って、歌声も素敵な、可愛くて最強の私、私は最強のアイドル。そんな私には、裏の顔がある。

「はぁ疲れた~」

 控室で大きく溜息を吐く私をマネージャーのシャン・プーが鋭いまなざしで一瞥する。彼女はマネージャーでありつつ、私のボディーガードでもある。私、解味はかつて、日本裏三大財閥の一つとして存在した捗財閥の一人娘である。加えて、過去に起きた大量殺人事件によって、肉親おろか親戚もいなくなり、たった一人、裏財閥の資産を受け継いでいる。そのため、私は常に暗殺者に狙われているのだ。

 シャン・プーは中国出身の推定年齢三十歳の女性だ。私の親族の中で最後に亡くなった父親が死ぬ数日前に、自身の死を悟ってか雇った。基本、無口なため、詳しい過去はわからないが、中国で拳法・気の技術を学んだらしく、その技術を用いて、幾度もの危機から私を救ってくれた。黒のスーツに包まれた身体は細く見えるが、相当な筋肉量があるのは確かだ。髪型は戦闘の邪魔にならないようにか、ショートカットで前髪を綺麗に揃えたおかっぱ頭だ。その前髪の間から見える切れ長の目は常に睨みをきかせている。

 シャンが無言で、分厚く、盾にもなる鉄板入りのビジネスカバンから、PCタブレットを取り出して私に見せてきた。

 そこには、『爆破アナフィラキシーショック密室殺人事件 報告書』と書かれたPDFファイルがあった。昨朝、起きたばかりの出来立てほやほやの事件であり、捜査は難航中と書かれていた。

 私は、財力を使って、警察内部に複数人、情報提供者を潜り込ませている。そのため、まだ起きたての公になっていない事件もこうやって報告書として、まとめられて送られてくるのだ。

 私がなんでこんなことをしているかというと、私の父親を殺した、犯罪者、クライム・フリークを探すためだ。


三年前。自宅にて。

「お父さん!お父さん!」

 暗いリビングで、泣き叫ぶ私。それに寄り添うシャン。

 倒れている父親。彼は身体と首を切り離された状態で見つかった。首の位置は、右の腋の下にあり、右腕全体でそれを抱えているような…ゴールキーパーがサッカーボールを脇で抱えているような感じで…死んだ身体を動かされていた。

 その死体の傍らには『生首サッカーのぉおおおおお、ゴールキーパー完成♡』と汚い文字で書かれた名刺サイズのカードが置かれていた。カードの裏をめくって見ると、『クライム・フリークより』と書かれていた。

 クライム・フリークは、私たちの親族を次々と消していった犯罪者の名前だった。水槽爆破カミナリ感電死殺人事件、木工ボンド猟銃暴発殺人事件、天窓毒蛇大量落下殺人事件など変なミステリー小説で起こりえそうな事件を起こす殺人者だった。

「クライム・フリーク…許さない!」

 その当時、齢十三だった私は、そいつに対して大声で怒りの声をあげ、復讐を決意した。

 その後、現在、私は、小さいころから夢だったアイドルをしながら、毎日、裏では、奴が起こした事件を追っている。


 現在。控室。

『爆破アナフィラキシーショック密室殺人事件』の報告書を私は控室のソファーに座って読んでいる。今朝、大阪某所の住宅地にある内の一件が突然爆破した。第一発見者は近所に住むYさん、主婦。爆破したとき彼女はゴミ出しをしていた。現場からは焼死体が二つ発見されたという。一つの焼死体は、その家に住むにのまえ 十三じゅうそうさんで、建築アーティストとして国内外の様々なホテル、美術館、競技場などの施設のデザインをしていた人物だった。彼は性格に難があり、周囲の人からは嫌われていたのだが…犯人はその内の一人とかでは無く…クライム・フリークだった。奴はいつもと同じく『クライム・フリークより』と書かれたカードを事件現場に置いていた。しかもご丁寧に、防火金庫の中に入れていてそれは燃えてはいなかった。もう一つの焼死体は小動物のものとみられて、独り身の彼が飼っていたチワワのものだと考えられた。

 一さんの遺体の検死結果には不可解な点があった。オオスズメバチの針が焼け残った体内で検出され、そのことを詳しく調べていくと、死の直前にアナフィラキシーショックを起こしたことが判明したのだ。

 つまりは、アナフィラキシーショックで倒れた後に、何かしらの手順で爆破された用意周到な犯罪だったわけである。クライム・フリークが置いていったカードには『地獄の釜狸完成』と書かれていた。これは、一さんが狸顔だったことが関係していると思われる。狸顔の一さんを爆破で燃やすことで、釜狸が完成したとでも言いたいのだろう。センスが無い。このセンスの無さは、明らかに、クライム・フリークの仕業だ。

 私は眉を顰めながら、報告書を読み終えた後、拳を握りながらこう叫んだ。

「クライム・フリークガチで腹立つ!人の死をもてあそびやがって!」

 シャンは首肯した。依然、言葉は発しない。

 私たちは、控室を出て、ライブ会場裏に呼んでいたタクシーで自宅マンションに帰った。

 自宅マンションは、所謂和洋折衷という作りになっており、畳の部屋がある。

 私は、そこで事件を推理するのがルーティンとなっている。

 畳(畳シートでも可)の上でこそ私の推理はできるのだ。私は幼い頃から畳の上で勉強をすると、いつの間にか倒れていることがあった。勉強の疲れからと最初は思っていたが、それも違っていた。私は倒れた後に必ず夢を見ていたのだ。いや、夢というか潜在意識の中、精神世界に入りこんでいると言った方が良いのかもしれない。とにかく、私自身が勉強している際に、気付かなかったこと、見落としていること、そういった情報をその精神世界の中では整理することができたのだ。この能力は私が何かに集中している時に起きた。そして、実験を繰り返していく内に、マインドフルネスをしている最中が一番起きやすいことに気づいたのである。そして、私は今では、マインドフルネス推理という推理をこの能力を活かして行っている。私は畳の部屋に入ると、その上で胡坐をかいて、目を瞑り、呼吸を何度も吐く、それから呼吸に意識を向けて集中することで、意識が遠のき、精神世界に旅立つことができるのだ。精神世界では私が知り得なかった情報が浮かび上がることさえある。そして、事件の全てが解決する。いわば、チート推理能力なのだ。

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ブロークン・ノックス ~マインドフルネス探偵とクライム・フリーク~ 村田鉄則 @muratetsu

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