木っ端文豪・イクシマの失望

よるめく

第1話

 失望だ。まつたくもって、失望である。


 人間とかいうやつは、僕を何度も失望させる。


 世人は愚かで、すぐ怒る。耐えるを知らず、厚顔無恥だ。


 民を背負った宰相とやらは私腹以外に興味がない。世にはばかる新聞屋など、嘘八百を並べ、騒ぎ立てては知らんぷり。


 市場では歯抜けの醜い老人が、三十も四十も若い下働きに無理難題を申し付ける。


 誰も彼もが手前勝手で、しかし皆そうであることをまったき知らぬ。


 そのくせ和睦だなんだとさえずる声など、蚊帳に迷い込んだ蚊の羽音の方がまだ耳障りが良いというもの。


 蚊取り線香が欲しくなったが、手元にない。仕方ないので、違うものを燃やしてしまった。あれなれば、蚊にも劣る愚かな猿もころりと死んでしまったことだろう。


 さて、なんとはなしに家を、故郷を、都を捨て寄った旅籠はたごでつれづれなるままに筆を執り、紙に記してみたものの、依然僕のこころは晴れぬままである。


 この手記が果たして何と呼ばれるか、僕にはわからぬ。日記か、小説、それとも声明だのと言われるだろうか。


 いいや、所詮は人である。読みもせず、あくたと断じて捨てるだろう。


 僕なら読むが、他人は読むまい。だがここまで読んだ君がいるなら、僕は実に勿体ないことをした。


 顔も見ること叶わぬ友よ、我が文豪だけでも聞いてくれ。茶漬けを食う間に考えた、見るも無残な名であるが。


 逝死磨ゆきしまだ。れて死に逝く者である。

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