第五話 ハートブレイカー Heartbreaker 2 ②

「……紙木城さんをどうしたんです」


 田中くんが言った。彼は私より先に目を覚ましていたようだ。


「あんたが田中志郎か。直子から話は聞いていたが」


 凪はため息をついた。


「霧間さん、これは一体」


 早乙女くんも訊ねた。しかし凪は彼に冷たく言った。


「かかわるな、と言っておいたはずよ。早乙女君」

「でも、一体何なんですか、これは?」

「あんたらは知らなくていいことだ」

「ちょっと! その言い方はないでしょう!」


 私は大声を上げていた。

 ん、と凪は私を睨んできた。


「委員長、あんたこそなんなんだ。この二人はわかるとして、なんであんたがここにいる?」

「直子さんは私の知り合いよ!」

「それにしてはちょっと熱心すぎやしないか。おかげでこっちは大いに混乱したんだ」

「混乱してんのはこっちよ!」


 私は相手が暴力事件も起こしたことのある札付きの問題児であることも忘れてわめいていた。


「どういうつもりなのか、説明しなさいよ!」


 だが彼女は私を無視して、隣の男子に尋ねた。


「やっぱり、この中にはいないんだな? エコーズ」


 何を言ってるのかわからなかったが、エコーズと呼ばれた彼はうなずいた。妙な綽名だ。


「い──いない」

「気配を消しているから、わからないと言うことはないな?」

「な、ない」

「〝改造〟された形跡もないしな。そうか……」


 二人してうなずき合っている。私はイライラした。


「何を勝手にわけわかんないことを言いあってんのよ! だいたいあなた、うちの学校の生徒じゃないでしょう! 顔を見たことないもの!」


 自慢じゃないが、門番なんかやってるから全生徒の顔を覚えているのだ。

 凪はこっちを見た。


「悪いことをしたな。疑いは晴れた。あんたらには帰ってもらおう」


 勝手な言いぐさに、私は切れた。


「ふ、ふざけないで!」


 縛られたまま、私はぴょん、と立ち上がっていた。やれと言われても出来ないだろう。頭に血が上っていたから出来た芸当であった。


「む」


 と凪が眉を寄せた。


「説明しろって言ってんのよ! こんなんじゃ落ち着かないでしょうが!」

「さすが風紀委員長だな。たいした剣幕だ」


 凪はじろり、と私を睨んだ。やくざみたいな目つきに見えた。


「だが、ここであったことは黙っていてもらいたい」

「なんですって!」


 私も凪を睨み返した。


「その方があんたたちのためだ」


 彼女は冷ややかに言った。


「んな……!」


 私は怒りのあまり身をよじった。すると両手足が縛られているものだからたちまちバランスを崩して、倒れ込んだ。


(わ…!)


 顔から、床に激突する! ──と思ったその時、私の身体はしっかりと抱き留められていた。

 凪の横にいた、あのエコーズ氏だった。

 私が顔を上げると、彼はうなずいて私を縛っていたロープを解いてくれた。

 よく見ると、優しそうな顔をしている。


「あ、ありがと」


 私はロープの痕を撫でさすりながら、いちおう礼を言った。

 彼は、田中くんと早乙女くんのロープも解いてやった。かなりきつめに縛られていたのに、彼はまるであやとりをほぐすみたいに簡単に解いてしまった。細っこい外見に似合わず、力があるのかも知れない。

 なぜか私は、クリストファー・ランバートが映画で演っていた〝ターザン〟を連想した。あの映画では髪は長かったけど、イメージ的にはこの人は、どこか似ている。何となく、あんまり世間ずれしていないというか──。


「霧間さん、この人は……?」


 早乙女君が尋ねる。凪に片思いする彼には気になるだろう。


「ん、あー、まー、なんだ。……彼氏さ」


 凪はそう言ったが、どう見てもそんな感じではない。


「だまされないわよ。あなたたち、何をしているの? 直子さんはどこ?」


 私は再び凪を睨んだ。


「そ、そうですよ! 紙木城さんをどうしたんですか!?」


 自由になるやいなや、田中くんは凪に食ってかかった。


「直子のことは、オレも心配しているんだ」


 凪は苦しそうに目を伏せた。何かを知っているのだ。


「教えてよ。私たちだって協力できるわ」

「いや、無理だ」


 凪はきっぱりと言った。


「どうしてよ!」

「これは普通じゃないんだ。オレみたいな異常なヤツでないと対処できない事態なのさ」


 異常、という言葉を彼女はためらいなく言った。

 その断言ぶりに、私はちょっとひるんだ。

 すると早乙女くんが、


「また〝普通では駄目〟ですか」


 とよくわからないことを言った。

 すこしだけ微笑んでいる。私はその顔を見て、なんとなくぞっとするものを感じた。

 ただの愛想笑いのようなのに、なんかそこには変な〝余裕〟があるような気がしたのだ。

 さながら、やりこんだゲームで、自分の得意のパターンが出てきたときのような……冷静で、それでいて容赦のない、そんな微笑みに見えたのだ。


「……ん」


 凪はちょっと顔をしかめた。たぶん凪が彼を振ったときに同じことを言ったのだろう。


「紙木城さんは無事なんですか!?」


 田中くんがまた言った。凪はぽつりと、


「志郎君、だったな。あんたはもう彼女のことを忘れた方がいい」


 と辛そうに言った。


「ど、どうしてですか!?」

「…………」


 凪は、もうそれ以上何も言わなかった。

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