第四話 君と星空を I Wish U Heaven 3 ①
「
ある日、紙木城は急にそんなことを訊いてきた。
「ないと思うね」
そのころ、おれはもうだいぶ彼女の突飛さに馴れていたので、即答した。
「そうかしら、やっぱり」
彼女はため息をついた。
おれたちは学校の通学路にある河原に並んで寝ころんでいた。通学路といってもほとんどの学生はバス通学なので、ひとはろくに通らない。それに、もう空は暗く、星が出ているような時間だった。
「人間なんてロクなもんじゃないぜ。ブンメーがいくらハッタツしたって、不幸なヤツの数はちっともへらねーんだから」
おれはカッコつけて、そんなことを言ってみた。
「……かも、しれないわね」
彼女はしみじみと言った。なんか、様子が妙にマジだった。
「なんだよ、どうかしたんスか」
「あのさあ、こないだ会ったばっかのひとなんだけど」
「また誰かに惚れたんスか? 田中はどーしたんだよ」
おれはあきれた。
「うん。まあそれはそうなんだけど、それはおいといて」
彼女は身を起こした。そして川の流れの上できらきら輝く街灯の反射を見ながら言った。
「彼、宇宙から来たのよね」
真顔で言った。ギャグに決まっているが、笑ってもらいたがっている様子もないので、これは何かのたとえだと思い、おれはうなずいた。
「ふむ」
「でも、なんとか星人とかじゃないらしいの。なんか、宇宙には大きな意識みたいなものがあって、それが〝人類を試す〟ために彼を送り込んできたらしいの。星新一のショートショートによく出てくる〝調査ロボット〟って感じなのかしら。でも彼は機械で出来てるわけじゃないけどね。というか実体は地球には存在しない何かで、何にでもなれるのよ。そんで彼は地上に着いたとたんに人間と同じ姿になって、それで世界を調べようとしたんだけど、少し手違いが起きちゃって、彼は人間になり損ねたの」
「…………」
「すこし進化しすぎちゃって。人間が何万年か何千年後かになるはずの人間以上の能力を持つ存在になっちゃったの。なんせ宇宙は大きいからさ、地球の時間なんか細かくて上手く合わせられなかったのよ。それで、正体がバレちゃって、政府だかどこかの大企業だかに捕まっちゃって。バカな人間は彼のことをただの突然変異の人間だと思いこんで研究して、そして、彼は複製をとられたの。でもその複製は彼とは違って、とっても残忍な性格をした人喰いだったのよ」
「…………」
なにが言いたいのかさっぱり見えなかったが、とにかく
「彼はそれを伝えたかったんだけど、彼は私たちに自分の正体を言えないように、自分から人に話せないようにプログラムされていたの。それでよかったのよ。彼は人間が自分に優しくしてくれるか、それを試しに来たんだから。自分から交渉だとか演説する必要はないってわけ。だから人間は彼に〝エコーズ〟という名をつけたの。人の言葉を返すだけしかできない〝谺〟というわけ」
「…………」
「それで、人喰いはとうとう研究所の人間を皆殺しにして逃げ出して、人間社会に潜んでしまったの。彼はそれを追ってきたのよ。そこで私に会ったの」
「……追ってきて、どうするんだ?」
「戦う、んでしょうね。そうしないと、世界はその生き物に乗っ取られてしまうから」
「でも、そいつは宇宙人なんだろ。地球人がどうなろうとそいつには関係ないじゃないか」
「そうね、そうなんだけどね……でも彼は優しいから」
「それだけで?」
「それだけじゃおかしい? 優しさがすべてに優先する動機だと駄目なの?」
彼女は、妙に真剣な目でおれを見つめてきた。それからため息をついた。
「ま、これは半分はあたしの思いこみ。ホントはなんか、めんどくさい理由があるみたい。この星のバランスを崩しちゃいけないとかなんとか。でもそれだとちょっと……寂しいじゃない」
うつむいて囁く彼女は、いつもどこか半泣きのように見えて、いたたまれない感じがする。
年甲斐もなく、中坊みたいに胸がきゅっ、とした。
おれはその感覚を咳払いしてごまかし、わざと乱暴に言った。
「だいたい、その話、先輩はどうやってそのエコーズから聞けたんだよ。自分からじゃ話せないんだろう?」
つまらない揚げ足取りであった。
すると彼女は、
「あはは。頭いいわね。引っかからなかったか」
と、けらけらと笑った。
「なんだよ、それだけかよ?」
それだけのことを試すにしては、やけにこみ入った話であった。
「うん。冗談よ、
紙木城は、口元にかすかな笑みをいたずらっぽく浮かべていた。
おれたちは、しばらくの間だまっていた。
やがて、紙木城がぽつりと言った。
「……でも、エコーズが勝ったら、彼は星の世界に帰ってしまうかも知れないわ」
「ロマンチックじゃないスか。七夕みたいで」
「彼、人間のことを宇宙にどう紹介するかしら。〝大丈夫、いい生き物です〟って言ってくれるかしら。無理よね、きっと……」
「そいつ、どこにいるんです」
「学校にかくまってる。これ内緒よ」
おれは笑った。
「オーケイ、約束しましょう」
馬鹿な約束をしたものだ。
そのせいで、おれは停学を食らい、志望校のランクを下げざるを得なかったのである。まあ、女友達にみな嫌われて学校じゃ孤立してたから、勉強するしかなくて内申の悪さはそれでカバーしたけれど。
「星って遠いわよね……」
紙木城は夜空を振り仰いで言った。
「そりゃもう、おれたちの人生なんかよりもはるかに遠い」
おれは、自分でもよくわからないことを言っていた。彼女につられていたのだろう。
「でも、もしも、先輩がそのエコーズとやらと心の底から仲良くなれるなら、きっとそいつも人間のことを好きになってくれますよ」
「そう思う?」
「そう、思いたいですね。なんせ先輩の話、救いがない」
「そうよね、きっとそうなるわ」
彼女はおれの方を向いて、にっこりと笑った。
なんとなくおれは、笑いかけられるよりもその時、「馬鹿なこと言って!」と怒られたいな、とか、さらにバカなことを考えていた。
おれたちはそこで別れた。おれはそのまま通学路を駅に向かい、彼女は「バスに乗る」と言って学校の方に戻っていった。
これがおれと彼女の別れだった。次の日、彼女は学校に来ず、そして二度と来なかった。
……アメリカンが、おれと宮下藤花の前に運ばれてきた。宮下はウエイトレスの興味津々の目つきに、はっ、と我に返った。
「……ごめん。ブッたりして。でもね」
声をひそめて言った。
「うん。わかってるよ。おれがバカなんだから」
「ほんとうに、もう忘れた方がいいと思うわ。その人──ええと、なんて言ったっけ」
「紙木城直子」
「そう、その人のこと、あたしはよく知らないけどさ、でも彼女も、明雄、本気であんたのことが好きだったなら、もう忘れてもらいたいはずよ。だから、黙って姿を消した。そうでしょう?」
「……だといいけど」
しかし実際は、きっとおれのことなんか思い返しもしなかったんだろうな。
結局おれは宮下に、無理矢理に「元気出すから」と言わされて、やっと解放してもらった。
喫茶店の出口で、おれたちは別れた。
「じゃあな。しっかし、おまえもその正義の味方なトコなんとかしろよ。身が保たないぜ。受験もあるんだしさ」
「そうかしら」
彼女は首をかしげた。
「でもさ、ねえ」
「ま、別にどうでもいいけどな」
おれが背を向けると、声がかかった。
「──木村君!」
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