第三話 世に永遠に生くる者なし No One Lives forever 4 ①
草津秋子は二人の狙い通りに、たちまち学校にもろくに来ないようになってしまった。もともと学費の滞納さえある家庭環境の悪化もあったので、誰一人としてその変化を不自然と見る者はいなかった。
その彼女に巻き込まれた友人に、まず百合原と正美は手を伸ばした。一番最初は二年F組の鈴宮孝子だった。
襲うのは簡単であった。彼女たちは、人目を避けて集まっていたからだ。その帰りに後ろから忍び寄って、殴り倒すだけだった。
だが、草津秋子にやったような〝改造〟は成功しなかった。死んでしまって、蘇生しなかったのだ。
「どうやら、微妙なバランスが必要みたいだわ」
「うん、実験しておいて良かったと言うところか」
二人は暗がりの中でこそこそと話し合った。
彼らは次々と深陽学園や近隣の学校の女生徒たちを殺していった。このために、怪しまれないように伏線を張っておいたのだ。いったんそういう処置をした後ではもう遠慮なく仕事を進めた。現にどの学校でもそれほどの騒ぎにはならなかった。深陽学園でも職員会議が開かれたり、朝礼で注意があったりはしたが、それだけだった。警察にも捜索願が出ているのだろうが、そういう少女は彼らとは関係なく他にも山のようにおり、そのファイルの中に埋没していってしまったのだろう。それっきりだった。
「家出するような奴らは、元からどこかたるんでいるのだ」
早乙女がいる風紀委員会のミーティングでは、指導教員はそんなことまで言った。
あまりにも大ざっぱで、生徒の個人的事情を考慮しない無神経な言葉に、風紀委員長である新刻敬さえその小さな身体を強張らせ、かわいらしい童顔をうつむかせている。
だが彼は書記をやっているので、そういう発言も要旨をちゃんとノートに書き込む。いわく〝生活態度の乱れは失踪の前兆である〟と。
書いているとき、彼は無表情だ。
かすかな笑いさえ口元に上らせることはない。
すべては、彼と百合原の考え通りに進行している。
「…………」
だが彼は無表情だ。
教師の発言も、他の何物も、彼の表情を崩すことはない。すでに五人も殺しているこの期に及んでなお、彼の雰囲気は普通の一般生徒のままであった。
だがそんな彼も、教師が「霧間凪がまた休んでいるから注意しておけ」と言ったときには少し動揺した。表に出しはしなかったが、その名前はマンティコアと会った後でも彼の心を揺さぶる数少ないものの一つのままだった。
草津秋子の様子がおかしくなってきたのは、彼女に〝処置〟をしてから一ヶ月後のことだった。
たまに学校に来ても、妙にうつろなのだ。
人に話しかけられても返事はおろか、話しかけられたことにさえ気づかないような有様だった。
(……まずいな)
正美は、草津秋子の壊れかたが、どうやら予想よりもはるかに早いことを悟った。
彼女をこのまま放っておくことは出来なかった。証拠が残っているのだ。どこかで倒れて病院にでも運ばれたら、その異常な性質がバレてしまう。そうなったらマンティコアを作り出した〝施設〟の知るところとなるだろう。
やむなく、草津秋子も百合原に喰わせて処分した。これで実験の第一回目は終了せざるを得なかった。彼女に続く第二の成功例は未だに出来ていなかった。
「ちきしょう、何でうまくいかないのかしら?」
百合原は焦っているようだった。
「あわてることはない。まだまだ機会はいくらでもあるさ」
「そうかも知れないけど……」
百合原は、上目遣いに正美を見上げた。
「……ごめんなさい。でも次はもっとうまくやるわ」
「いや、少し間をおこう」
正美は冷静に言った。
「どうして!? 大丈夫よ、やれるわ!」
百合原はほとんど悲鳴のように言った。無人の立体駐車場に声が響いた。
「そういうことじゃない。そろそろ学校の中で漁るのは限界だ。外に獲物を探さなくては。そのためには下準備がいる。実験とは別に君のための食事だって必要だ。これまでは一緒にまかなっていたが、やはり他にも栄養源がいるだろう」
正美は、その言葉の恐るべき意味とは裏腹に優しく言いながら、彼女の肩に手をそっと乗せた。
「……うん。わかった。あなたの言うとおりにするわ」
百合原も素直にうなずいた。
草津秋子を始末した翌日、正美は思わぬ事態に巻き込まれた。
休み時間、前の授業で使ったスライドを職員室に返しに行った帰りに廊下を歩いていると、突然女の教師が泡を食って角から飛び出してきたのだ。
「あ、あなた! たしか風紀委員の──」
女教師は彼を見て顔を輝かせた。
「ええ。1のDの早乙女ですが」
正美は答えた。
「ちょうど良かったわ! みみ、見張っててちょうだい! 逃がさないでよ!」
そう叫んで、彼の横をすり抜けて走っていってしまった。
「……?」
正美は訝しみながらも、彼女がやってきた方向に歩いていった。職員用のトイレがあった。
女教師であったので、彼は女子トイレの方を覗き込んだ。彼は女子トイレそのものには何の興奮もしないので、ためらいも動揺もなく、すっ、と入った。
しかし入ったところで、ひどく驚かされた。
「おや、あんたか。早乙女君」
といって白い室内の中央に堂々と立ち、こっちに向かってうなずいたのは、霧間凪その人だったからである。
「せ、先輩──どうしたんですか」
と訊いた直後に、彼は凪の手に火のついていないタバコがあるのに気づいた。
「それ……」
「うん。まあ、そういうこと」
凪はタバコを隠そうともしない。
「見つかっちゃったんですか。でも、なんだってまた、こんなところで──」
「いいじゃんか、そんなことは」
凪は薄く笑った。妙な凄みがあった。正美が好きになったのは、まさに彼女のそういう表情だった。
「先輩、あの……」
と、彼が話しかけようとしたところに、凪は言葉をかぶせた。
「こないだは悪かったね。でも、やっぱりあんたのためにはあの方が良かったと思うよ」
「いや、そんな」
「それでさあ──あんた確か1のDだったよね」
「ええ」
「草津秋子ってコと、仲良かったの」
正美は心臓が口から飛び出すかと思った。
「い、いやその……」
彼は口ごもった。
凪は彼をじろっ、と睨んだ。
「よく知っていたの?」
「……一度、デートしました。でも一度だけで」
「つきあっていたの」
「いいえ、そんなことは! 僕は先輩が今でも」
彼は、本気で弁解していた。
凪は、その彼の表情を見て、顔をゆるめた。
「ああ、いや、そーゆーんじゃないの。……じゃ、彼女が最近おかしかったとか、そういうことには気づかなかった?」
「え、ええ。なんか変わっちゃいましたね」
「いつごろから?」
「さあ──半月くらい前かな」
「ふーん。一致するわね……」
凪はぽつりと一人言を呟いた。
正美はまたぎくりとした。しかし今度はもう動揺を外にみせなかった。
「一致、ってなんです?」
「え? ああ、いや、なんでもねーの」
凪はかぶりを振った。
「草津がどうかしたんですか。先輩、僕で良かったら何でも力になりますよ」
彼は彼女に詰め寄るようにして言った。
「いや、たいしたことじゃねーのよ」
「そんなことはないでしょう。だって先輩、それ、わざとでしょう?」
彼は彼女の手からタバコを取り上げた。
「あのね、早乙女君」
凪は困った顔になった。
「わざわざ停学にならなきゃならないほどのことなんでしょう。だったら僕が先生に言って」
「どうせ何にもしねーよ、教師どもは。しょせんサラリーマンだしね」
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