第二話 炎の魔女、帰る The Return of the Fire Witch 3 ③

「学校の回線にアクセスしてる。これで全校生徒の行動のガイドラインをつかんでいる。それで、木下のツレが最近急に素行が悪化したのを知った。それで調べたら、例のクスリの話が出てきた」


 わたしは驚愕した。


「こ、これって犯罪じゃないの!?」

「れっきとした刑法違反」


 彼女はさらりと言った。

 わたしが口をぱくぱくさせていると、彼女は静かに言った。


「仕方ねーのよ。学校というのは一般社会から隔絶された奇妙な環境で、警察力さえ手が届かないところがある。暴力事件が起きても、それが生徒によるものであれ教師によるものであれ、まず隠蔽される傾向がある。人が死んでさえ、時として原因が単に〝いじめを苦に自殺〟で片づいてしまって、いじめていたと決めつけられた生徒を退学させて事足れりになってしまうことも珍しくないし」

「そ、そうだけど──でも」

「たしかに悪いことだけど。しかし誰かがやらなきゃならない。ガッコの教師はまるでアテにならねーしさ」

「いや、そうじゃなくって──でも」


 でも、そのために停学までわざと受けて行動するこのひとはなんなのだ。

 メサイア・コンプレックス──

 それは〝救世主同一化志向〟とでも言うべき、奇妙な誇大妄想狂の一種である。

 霧間誠一の本でも、自分はバットマンだと信じ込んだ中年の男が、裁判で無罪になった殺人容疑者をコスチュームを着て襲ったとかいう症例が載っていた。その彼は、逆に殺され、しかもそれは正当防衛で、容疑者はまたしても無罪になったという。もしも容疑者が本当に無罪なら馬鹿馬鹿しい思いこみによる喜劇だし、そうでなければ正義は悪に完全敗北した悲劇だ。どちらにせよ救いはない。

 霧間凪は、そういうのと自分は同じだと言っているのだ。

 たしかに、霧間誠一は人の心の裏側の怪しげな現象ばかりを分析したり、現実の歪みが人を犯罪に走らせるとかいった論説を本にしたり、そう思えばかなりそういうのといった感じはある。

 その娘が、しかもファザコンを自称する子がそうであってもおかしくはないのだが、しかし──

 黙り込んだわたしに、凪は携帯電話を差し出してきた。家の回線でなく、自分名義で料金自己負担のものなのだろう、きっと。


「ほら、電話しな」

「え? どこに」


 目を丸くするわたしに、凪は意外なことを言った。


「あんたの自宅に決まってるだろう。これから友達を連れて行くから、晩御飯用意しておいて、って言うんだ」

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