第二話 炎の魔女、帰る The Return of the Fire Witch 3 ①
わたしは、絶対に秘密にするという約束で京子から話を聞いた。
「……あたしたちは、中学が同じ第一中だったの。みんな卓球部で、それで高校に行っても何かとツルんでたのよ。うん、草津もその一人で、イッコ下なんだけど、あの子あたしらが中三の時に部長やってたぐらいだから、あんまり後輩って感じでもなかったのよ。
で、たしか三ヶ月くらい前だったんだけど、草津が、いいものがあるからみんなあつまれ、って集合かけたの。
そしたら、それが変なクスリだったの。
ううん、覚醒剤とかじゃないらしいの。
うっすらと青い、透き通った液体なの。それを匂いをかぐみたいにすると、頭がほわーんとするというか、自分が透明になって、身体の隅々まで綺麗に洗われるような気分になるの。
シンナー? 違うと思う。知らないけど。だって刺激臭っていうか、そういうの全然なかったもの。
草津は詳しくは言わなかったけど、どっかの製薬会社だかなにかが、新しく開発した特別の試供品とか言ってた。うん、たぶんデタラメよね。でもタダだったから、ついついあたしたちもハマっちゃって……。
そうなの、お金取らなかったのよ、あの子。
あの子が自腹切ってたとも考えにくいし、どうしていたのか見当もつかないわ。
そうして、そのうちにあたしたちの中から、家出しちゃう人が出始めたのよ。
ほんとにどこに行ったのか、全然わかんないの。誰にも言わず、ふいっ、と姿を消しちゃうのよ。うん。これはよその学校の子も同じ。
そして、草津もいなくなっちゃってさ。そのあたりで、やっと残ったあたしたちは、あのクスリのせいじゃないか、って思い始めたの。どこから手に入れていたのかわからないけど、ひょっとしてあれは、人に知られてはいけない何かだったんじゃないか──だから知ってしまって、使ってしまったあたしたちは、狙われているんじゃないか……そういう気がしていたところに、あたしたちの一人が、もうあたしらとは関わらない、って急に言い出したの。
でもこっちも不安でしょう。どうしてなのってしつこく訊いたわ。
そしたら、霧間凪に脅された、って言うのよ。どういうわけか彼女クスリのこと知ってて、そのことはもう口にするな、忘れろ、って──
それも一人だけじゃなく、順番に一人ずつ襲ってきたの。あたしは最後だったわ。
ええ。二週間前からよ。霧間凪が停学で学校に出てこなくなった日から。だから、どうしてもワザと学校に出てこなくてもいい理由を作って、動いてたようにしか思えないのよ。
ええ? もう知らないわよ。絶対にクスリになんか手は出さないわ。霧間凪のことも知らない! 学校でも避ける。ねえ末真、誰にも言わないでよ。みんなにもよ。ああほんとはあんたにも言うべきじゃなかったのかも。でももう限界だったのよ。黙ってると怖くって、押し潰されそうで──」
……わたしは泣きじゃくる京子をあやし、なだめながら彼女の顔が普通に戻るまでファーストキッチンの隅のボックス席で時間をつぶして、それから彼女の家まで送ってやった。
そして、ひとり暗くなった道を歩きながら、うつむいて考え続けた。
彼女の断片的な話は、おそらくは状況の片一方からしか見ていない。彼女の話だとよくわからないが、たぶん京子はその〝もと卓球部のグループ〟の中ではそれほどイニシアティブをとれる立場にはなかったろう。彼女よりはるかに不良っぽいみんなの言いなりに近かったのではないか。ただくっついていただけだ。
彼女は被害者ですらないのだ。ただ事態の周りにいただけのことなのだろう。
草津秋子という子は、殺されている──と凪は言っていた。
彼女はそれを知っているのだ。
わたしの過去の秘密も。
(……どうして?)
いったい彼女は何者なのだ?
学校──いや警察に知らせるべきか?
(でも、京子と約束しちゃったし……)
麻薬をやってた、なんてことが知られたら京子はおしまいだ。停学じゃすまない。他の生徒への示しとして退学処分を受けるだろう。それはやっぱり、わたしはさせたくない。
道はすでに暗い。
電信柱の蛍光灯が、何年も換えられてないらしくてちかちかとまたたいている。
「…………」
わたしは立ち止まった。
そして、点滅する光の下で鞄を開け、何でも入れておく癖のおかげで常備しているクラスの連絡網を広げた。そこには電話番号だけでなく住所も書いてある。
わたしは自分より三つ前の番号の人の住所を調べた。
霧間凪は、意外にもわたし同様に学校の近くに住んでいた。歩いていける距離だ。
(……よし!)
わたしは鞄を閉じると、小走りにその場所に向かって駆け出していった。
でも、なんでわたしは彼女に会わなければならないのだろう?
当事者である京子は、この事態から逃げようとしている。それが自然な反応だ。普通の人間ならそうする。
わたしははっきり言って、なんの関係もない第三者にすぎない。
でも、わたしはもう嫌だったのだ。
五年前の時も、わたしの知らないところで勝手に事態は進んでいて、知ったのは終わった後だった。わたしの意志はどこにもなかった。
危険でも何でも出るなら出ろ。
だから、この間の昼休みでもわたしはブギーポップのいもしない影を求めて走ったのだ。そうだ、あれはそういうことだったのだ。わたしはなんでもいい、とにかく〝対決〟したかったのだ。
(そうよ──中途半端はもううんざりよ!)
霧間凪はほんとうに魔女なのかも知れない。でも、それこそ望むところだった。
「……え?」
住所の番地に行ってみると、そこはマンションなんかどこにもない、ただの住宅街だった。
間違ったのかと何度も確かめた。でもやっぱり間違いない。
そして、霧間という表札もない。住所録を見返すと、そこには「谷口方」と小さい字で書かれていた。その家にいるらしい。
(……例の、名前の違う保護者、ってひとのことかしら)
はたして谷口という家はあった。番地も合ってるようだ。
ごく普通の、どこにでもある建て売り住宅にしか見えない。多少大きめで金持ちっぽいけど、でも普通だ。
さっき遭遇した凪の異様な姿を思い浮かべ、そのイメージと全然そぐわないので、わたしはひどくとまどい、チャイムのボタンの前でさんざんためらった。
意を決して押すと、やっぱり気が抜けたピンポンという日常的な音しかしなかった。
「はい、どちらさま?」
とインターフォンから返ってきた声に、わたしはびっくりした。それは凪の声ではなく、男の子の声だったのである。
「あ、あの、こちらに霧間さんは……」
しどろもどろに返事をすると、明るい声で、
「ああ、凪のお友達ですか」
と明るく言われて、そしてドアが開かれた。
見たところ中学生ぐらいの、でもわたしや凪よりも背の高い子だった。笑顔が人なつっこい。
「やあ、どうぞ。彼女まだ帰ってきてないんですよ」
「は、はい。あの……」
「待っていてください。すぐに戻るはずですから」
と言われて、わたしは応接室に案内された。
ごく普通の家だ。
キャビネットの上には、干支を模した小さな人形セットなんかが飾ってあったりする。
「どうぞ」
と言って、少年は紅茶とクッキーを持ってきてくれた。
「ど、どうも」
おいしい。紅茶のことはわからないけど、いいもののような気がした。
「いやあ、めずらしいなあ。凪の友達が来るなんて」
少年は屈託のない声で言った。
「あの、あなたは」
わたしが訊くと、彼は、
「弟です」
と答えた。それにしては似ていない。
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