第20話

………アレクシア視点



扉の向こうではラグナ公爵様とジークという青年が楽しそうに談笑しているのが聞こえる。


私は平民だった。小さな村で育ち、父も母もいて庶民ながらも慎ましく楽しく生活していた。

しかし三年前、国王様が崩御なさってから私の人生は変わった。

いきなり騎士団の方が家に来て、私をこのラグナ領に連れて行った。

父と母は止めてくれと騎士に話していたが、ろくに聞いてもらえなかった。


到着したラグナ領で公爵から話を聞くと私は王国の血を引いていると言う事だった。


父と母は元々子供が産まない体質だったようで孤児の私を引き取り育ててくれた事自体は二人から聞いていたし、それでも愛情を注いでくれた両親のことは本当の親だと思っていた。


父と母は無事なのかを確認すると、公爵様は多額の褒賞と安全の保障をし、戦争が落ち着き次第会わせてくれるということだった。


正直信じられなかった。濁っていたから。



私の固有の魔法は傷を治癒できるものだ。

これは王家の血筋にしかないものらしく、神聖魔法と呼ばれるようで、村で使っていた事を何処かで知った公爵が戦争の道具として慌てて私を国の後継者だと祭り上げたのだろう。


あれから三年、両親はどうしているだろうかと日々考えながら、貴族としての礼儀作法、魔法の訓練、歴史の勉強など幅広い教育を受けて今に至る。


そして私には公爵も知らないもう一つの魔法がある。

これは魔法?なのかもわからないけど相手を見ると胸の位置に球体が見えるのだ。

人によって淡い赤だったり、青だったり見えるわけだが、昔から見えていたものなのでこれには確信がある。


人の心、感情なのだと思っている。


私に対して真摯に愛情を注いでくれた両親は常に淡いピンクのような色の球体だったし、村のおばさん達なんかはお日様のような柔らかい黄色、私より小さい子供達は赤、青、黄、紫など様々な色があり、そして変化していく。


でも、ラグナ公爵の心の球体を初めて見た時、私は戦慄した。


黒と灰色が混濁していて、見るのが気持ち悪くなる不快な色をしていた。


まるで欲望を心の中に沢山詰め込んで、詰め込みすぎて黒く、汚れたようなイメージだった。


父と母の事も本当に無事なのかも信じられない。

どうにかして確認したいが信じれる人が周りにいない。

先程近衛に推薦すると言っていたジーク。

あの人なんて最たるものだ。


真っ黒でそこが見えない色の球体。

あそこまで純粋な欲望の心を私は見たことがなかった。

あまりの瘴気に顔を一瞬だけ歪めてしまったが何事もなくて良かった。


あんな人が近衛になんてなられたら、ただでさえ自由がないのにもっと息苦しくなる。


何をするかわかったものじゃない人と近くになんて一緒に過ごせない。


ここから村までは大体20キロくらいの距離だ。

地理の勉強を進んでしていたおかげで行き先もわかる。

だけど、館内の守りが固くて力を持たない私が一人で向かうことは難しい。


何か、何か手を考えないと。

今まで大切に育ててくれた父と母、村の人々、全てが恋しい。





訳もわからず姫になんてなりたくなかった。


…誰か父さんと母さんに会わせて。


寂しいよ。


怖いよ。


会いたいよ。




…………………………


「っ!?」

何だ?今の魔力は!?

強力な波動だが、どこか弱々しい。

そして敵意も感じない。

……気のせいではないだろうが、今は関係ない事か。


「どうしました?チーフ、いきなり。まさか敵ですか!?」


「いや、私の気のせいだったようだ。村長、話の腰を折ってすまないな、続けよう。」


「はぁ、…それで何か特別な事情で近々魔物の大群がこの村に押し寄せてくると、そういう事なのですね?」


レオンとルークは現在、村長の家で3人で今後の魔物の動きについて話をしていた。

残る9人の団員は家の前で休息を取らせている。


「そうだ。全ては言えないが特殊な魔法で危機を確認したので間違いなく起こる未来だ。私が早めに察知したのでオークス領のクレア領主に許可を頂き、こちらの警備と警戒の準備に当たる事になった。急な話だが村の危機をこのまま放置すれば他の村、並びにオークス領にまで危険が訪れるやもしれない。理解を示してくださると助かる。」


「こちらこそ、事前に対策をしてくれるという事でしたら感謝しかございません。しかし、我ら村には見返りとなる蓄えなど今は………」


「その事であれば問題ない。我々の危機にも及ぶかもしれないという話をクレア領主につけているので、警備や罠などの対策に関してはオークス領で全て待つ。それに、ここは外れかもしれないがあのラグナ公爵の管轄のはずだ。徴税で苦しい生活を余儀なくされているだろう。気にせずいつも通りの生活をしてくださって構わない。警備以外でも空いた時間などは団員も農作業等手伝わせてもらおうと考えている。見たところ徴兵で若い衆らも少ないようだし、少しは力になれるだろう。」


「なんと!そのようなお気遣いをされても我々が困ります!ただでさえ無償で村を守ってくださるというのに。」


「困らなくても良い。私の兵は元々農民が多いし、多少口はまだ悪い者もいるがしっかり躾けている。村に乱暴をする人間は誰1人としていないとオークスの名にかけて誓おう。」


「……このようなお貴族様からの施しを受けたこともございませんでした。それでは改めて、レオン様。この村を宜しくお願いいたします。」


「あぁ、宜しく頼む。共に村を守れるように努力しよう。」


涙を流している村長とガッチリ握手を交わし、今後の事について話は続いた。



…………1ヶ月後


村の対策を講じ、1ヶ月が経った。

あと数日もすると雪も降るだろう。

雪原の上で血みどろになっていた村の映像があったので雪が降り積もってからが本格的な勝負所だ。


村の食糧庫を最初に確認した時にあまりにも蓄えがなかったので話を聞くと、とある村の少女が騎士数名に連れ去られてから徴税が重くなったそうだ。


何故?村の少女を連れて行った?何故その後圧政を強いられた?など様々な思考が巡ったが、まずは食糧の貯蔵に動いた。


ルーク筆頭の明らかに脳筋の奴らには近くの森で食える魔物をふんだんに狩って持ってこいと指示を出し、残る団員と私で畑へ成長促進の時空魔法と収穫、次の春までに収穫できるであろう野菜の種を植えさせて今後の備えを作って行った。


新鮮な魔物の肉と魔法ですぐ成長させた野菜などは村人達に振る舞い、食の確保と我々がいて安心だという認知を広めた。

不審がられたままでいざという時に言う事を聞いてくれないと困るからな。


余った肉は干し肉、野菜は漬物など持ち込んだ香辛料なども使い蓄えを作った。

さらに、近くの川でとれた魚などを水魔法の上位、氷結魔法で瞬間冷凍し、タイムストップという時空魔法で時を止め、時期によって自然解凍するように調整した。

解凍する順番と時期を記し、無駄なく使えるように村長はじめ、村人に説明をした。


そうした色々が終わった後、感動して神を崇めるように私を見て祈る村人に少し困ったが、概ね食糧問題は改善できたと思う。


無事に峠を越えれば定期的に修行と称して魔物の肉を部下におろしてもらってもいいかなと考えている。



村の防衛面もバッチリだ。

落とし穴などの罠を村の各方面に設置し、土嚢なども作り直線で攻められないように色々と試行錯誤した。

この辺りは流石元森羅旅団。

テキパキと動きがスムーズだった。

村人も有志で手伝う人も増え、1ヶ月の短い期間でぱっと見鉄壁の村に変わってしまった。



さて、ここからは実際に私はゲームでも見たことがない物語だ。


どんな魔物が来るのがどうかもわからない。

どれくらいの数で押し寄せてくるのも未知数だ。


だが、やられないように準備は重ねてきた。


今のレオン自身の力でどれだけやれるのか、そして悲劇を変えることが出来るのか、ここが正念場だ。










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