私が転生したのは推しの敵役でした ~新旧主人公が仲良くなったなら~
北条S
第1話【唐突な始まり】
「や、やめてください……!」
その声は、とても小さなものだった。大通りを歩いていたリタの耳に、微かに聞こえてくる程度のもの。でも、その声をリタが聞き間違えるはずがなかった。
なんで彼女がこんなところに——そんなことを考えるよりも先に、足が動いていた。
声の聞こえた方向に向かって狭い路地を走っていくと、数人の男たちが誰かを取り囲むように立っているのが見えた。
目を凝らしてみると、男たちの中心には壁際に追い詰められている少女の姿がある。日が落ちて周囲が薄暗くなった中でも目立つ、銀色の髪をした少女だ。
彼女の怯えたような表情を見た瞬間、リタは思わず叫んでいた。
「アイリ!!」
「えっ?」
急に自分の名前を呼ばれた彼女は、リタの方を見て不思議そうな顔をする。
この反応はごく自然のものだ。何故なら、リタにとってアイリはよく知る相手だが、アイリにとってリタは、完全に知らない相手だから。
「なんだ、あいつ?」
「こいつの知り合いだろ」
「騒がれる前にやっちまおうぜ」
男たちがこちらに意識を向けたのと同時、リタは右手に魔力を集中させた。すると赤色の魔法陣が手の平の上に出現し、燃え盛る炎がその右手にまとわりつく。
「なっ、こいつ魔法を——っぐぁっ!!」
言い終える前に、炎で男を力いっぱい殴り飛ばした。
二メートルはあろう巨体が、あっけなく地面に崩れ落ちる。
「ぐ、ぅ……」
呻きながら起き上がろうとする男を見て、リタは自分の手にある炎を、男の体にまとわりつかせた。
「ぎゃあああああああ!! 熱い熱い!! 助けてくれ!!」
喚きながらのたうち回る男。
そこまでの威力は出していないし、言うほど熱くもないはずなのだが。
炎は物凄く熱いという思い込みなのか、やたら大げさに熱がる姿を見て、リタは逆に冷静になってきた。
「くそっ……何だこれ! 消えねえぞ!」
他の連中は、炎を消そうと男の体ごと足で踏んづけている。だが一向に、その火が消える気配はない。魔法なので当然だ。
リタは男どもを全員殴り飛ばしてやろうと思っていたが、数が多くて大変そうだし、アイリに野蛮なイメージを植え付けるのも嫌だったから、平和的解決のほうに舵を切ることにした。
「そんなんじゃ消せませんよ。今は威力も加減してるし、これくらいなら軽い火傷で済むけど」
言いながら、足元に落ちていた小枝を拾い上げ、魔法で燃やし尽くす。
「これ以上その子に何かしたら、こんな風にしちゃいますよ?」
にっこりと、この場に不釣り合いな無邪気な笑顔を浮かべると、男たちは「ひぃっ」と情けない声をあげて、後ずさった。
「た、助けてくれぇ!!」
叫びながら一人の男が走り出したのを見て、他の男もそれに続いて逃げていく。
そして、炎に包まれている男はその場に一人残されてしまった。やだ可哀想、とリタは思わず同情してしまった。
「えっと……じゃあ、はい」
このままではただのイジメなので、魔法を解除することにした。しかし、炎が消えても男は無反応。
そこまでのダメージは与えてないはずなのにおかしいなと思って確認すると、恐怖からか気を失ってしまっていた。
「あー……まあ、いっか。この人たち、悪い人たちだよね?」
「は、はい」
アイリに頷かれ、安堵する。
さっきは頭に血が上って、事情もロクに分からないまま襲い掛かってしまったから。これであの男たちは何も悪い事をしていない、なんて言われた日には、逆にこちらがとんでもない悪党になっていたところだ。
「……あの、あなたは誰、なんですか?」
「えっと」
「それに、どうして私の名前を?」
「えーっとー……」
当然の疑問をぶつけられ、言葉に詰まる。
リタは昔から嘘が下手だった。だからといって、まさか本当のことをそのまま言うわけにもいかない。
どうして出会ったこともない彼女、アイリの名前を知っているのか。
それは、あなたのことを前世からずっと推し続けていたからです——なんて言えないよなぁと思いながら、リタは頬をかいた。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます