第3話 精霊族系の特徴はとがった耳


 耳長青年はその美しい顔立ちに反して、不気味なものでも見るような表情で顔を崩す。

 

 そりゃあ、そうだろう。「記憶喪失」なんて、ベタな嘘、通じるわけないよな――。

 

「――兄さん、もしかして、魔酔まよなのか?」


 ? 迷子まいごのことかな? まあ、この世界に迷い込んだという意味で言えば迷子なのかもしれない。ここは、話を合わせておこう。今見限られたら、本当に頼れるものが無くなってしまう。


「――あ、ああ、それそれ、だからこの世界のことを……」

「そりゃあ、たいへんだぁ!」


 へ? 

 

魔酔まよなら、すぐに国際魔法庁へいかないと――! いつ記憶が無いって気が付いたんだい!?」

「え、えと、いまさっき……」

「そうか! 兄さん、運がいいぜ? それならまだ間に合うかもしれない! ほら、急いで! いくよ!」


 耳長青年、たしか、さっき名前言ってたな? そうりゅうのルイ……なんだっけ?

 その「そうりゅう」が僕の手を引いて急に駆け出したもんだから、僕もつられて走る羽目に。



 そこから走ること数分、不思議なことに、思っていたより体が軽い。ここに来る前は、もう走るなんてできないんじゃないかってぐらい長い期間走ってなかったから、これには正直驚いた。


 そうして連れて行かれた建物は――。


 なにこれ? お城? ってぐらいおごそかな建物。白い壁に青いとんがり屋根。まるで、ぼうテーマパークの中心に建つあのお城かのような見た目。


「ここが国際魔法庁さ! ほら、早く、急いで!」


 耳長のルイ(もう短縮しておこう)はそういうとその「お城」の中央階段を駆け上がってゆく。

 僕も取り敢えずその後に続く。ここでこの「記憶喪失(そもそも嘘)」は治らないと思うが、少しでもこの状況を理解する手掛かりがもらえればありがたい。


 建物の内部は天井が高く、本当にお城なのではないかと思うほどだ。

 ただ、この様な建築物を見ると、やはりここは「日本ではない」ことを実感させられる。

 少なくとも、日本にこんな本格的な巨大西洋建築物は街中にはあまり存在していない。


 ここまで走ってくる間に街の様子もいくらか目にしたが、建造物や衣服などを見ても、明らかに「日本ではない」ことがわかったし、もしかしたら「地球でもない」のかもと思い始めている。


 しかしながら――。


 これは、「夢でもない」ことがはっきりと認識できている。


 今自分がいる場所、まわりの人、もの、自然、建物――。すべてが「現実」だということだけは「わかる」のだ。

 

 地球で生活していた毎日、寝て起きてを繰り返す中で、夢と現実の区別がつかない時もたまにある。夢の中で本気で走ったり、わめいたりしてみたことがある人はいるだろう。


 でも、おそらく、「うまく走れない」し、「声が出にくい」のが普通だ。


 当たり前だ。

 現実の自分は布団の中で横になっているのだから。


 横になったまま「走る」ことができる人間はいないし、口を閉じたまま話せる奴も、あ、これはたまにいるか。


 まあ、いずれにしても特殊な訓練をしたものでない限りそれは難しいことだ。


 そういうことから、夢の中で、「これは夢だ」と自覚すると、強制的に覚醒するおきるということで夢の中の危機を回避したという経験は誰しもが体験していることだろう。


 だが今、僕にはそういった感覚が全くなく、まさしく、「リアル」に周囲のものを感じている。

 つまり、「目覚めることで布団の中に戻る」ことは出来ないのだ。


 とにかくこの世界のことを知らないと話にならない。その上で帰る方法を探さないと――。


 僕はそう考えながら、耳長のルイについて行く。



――――――――



「すいませ~ん! 魔酔まよを連れてきました! 対応をお願いしま~す!」


 ルイジェンは、そう言ってカウンターの向こうの何者かに話しかける。


 その声に気が付いた国際魔法庁の役人がひとり、こちらにつかつかと歩いてくる。まだうら若い少女のようだが、魔術士には女性が多く、年の若いものも結構いる。それに自分と同じ、なら珍しいものでもない。


魔酔まよですか――。それは大変珍しい案件ですね」


 その受付の少女役人の耳を確認すると、やはり少々先が尖っている。これはの人種の大きな特徴の一つだ。


 見た目年齢からは見当がつかない落ち着いた口ぶりで対応する姿勢は、彼女がその見た目年齢以上に生きてきたからに相違ないことをルイジェンは知っている。


「ああ、でも、さっき症状が現れたらしい。まだ間に合うかもと思って急いで連れてきたんだ。何とかしてやってくれ! 俺のカレーが掛かってるんだ!」 


 ルイジェンはカレーにありつくにはこの男の素性と記憶を取り戻さねばならないと、そう考えている。

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