第9話 本当の恋、始めませんか?

「──……」

「──……──」


 遠くの方で声が聞こえる。

 誰かの泣き声?

 お母さん?


 そういえば、人は死後しばらくは聴力が残っているって聞いたことがある。

 あぁそうか……。

 私、死んだんだ。


「死にたく、ないなぁ……」


 そうつぶやいた刹那、ふわり、と私の意識が浮上するのを感じると、ぱちりと重だるい目を勢いよく見開いた。


「!! 舞!!」

「よかった……!! 目が覚めたのか……!!」

 はっきりとしていない頭で声のした方へと視線を向けると、涙をぽろぽろと流した父と母、俊がベッド脇に集まっていた。


 そして──……。


「え……」

「舞ちゃん」


 私が聞きたくてたまらなかった声。

 私があいたくてたまらなかったキリンさん。


「っ……どうして……っ」

「ごめん。会社で聞いて……」

「……そう、なんだ……」

「……」

「……」


 気まずげな空気にお母さんが私と瑠璃さんを見てから「お父さんや俊と外行って来るから、二人で少し話して落ち着いたら先生呼んで」と言って、安心したような顔で部屋から出ていった。


「あっ……せっかくなのに、気を遣わせちゃったね、ごめん」

「ううん。大丈夫」

「……」

「……」

「……ごめんっ!!」

「ごめんなさい!!」


 二つの声が重なって、私たちはどちらからともなく頬を緩めた。


「……瑠璃さん、何も言えなくてごめんなさい。心配かけた、よね」

「っ、俺こそ……!! ……不安なまま、一人にしてごめんな」

「……」

「……」


 再び舞い降りる沈黙。


八田神璃人やたがみりひと

「へ?」

「俺の本名」

「本名……って、えぇぇぇっ!?」


 レンタル彼氏は本名を使わないはずなのに……。

 驚きに目を見開く私に、瑠璃さんが笑った。

 そして、床に置いていた大きなトートバックから取り出したのは──大きなうさぎのぬいぐるみ。

 いつか私が欲しがった、あれだ。


「レンタル彼氏はやめてきた」

「え?」

「大勢の嘘彼より、たった一人の本当の彼氏になりたいって思うから」

 瑠璃さん──いや、璃人さんはそう言うと、うさぎを私に押し付け私の手をその大きな両手で包み込み、緊張と、愛しさの混ざり合ったような顔で笑った。


「舞ちゃん。俺と、本当の恋を始めませんか?」

「っ……」


 そして私の頬を、温かい涙が伝った。


 END





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嘘でも恋していいですか? 景華 @kagehana126

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