第14話「帯び始めた熱」

 先ほどから動揺しっぱなしの美智の様子を見てどう思ったのか、魁利は得意げに挑戦的な表情を美智に向けた。


「見たところで勝てるようになったりはしませんよ?」

「私に一度も勝てなかった子が、成長したものね」

「うぐぐっ」


 魁利には一切躊躇のない言葉を返してから、美智は一人考え込む。

 どう見ても弱小校。少なくとも、現状脅威を感じるような要素は何一つない。

 けど、魁利の自信は確かなものだ。とすると、よほどの車があるのか、それともドライバーか。


 一つ前席に座る少女の横顔を見るも、なんだか落ち着かなそうな様子に見える。

 魁利と比べて体に馴染んだ制服から見ても一年生ではないだろうという予想は立つが、あの様子から見るに実力はあまりだろう。


 ……ということは、魁利の自信の源は車か。

 考えるまでもなかった。だって、熱海が用意したスペシャルなのだろうから。

 そんな美智の予想は、すぐに裏切られた。


 数分走った先、桐生ダム梅田大橋を渡った先にある広いスペースでハイエースは止まった。熱海、美羽に続き降りた美智は、目の前に停まっている二台の車に言葉を失った。

 カリーナEDとシルビアって……。

 意味がわからず突っ立ったままの美智に背後から声がかかる。


「スペシャルなのは、あの人……。あたしはそう思ってます」

「え?」


 魁利はそれだけ言うと、美智の横を通り過ぎていく。魁利の視線の先にいた美羽を見て、美智は一人、驚きを隠せなかった。

 意外だったのだ。乙女と良い勝負なほどプライドの塊みたいな魁利がそんなことを言うとは思っていなかったから。


 そこまでの実力者なのだとしたら、なぜ今まで見たこともないのだろうか。

 そんな疑問と共に向けられた美智の視線に気付くことなく、美羽はシルビアの横に立っていた。


 橋を渡った先のすぐ目の前には、おあつらえ向きなスペースがあり、シルビアとカリーナEDはそこに並んでいた。

 奥には教室内にありそうな机の上にノートPCが置かれている。

 コース上に設置されたカメラの映像を映し出し、状況を確認するためのものだ。


 県道66号桐生田沼線。

 山奥でありながら、足利と桐生をつなぐ道路として活用されてきた道であったが、付近に新道ができたことにより使用される頻度は激減。

 その後、日本自動車特殊競技協会が予選用コースとして市と契約を結び、事前予約を行うことで市内の中高自動車競技部が封鎖使用することが可能となった。


 本日も桐生第一女子高等学校が貸し切り申請し、許諾された。

 封鎖用立て看板をダム橋の入り口に設置しに行った氷華を見送った熱海は、子気味よく手を叩くと。


「は~い。注目ぅ」


 自分の担当車両の元へと移動していた美羽と魁利の視線が熱海へ向けられると、満足そうに頷き一つせき払いをする。


「えぇと、コースは映像で見てもらってるとは思うけど、梅田大橋の端から足利のゴルフ場手前までねぇ。それでは、ルールを説明しまぁす。と言っても公式戦ルールで行こぉ~」

「はい」


 熱海の言葉に即答したのは魁利だけで、美羽は少し眉間にしわを寄せている。


「美羽ちゃん? どうかしましたかぁ?」

「公式戦ルールがわかりません」

「はぁ!?」


 と、驚きを露わにしたのは美智である。


「みっちゃん。この子、初だから仕方ないよぉ」

「初!?」


 魁利がスペシャルとか言ってた人がルーキーとか意味がわからない。

 美智は、頭を抱えるほかなかった。


「さてぇと。気を取り直して説明するねぇ。えっとねぇ――」


 全国高等学校自動車競技大会公式戦ルール。

 峠で行われる本競技は、先行後追い方式でのスタートを行う。

 車両重量÷出力パワーウェイトレシオが不利な車が先頭で有利な車がその後ろについてスタートする。


 後追い車両が前走車を追い越してゴールすれば勝利が決まり、追い越しが発生しなかった場合は、判定員資格を有する者の判定で勝敗が決まる。

 判定が引き分けの場合は前後を入れ替えて再戦となり、決着がつくまで行われる。


「――と、そんな感じだねぇ。今回は美羽ちゃんのシルビアが先頭で、シルビアのスタートに合わせてカリーナEDが後追いスタートになるよぉ」

「わかりました」

「よぉしぃ。じゃあ二人とも、車をあそこに並べてくださいな」


 熱海の指さす先には氷華が立っていた。

 梅田大橋の終わりの橋梁端部に設けられた金属の繋ぎ目をスタートラインとするよう氷華が手を振って示してくれている。

 魁利はカリーナEDの後部座席を開け、事前に入れておいたヘルメットとグローブ、シューズを取り出すとなれた手つきで着装し、ブリッドのフルバケットシートが装着された運転席に乗り込んだ。


「美羽ちゃんのヘルメットとグローブはシルビアの助手席にあるよぉ~」

「はい、ありがとうございます。シューズは運動靴ですけど……」

「うん。練習試合だし、もーまんたい」

「……はい」


 なぜ、広東語? 出かかった疑問を口にせず、美羽はシルビアの運転席に乗り込むと、車内でヘルメットとグローブをつけ始める。

 その間に、魁利はレーシングハーネス四点式シートベルトまでしっかりと固定し終えると、カリーナEDのエンジンを始動させた。

 キーに連動してセルが回ると、軽やかにエンジンがかかる。体の芯まで響いてきそうな重低音のアイドリング。1速ローギアに入れて、アクセルを軽く開けるとともにクラッチをつなぐとスッとカリーナEDは走り出した。


 美羽と条件を極力同じにするために、ここまで魁利は一度もカリーナEDに乗っていなかった。正直に言えば、カリーナEDこの車にそこまで惹かれていなかったのだ。


 魁利は、軽く加速しながらスタートラインの先へとカリーナEDを移動させていく。

 思ったより癖がない。それが、魁利が抱いた第一印象だった。

 少しアクセルを開けただけなのに、しっかりした力強いトルク。

 シルビアのスぺースを確保するために少し奥に停まったのだが、その時にブレーキのタッチの良さに驚いた。


 期待をしていなかったためか、カリーナEDの秘めたるポテンシャルの片鱗を感じ、魁利の走りたい欲が刺激され始める。

 わずかな距離を移動させただけにも関わらず、魁利の頬は次第に無意識に緩んでいってしまっていた。


 そんな矢先にもう一つのエンジン始動音が響いた。

 カリーナEDよりも少し高めな低音を響かせるのはシルビアだった。


 フルバケットシートの包まれるようなホールド感。レーシングハーネスの締め付け。

 その全てに美羽は懐かしさを覚えながら、クラッチを切った。

 オグラのメタルクラッチ特有のシャラシャラ音が聞こえ、美羽の鼓動が少しばかり高まる。

 モモ製33パイ小径ステアリングを握り、アクセルを吹かすと何とも言えない高揚感に美羽は少し興奮が抑えられなくなり始めた。


「……シルビアだ」


 スポーツカー特有の低いアイポイント。適度に固められた足。響く排気音エキゾーストノート。その全てが心地良い。

 美羽は、父のシルビアに乗ったときのことを思い出しつつクラッチをつなげていく。強化クラッチで重さはあるもののダイレクト感はやはり良い。


 教習車のような安全運転でシルビアを移動させた美羽はスタートラインへ。

 それに合わせるように、魁利もカリーナEDをシルビアの後ろへつけた。

 シルビアを先頭に2台がスタートラインについたのを確認した熱海はパソコンの前へ。美智もそれに続いた。

 全員の準備が整ったことを確認した氷華は、スタートラインに並ぶ二人の準備が整ったことを確認すると大きく息を吸って。


「準備オッケ―です! それでは始めてください!」

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