第18話 怨敵再び
セントラル魔法学院が完全に視界から消えたところで、俺は足を止めた。
ここまで逃げれば、さすがにもう大丈夫だろう。それにしても幼女ってやつは恐ろしい生き物だわ。今思えば、社会的に抹殺される寸前だった。
きっと
「さて、と」
せっかく星都まで来たわけだし、観光がてら情報収集でもしますかね。あ、そうだ。その前に絶対心配してるだろうから、カレンさんに無事プリシラを届けたことを知らせておかないと。
現時点で判明しているこの世界の通信手段は手紙のみ。
配達屋にカレンさん宛の手紙を託して建物を出た矢先、道行く人たちの中からたまたま見知った顔を見つけてしまった。
「あ」
「──ん? コタロウじゃないか」
そう、北の沼地で第一ヒロインであるフィアナのハートにいらぬ砂糖をまぶした怨敵、2級冒険者のクレアだ。
クレアは珍しいものでも見たような表情で近づいて来た。
「なんでコタロウが星都にいるんだ?」
「なんでって言われても、護衛の依頼で来たんだよ。でも、もう依頼は終わったけどな」
「────そうか」
おい、なんだよその間は!
俺が護衛の依頼を受けるのがおかしいって言いたいのか! 泣いちゃうぞ!
「クレアこそなんで星都に? ひょっとして彼氏と待ち合わせでもしてるん?」
もしそうだったらこの場からすみやかに消えてほしい。俺の心の平穏のために。
クレアは酷く慌てた様子で、
「私は冒険者である前に騎士だぞ! 彼氏なんているわけないだろ!」
いや、その理屈はわからんて。
「なんでいきなりそういう話になるんだ」
「いきなりって言われても……クレアは普通に美人だから彼氏のひとりやふたりいたところで別におかしくはないっしょ」
「──ッ! ま、まぁそうだな私は美人だからコタロウがそう勘違いするのは仕方のないことだなうんうん」
どうでもいいけど、なんでそんな早口なの?
ひとりわちゃわちゃしていたクレアは、自分を落ち着かせるようにスゥっと小さな深呼吸をした。
「私が星都に来た理由だったな」
「え? あ、うん」
もう本当はどうでもいいんだけど、それを言うと確実に殴られそうなので黙っておく。
「星都のギルドから直に依頼を受けてな。ここには四日前に到着した」
へーさいですか。
2級冒険者ともなるとお忙しいことで。
あーフリー冒険者でよかった。
──ん? 四日前に到着したってことは。
「タカン遺跡通った?」
「星都に行くためには避けて通れないからな。でもそれがどうした?」
「や、マジカルメデューサ様に襲われなかったかなーと思って」
「ああ、そういうことか。襲われなかったぞ。タカン遺跡に出没するという噂は聞いていたが、気にもしてなかったな」
気にしてない、だと?
色んな意味で俺にトラウマを植え付けた、あのマジカルメデューサ様を?
「2級冒険者ともなるとマジカルメデューサ様なんて目じゃないっすか。いやーさすがっすねー」
俺なんかプリシラがいなければ食われてたっていうのに。
……また会う機会があれば、そのときはおもちゃの一つでも買っていってあげよう。人形が好きなようだしシルベスターファミリーとか喜ぶよな?
「なんだか言葉の端々に棘を感じるんだが……その口ぶりだとコタロウは知らないのか」
なに、その意味深な感じ。
マジカルメデューサ様がけしからんおっぱいを装備していることは知ってるぞ。
「どゆこと?」
「実際結構知らない冒険者も多いらしいが、マジカルメデューサの幻影魔法は対象者の
へー、さいですか。
俺は邪な願望まみれですかそうですか。
もう、泣いてもいいよね?
「──その反応、もしかしてマジカルメデューサに遭遇したのか?」
「シテナイヨ」
「本当か?」
「ホントホント、人類ミナトモダチ」
「……ところでマジカルメデューサ様って言ってなかったか?」
「言ってない」
「言ったよな?」
「あ、もう帰らないとママンに叱られちゃう。じゃ、そういうことで」
立ち去ろうとする俺の襟首を、クレアがグイッと掴んで引き戻した。
「誰が帰っていいと言った」
「なんすか、もういいじゃないっすか」
「ちょっと私に付き合え」
言ってクレアが俺の腕を掴む。
「や、俺にはフィアナという運命の相手が」
「ば、ばか! 勘違いするな。そういう付き合いじゃない」
クレアは問答無用で俺の腕を引っ張りながらグングン先に進んでいく。メイン通りと思われる場所から一転、迷路のような裏路地に入る。
クレアの足取りには一切の迷いがなかった。
そして……。
「……ねぇこれどういうこと?」
まだ昼間だというのに薄暗い店の中、なぜか俺は丸テーブルをはさんでクレアと向かい合っている。
怯える俺の周辺では、フリフリブリブリの服を着た屈強の大男たちが我が物顔で店を闊歩していた。
「この店は滅多に客が来ない。落ち着いて話をするにはうってつけだ」
そりゃ普通に怖すぎて誰も来ないわ!
てかこんな店どうやって見つけたんだよ。裏路地を知り尽くしてなきゃ絶対に見つからんぞ。
「いらっしゃ~い♡ どれにするか決まった~?」
三つ編みに派手なピンクのリボンを付けた大男がお盆片手に話しかけてくる。
「いつもので頼む」
まさかの常連さんかーい!
次に大男は足の爪先から頭のてっぺんまで舐めるように俺を見ると、
「新顔ね、インプットしたわ」
しなくていい!
俺はすぐアウトプットしちゃうから!
「で、ワンダホ―な筋肉をしているそちらのお兄さんはどうする?」
慌ててメニュー表を捜すも、それらしきものは見つからない。
「ええと、よくわからないのでワンダホ―な飲み物でお願いします」
「その返し、グッボーイ!」
俺は犬かよ。わんわん!
大男はバチコーンとウインクすると、次郎系も真っ青なフリルマシマシのスカートを優雅にひるがえし、厨房らしきところに戻っていく。
俺は筋肉の鎧のような大男の背中を眺めながら、
「このお店には凶キャラしかいないのか?」
「? 言ってる意味がよくわからんのだが」
いや、普通わかるよね?
ここ絶対普通のお店じゃないよ?
「なぁ、もう怖すぎるから帰ってもいいか?」
「さっきから何をわけのわからないことばかり言ってるんだ。まだ来たばかりで何も話してないだろ」
クレアは意味不明だみたいな顔で言ってくる。
マジか……なんにしても話を聞かないと解放ぢてくれなさそうだ。
諦めた俺は、とっととクレアの話を聞くことにした。
「で、話ってなに?」
「単刀直入に言う。私が受けた依頼をコタロウに手伝ってほしい」
「依頼ってさっき言ってたギルドの直依頼のことか?」
「そうだ」
そうだって、この人言い切っちゃったよ。
「クレアが2級冒険者だからこその依頼だろ? もしかしたら忘れちゃってるのかもしれないけど俺、5級よ5級」
リュウグウ花の依頼で不本意ながら俺とクレアが組んだように、異なる等級の者同士が組むのはルール上問題ない。それでも冒険者は同じ等級の者同士と組むことが当然とされている。最終的にそれが不公平を生じさせないことを誰もが知っているからだ。
俺たちの場合は、たまたま互いの利害が一致したに過ぎない。
「忘れてないから心配するな。何もコタロウに獣魔とやり合えと言ってるわけじゃない。コタロウの安全は私が命をかけても保証する」
またそんなイケメンセリフをさらりと言いやがって。
俺はフィアナとは違う。その程度ことで落ちると思うなよっ!
……あれ? なんだか顔がちょっと熱くなってきた。
「じゃあ、俺に何をさせたいわけ?」
「コタロウにやってほしいのは明かり役だ」
「あかりやく? あかりやくってなにさ?」
聞いてみればなんてことはない。洞窟に入るにあたり明かりを灯すサポートをしてほしいということだが、当然の疑問が生じる。
「光を灯す魔法とかないの? ルーモスとかレミーラとか?」
「そんな便利な魔法があればとっくに広まってる。洞窟探索においては今も昔もたいまつが必須だ」
ないんだ。
ちょっと意外。
「そもそもそれって俺じゃなくてもよくない? 星都にもギルドがあるなら冒険者だってそれなりにいるよね?」
「依頼を受けた洞窟には3級の冒険者でも苦戦するような獣魔が巣くってる。手が空いている冒険者は4級以下ばかりでな。声をかけてはみたが案の定断られてしまった」
クレアはさっきからなに言ってるの?
禅問答なの?
「だ、か、ら! 俺、5級のなんちゃって冒険者。4級冒険者より下ね」
「コタロウはヌマリゲータ相手でも逃げなかっただろ? 私はその度胸を買ってる。だから頼んでるんだ」
ほーん、そういうことね。
ならさっさとそう言えばいいのに。
いちいち話が回りくどいんだよ。
「もちろん報酬は出すぞ」
「報酬か……ちなみにおいくらまんえん?」
聞くだけ聞いて、俺は即座に断ろうと思っていた。
ミザリの街に帰れば、残りの報酬が手に入る。当面の生活費に不自由はないのだ。そもそも俺が冒険者をするのは日本に帰るための情報収集が目的であって、金を稼ぐことを目的とはしていない。
クレアには悪いが彼女の依頼を手伝っている暇があるくらいなら、その分情報収集に時間を割いたほうが余程有意義だ。
「報酬は250万でどうだ?」
「だがことわ……え? 250万?」
25000ルーラじゃなくて?
「少ないか?」
「いやー少ないか少なくないかで言ったら少なくないかもだけど……」
提示された金額があまりにもあまりにだったので、自分でも何を言ってるのか、わけワカメになってしまった。
「じゃあ受けてくれるってことでいいな?」
「……俺のこと騙してない? たいまつ持ってるだけで250万ってさすがに胡散臭いんだけど」
「洞窟に巣くっている獣魔は、たいまつを片手に持ちながら戦えるようなそんな生易しい相手じゃない。明かりを絶やさないことが任務達成の必須条件と考えれば、250万は妥当だと思ってる」
「まぁそうなのかもしれないけど……ちなみに元々の報酬はいくらなん?」
「500万だ」
クレアは何でもないように言う。
おいおい、その話がほんとなら半分くれるってことだぞ。
たいまつ持ってるだけで?
どんだけ太っ腹なんだよ。
「──もしかして、クレアっていい奴なの?」
「クレアちゃんはとってもいい子よ~」
クレアの代わりに応えたのは、オーダーを取りに来た大男とはまた違う別の大男だった。
さっきの大男と明確に違うのは青青しい青髭と、色んな花が咲いている女優帽を被っているところだ。
どちらも恐ろしいことに変わりはない。
「はい、いつもの~」
慣れた様子でクレアの前に置かれたのはどこからどう見てもオムライス。
てか、飲み物ちゃうんかーい!
大男はトマトソースのボトルを指先だけで器用に回すと、
「いつもの行くわよ~。おいしくなーれ、モエモエバキューン♡」
岩石のような手からとは思えないほど、繊細なアートがオムライスに描かれていく。ただ、一ミリたりとも萌えない。俺の中で恐怖が膨らむだけの光景だ。
「ありがとう、キャサリン」
キャサリン!
「どういたしまして。グッボーイなお兄さんはこちらね~」
そう言って差し出されたのは、一見するとただのコーヒー。強いて言うなら、カップとソーサーに上品な花柄模様が描かれているくらいだ。
キャサリンは一緒に置いたシュガーポッドから角砂糖を一つ取り出すと、
「おいしくなーれ、モエモエムチュッ♡」
角砂糖に口づけしてコーヒーにポトンと落とす。
俺はポコポコと小さな泡を立てるコーヒーをしばらく見つめ……。
「こっからは俺とてえめの戦争だッ! 表に出ろやッ!」
「やだ、なにーー⁉ せんそうはんたーーい!」
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