第6話 タッチタッチ。
彼女の部屋にはこれまで描き溜めた多くの作品があるという。
うーん、それはぜひ見せて欲しい。
あと描いてる場所も。
「どんなところで描いているの? 見てみたいなぁ!」
「たぶんムリ。わたしの部屋、この世からはみ出た存在しか行けない場所にあると思う――わたしみたいな」
「そっかぁ。でも、まずは試してみたい!」
「まぁ、いいけどさ。戻ってこれなくなっても知らないよ?」
「……え!?」
「とはならないと思うけど、まあ覚悟はしてね」
うふふ、とおちゃめな表情で怖がらせにかかる"わたし"。
結論から言うと、やはり彼女の言う通りだった。彼女の姿がすぐに見えなくなるのだ。
彼女が自分の部屋に帰ろうと考えたとたん、こちら側の世界と何かがズレてしまう感覚といえば伝わるだろうか……?
絵を嗜んでいるわたしの感覚で表現すると、色の相がズレるというか、ズレきれないというか。
SF的に言うと異次元入りそうで入れない感じ?
つまり、どう頑張っても、あと少しでソコにたどりつけないのだ。
「じゃあ、こっちに全部の絵持ってきてよ」
「かなりの数あるから、自信作だけでもよい?」
「うーうん、出来るだけ全部見たいよ。初期の作品から持ってこれる?」
「仕方ないなー。わかった、少しずつ取ってくる」
というワケで、彼女には作品を少しずつ運んで持ってきてもらうように頼んだ。
面白いのは、わたしの頭の中にしか存在しない作品のはずなのに、実際に場所を取ってしまうことだ。
だから、部屋のかなりの面積を彼女の作品が占領してしまった。
仕方なく、ほとんどの作品をまた持って帰ってもらう羽目になってしまった。
写真に撮れないことが、本当に恨めしい。
「ごめんね、重いのに何度も往復させちゃって」
小柄な体で大きなキャンバスを運んでいる高校生姿の"わたし"に申し訳無さがつのる。
「別に良いよ。それより、だいぶタッチも戻って来たんじゃない」
「あ、やっぱり、"わたし"も、そう思う?」
確かにわたしの右手に、かつての感覚が戻りつつある。
仕事からの帰宅後、彼女の作品を毎日ひたすらトレースしている甲斐があったというものだ。
そうこうしている内に、2枚目の絵が仕上った。
「今度は幾らで買ってもらえるかな」
「前回よりいい出来だし、10万円は行くと見た」
「30万円で買いましょう。そして300万で売ります」
「「! ……やった」」
2枚目の絵に何と、1ヵ月分の給料分の値が付いてしまった。
そして、またしても10倍の値段で売るという。
思わず顔を見合わせ、ニッコリ笑ってハイタッチしてしまうわたしたち。
「面白いポーズですね。……そちらにもう一人の貴女がいらっしゃるというんですか?」
「あっ。はい」
「ふむ……もう何も言いませんよ。ところで、前の絵はもう売れましたよ」
「ほ、ホントですか!?」
「わ、"わたし"! どんな人に買ってもらえたか聞いて?」
「ま、任せて。えっとえっと。どんな人がわたしの絵を……」
「ふふっ。最近都心で人気の出始めたレストランの経営者ですよ。そのレストランに飾ってもらえるそうです」
「「うわー、最高……」」
「これはもしかして、見えないもう一人の自分と手を取り合っているポーズ? ……なるほど、貴女(たち)のことを少しずつ理解してきましたよ」
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