第13話 冷酷な選択に悩む

 アル君の説明を聴いてて俺の中で疑問が膨らんだ。

 迷宮が封印されている、それはそうだろう。

 そんな入るだけで価値観をひっくり返されてパニックになるような場所、誰でも簡単にホイホイ入れるのはやばすぎる。

 でも、そんな場所はどんなに危険だと言っても興味本位で入ろうとする一定数の馬鹿な連中はどこにでも必ずいるはずだ。

 国、あるいは自治体からすれば封印するしかないってのは納得のいく話だ。


 でも、さ。

 だったら尚更おかしいじゃないか。

 俺が入った遺跡は何であんな誰でも入れるみたいに解放されていたんだ?

 ここの遺跡は、魔猿と戦い崖から落ちてボロボロだった俺ですら簡単に入れるような場所にあった。

 封印も無ければ番兵だっていない。


 それなら、この遺跡は未発見だった?

 まさか、だってアル君はこの遺跡の正体を知ってんじゃん。

 アル君はぶっ壊れてない……や、ある意味ぶっ壊れ性能だとは思うけど、まともなはず。

 世捨て人みたいにこんな山の中に住んでるけどまともだと思いますですよ。

 う~ん、でも遺跡が【地獄への迷い門】とわかっている。でも、壊れてない。

 どういうことじゃ?

 俺がそんな感じで悩んでいるのをすぐに察したのだろう。

 アル君が俺に湯気の立つコーヒーを手渡すとゆっくりと口を開きはじめた。


「キミが今何を考えてるか分かるよ。この森の迷宮は封印されてない、そう言いたいんだろ?」

「う、うん……正解」

「たぶん、キミが記憶を失っていなければ当然の常識なんだけどね、ここは世界で発見された七番目の遺跡なんだよ」

「七番目?」

「そう七番目。世界中の誰も知らない七番目の遺跡」

「そうなんだ……」

「ここは未確認の七番目、まだ誰も踏み入ったことのない迷宮なんだよ」

「未確認……」

「まあ、世界中ですでに六つ見つかってるからね。他にまだあってもおかしくはないでしょ」

「そりゃまあ確かにそうだけど。じゃあ、ここの遺跡は師匠が発見したってことでいいの? 国とかには教えてないの?」


 俺の質問にアル君は眉間に皺を寄せ難しい顔をして沈黙した。


 迷宮――

 それは、少なくともこの世界に生きる人間の価値観を破壊するもの。

 そんな危険な物を何故アル君は国に報告しないんだ?

 そんな疑問が支配する俺に、


「まあ色々と理由はあるんだけど……キミはあの迷宮に入ったんだよね。そして、見たんだよねあの不思議な世界を?」


 アル君が再び口を開いたのは、俺の質問からタップリ3分は過ぎていたと思う。

 いつもの俺のノリなら、「質問を質問で返すな」とか軽口を叩く所だが、アル君が醸す雰囲気はそんな反論を許さない空気を纏っていた。

 そんな苦み走った空気を纏うアル君も可愛い……じゃなくて、それよりも気になるのは、「あの不思議な世界」とアル君は断言したことだ。

 それって、アル君もあの迷宮に入って俺の世界を見たってことだよな?


「そうだね、キミが想像していることを当ててみようか?」

「え?」

「あの迷宮にボクが入ったがことあるんじゃないのか? そして、『地獄への迷い門』と気が付いているなら、そんな危険な迷宮を何故国に秘密にしてるのか? そんな所かな?」

「勘の良ろしいことで……」

「キミは顔に出過ぎだよ。もう少しバレないようにポーカーフェイスを身に付けたほうが良いよ」

「……らじゃ」

「でも、まぁ君の想像通りだよ。ボクはかつてここの迷宮や類似の迷宮に入った経験がある。だけどボクはここの迷宮を国に報告するつもりはない。仮に迷い込んだ者が何人も出て、そして全員が犠牲になったとしてもね」


 ゾクリとした。

 アル君の、いや師匠の双眸に宿る光。それはこの年端のいかない少年が宿しているとは到底思えないほどに暗澹たる闇だった。

 どんな経験をすればこの歳でそんな表情が出来るんだろう?

 何を見てきたら誰かを犠牲にしてもかまわないなんて、そんな冷酷な発想が出来るんだろう?

 これが師匠の本性なのか?

 だけど俺は知っている。

 初めて出会った頃のアル君を。

 あれは、まあ、多少暴走した俺の被害にあったからとも言えるけど歳相応な感じの少年だった。

 そして、俺が遺跡から戻った時の心底心配してくれた表情は優しさに満ちていた。

 そんな心優しかった少年が、知らない誰かならどうでも良いとばかりに犠牲にする、相手の結末がどうなろうがかまわないと言い切る冷酷さ……

 そんな感覚が有り得るのだろうか?

 ……いや、綺麗事を言わないで本音を言うなら、俺もその感情を理解出来ない訳じゃ無い。

 身近な誰かが死んだり怪我をするのは絶対に嫌だけど、テレビで見る知らない国の戦争は嫌だなって思いつつもそれ以上の何かを感じることはない。

 ニュースで見た事件に憤ることがあっても次の日を待たずに忘れてしまう。

 ようは無関心、他人事なのだ……


 ただ、そこにもしアル君との違いがあるとしたなら、それは遠い地の出来事だからだ。

 でも、こんなのはただの言い訳だ。

 知りたくないから他人事ですませようと見て見ぬふりをして逃げているだけなのかも知れない。

 だけど、それでも俺だったら、もし目の前で自分の知っている場所で悲劇が起きたなら……

 それが知らない他人のことであっても割り切って忘れることが出来るだろうか?

 もし自分がその事故を防げると分かっていたのに何もしないで事故が起きたとしたら……

 何もなかった顔で次の日を迎えるなんて出来るだろうか?


 たぶん、俺には出来ない。

 偽善と言われるかもしれないが俺には絶対無理だ。

 そして、たぶん……いや、たぶんなんかじゃない。絶対にアル君にも出来無いはずなんだ。

 彼は冷たい素振りや発言を振りかざすことはあるけど、俺は信じている。

 彼の根本は間違いなく心優しい少年だと。

 そんな優しい彼が、あの危険な迷宮の存在を誰にも告げる気が無いと言う……


 いったい、どうして?


「キミが見た世界、あれは何だと思う?」

「え?」


 困惑する俺にアル君が問いかけてきた。

 アレが何かと聞かれたのなら当たり前だが俺には即答が可能だった。

 地球という星でここより遙かに進んだ文明世界、そう言えば済む話だ。

 だけど、はたしてそれを彼に伝えることは正解なのだろうか?

 俺は確かに課せられた試練を乗り越えたら、自分の素性をアル君に伝えるつもりだった。

 だけど、今更かも知れないけど……

 アル君から滲み出る雰囲気を察すると、それを躊躇わずにはいられない。


「ボクはね、妄言と思われるかも知れないけど、ボクが見た世界は、ある意味で別な進化を遂げた人間の未来なんじゃないのかなって思ってる」


 うわぁ~……

 鋭すぎるだろ。

 この世界の大人が発狂するような世界を冷静に分析するとか、この子の洞察力はどこから生まれてくるんだ?


「ふふ、こんなボクの想像を聞いてもやっぱり・・・・キミは呆れないんだね」

「えっと、何て言うか……その……」

「ボクが最初に見た世界はね。それはそれは酷く凄惨な世界だった。他の人達が迷い込んだ世界で見たと言う巨大な建物はどこにも無いし辺りは瓦礫まみれだった。どこを見ても傷ついた人で溢れた地獄のような世界……空には見たことも無い金属の鳥が爆音を上げて飛び交い、突然横で轟音が破裂したかと思うと目の前で火柱が上がる」


 アル君の説明に俺の喉がゴクリと鳴った。

 それって、それって……

 さっき俺が見て見ぬ振りをしようとした、同じ地球で起こっている凄惨な世界の話じゃないのか?

 そんな、まさか……

 アル君は俺が見たこともない本当の地獄を見てきたって言うのか?


「ボクのこの名前はね……本名じゃないんだよ」

「え?」

「向こうの世界に行った時に助けた人たちに付けられたあだ名なんだよ」

「あだ名……」

「いわゆる通り名とか二つ名とか言うヤツだね。向こうの世界の言葉で意味は確か『赤い城塞』だったかな?」


 なるほど。俺が向こうの世界で簡単に暴れられたのと同じように、アル君の身体能力なら銃を持った相手にも俺以上の活躍ができるはずだ……

 だけど、そんな通り名が付けられるって……一体どれだけの期間向こうに居たんだ?

 しかも、言語を覚えるって……


「ね、ねえ、アル君は向こうの世界の言葉をすぐに覚えたの?」

「その答えの前に君に聞きたいことがある」

「え、何?」

「キミは向こうの世界の人間だよね?」

「っ!?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

「え、え? な、何で?」

「ボクとキミが草原で初めて会った時、ボクはキミに声をかけたんだよ。こっちの世界の言葉で、『その草を食べたら死ぬよ』ってね」

「ほへ?」

「だけどキミはそれを無視して『いただきます!』って向こうの世界の言葉で叫んで、あの猛毒の草を食べようとしたよね」

「まさか、あんな短いやり取りで気が付いたの?」


 アル君が小さな笑みをこぼす。

 何だか、この自信家みたいな笑顔を見たのはずいぶん久しぶりな気がする……

 だけど、そうか……

 地球だって日本語が通じるのはせいぜい日本だけだ。英語しか通じない国、スワヒリ語やロシア語が公用語の国もある。

 普段読んでいたラノベの影響で不思議にも思っていなかったが、そもそもこの異世界に来て言語が通じるのはありえないことなんだよな。

 あれ? でも、それなら俺の言葉は日本語だ。アル君は一体どこに居たんだ?

 戦場で、日本語……? PKOか何かで派遣された日本人が近くに居たとか?


「ボクが向こうの世界に行っていた時間はたぶん数ヶ月。早く戻りたいと願っても、それはなかなか叶わなくてね。自棄になり始めた頃だったよ、ボクに手を差し伸べてくれたのが、キミと同じ言葉を話す人だった。だから、あの時は試しに向こうで覚えた言葉でキミに話しかけたんだよ」

「お、俺と同じ言葉をしゃべる人……?」

「うん、すっごく間延びした話し方をするおじさんでね、こっちの世界のカメラとは比べものにならないほど高性能なカメラを使って、世界中に戦場の悲劇を伝えるんだって言って」

「間延びした話し方で、カメラマン……戦場? そ、それって! ぱっと見どんぐりみたいな見た目をした人!?」

「どんぐりって……」


 アル君が俺の問いかけに肩をふるわせる。

 もし、思ってる通りの人なら、絶対に戦場カメラマンのあの人だ!

 そ、そうか……よもやこっちの世界に来て、あの人のことを聞くことになろうとは……


「そ、そ、それで……そしたらさ、アル君はずっと俺がこっちの世界の人間じゃないって……分かってたの?」

「最初から確信があった訳じゃ無い。ボクと同じく、向こうの世界で言語を身につけた可能性もあったし、最初はそっちの可能性の方が高いと思っていたよ。それに何よりもキミはエルフだ……ボクは向こうの世界を全て見た訳じゃ無いけど、あの世界は人間が地上を支配している世界だった。だから、ボクは会話の中にそれとなくキミに鎌をかけてたんだよ」

「かま?」

「うん、『こっちの世界』じゃ生きられない、とか『アールヴ』とかね」

「言われてみれば、稽古付けてもらってた最初の頃にそんなこと言われた記憶が、それにアールヴって何って聞いた気が……」

「アールヴ達は自分たちをエルフとは言わないからね、ま、古代語への誇りと言うよりは気位……って感じだろうけど。ただ、君の場合、ボクが鎌掛けしていることにさえ気が付かずに素で受け流している可能性も否定出来なかった」

「う……」


 ええ、その通りですよ。

 そんなことにも気が付かないでさらりと受け流してましたさ。

 でも、しょうが無いだろ!

 草原で迷子になってたときは生きるのに精一杯だったし、そんな風に思われてるなんて欠片も思ってなかったし……


「じゃじゃじゃじゃじゃあさ!」

「『じゃ』が多いね」

「えっとえっとえっとね、俺がこっちの世界の人間じゃ無いって確信は何時辺りからあったの?」

「そうだね、正確には気が付いたら確信していたって感じかも……明確な時期は覚えていない」

「そうなんだ」

「ただ支離滅裂な言動が多いから、向こうを覗いて壊れて帰ってきたのかなって思ってもいた」

「支離滅裂は余計じゃ」

「ただ、そのわりにはこっちの常識は欠片もないのに、向こうの世界の言葉はしっかりと使いこなしている。それも長期間いたボク以上にね。自慢じゃないがボクはこう見えてもある時期には学者の真似事をしていた程度には知識の吸収には自信があるんだ。そのボク以上に向こうの言語を使いこなす……となると、異種族の居ない世界で長期間いたのはかなり考えにくい。ここからはボクの想像の域を出ないけど、キミはこっちの世界に来る時に何らかのトラブルがあってエルフの肉体になった、そう考えた方が君のおかしな言動のつじつまが合うのかなって考えてた」


 所々ディスられてる気もするがため息しか出てこない。

 それにしても何だ、何なんだ?

 この俺なんかじゃ想像も出来無い、まるで足下にも及ばない圧倒的な洞察力とそれを確証に導く想像力は。

 色んな可能性を片っ端から瞬時に想像して、間違いを排除しながら答えに近付こうとする感覚。

 俺が最初の頃にやってた毛利パイセンに匹敵するポンコツな想像力とは雲泥の差だ。


 でも、さ……

 そこまで想像できるなら……

 だったら、何で……


「ねえ、そこまで俺が向こうの人間だと気が付いていたなら、あの遺跡……えっとアル君的には迷宮か。何で迷宮に入ることを止めたの?」


 もしかしてアル君ってば、お、俺が遺跡に入って向こうの世界に帰ったら寂しかったとか?

 うきゃー♥

 もう、アル君ってば、アル君ってば、俺にベタ惚れやん!


 だが、そんな脳内ハッピーな俺の想像とは真逆の答えがアル君から返されるのだった。

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