第3話 大ファンの出待ち作戦実行
私は長水路の中学選手権の会場には1人で向かった。花楓には声をかけなかった。
私はお母さんの大きめのサングラス借りて、お父さんから35ミリ換算で2000ミリという超望遠撮影が可能なデジタルカメラを借りてきている。今日という日までのこの1年近く、私は脳内の記憶だけを頼りに悠太君と過ごしてきた。それの今日まで。このカメラで悠太君の写真を撮りまくる。そして撮りまくった後が本日メインの作戦だ。学年別であれば表彰式の後を狙うけど、全学年だと1年の悠太君の表彰台は難しい。しかも長水路大会だから50メートルプールだ。悠太君のクラブは25メートルプールだから慣れていないはずだ。ますます表彰台は厳しいと言える。
作戦は二つ。表彰台に立てれば表彰式後。立てなければ……ダメだ。順序的に矛盾だ。作戦はただ一つ。予選直後、結果が出る前しかチャンスがない。ここを狙おう。私は腹を決めた。
悠太君は予選2組目だった。私は階段の位置や選手通路を把握して、一番通路に近い位置で悠太君のスタート前の準備や泳ぎやゴール後の笑顔の写真を撮った。撮りまくった。予選2組目内では2位だったけど、タイム的に決勝は微妙だ。
そんな事より中学になった悠太君は去年よりカッコよく可愛く……もちろん泳ぎもさらに伸びのある平泳ぎに磨きがかかっていたし、何よりカッコよく、可愛くなっている。100枚以上の悠太君の写真を撮った。もう最っ高だ。
ギリギリまで撮影し、すぐに選手通路に向かって、悠太君が通るのを待った。この為に今回は花楓を誘わなかったのだ。
悠太君が来た。
私は覚悟を決めた。「あ、あ、あの」
安田君がこっちを見た。「はい?」
「あの、ギュ~ンって伸びのある、ブレスト、すごく、よかったです、来、年、も、がんばって、ください」
私は片言の日本語で両手を差し出した。
「ありがとうございます。忙しい泳ぎ方が嫌いなので、伸びのあるって言われると、ギュ~ンって言ってくれると、同志がいた!って嬉しいです」
最高の笑顔で、最高の笑顔で、最っ高の笑顔で私を見て、両手で、両手で握手をしてくれた。
やった……握手をしてもらえた……この為に……花楓に内緒で……サングラスまでかけてきた。だって恥ずかしいから。だって恥ずかしいから。だって……。
残念だったけど、決勝には残れなかった。ヨシ!正しい判断だった。
もう帰りの電車は夢見心地だった。お父さんにカメラを返す前に、この安田君の写真を全部自分のパソコンに移して、カメラからは消さなくちゃ。こんなの恥ずかしすぎて。5枚くらいはフェイクで他の選手も撮るには撮ったけど、枚数の違いがあり過ぎてフェイクになっていない。
私は慎重にミスが無いように、データを自分のパソコンに移して、SDカードからは情報を消した。5人分のフェイク分と、安田君の1枚だけを残して。
当然私のスマホにも「選り抜き悠太君10選」として10枚の悠太君にお越しいただいた。機嫌が悪くなりそうな時でも、トイレに駆け込んで悠太君の笑顔を見ればご機嫌な毎日だ。友達が増えるかも。
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