第16話 都合の良い人、悪い人。イチジク。

 次の日――どうしようかと悩んだ結果、【迷宮コトアマツ】十層のボス、【山本五郎座衛門】に挑む事に致しました。レベルを上昇させるのか金策をするのか悩ましいです。迷ってしまっていけませんね。

 モナドを【盗賊】から【モンスターテイカー】へ変更致します。

 姫結良さんと古村崎さんをかいくぐり、機関へと参りました。

 朝からウィヴィーさんがご一緒して下さったのは嬉しいのですが、なかなかクラスに帰りたがらず苦労致しました。

 あまり頻繁に抱き着くのもよろしくありません。貴女は女の子、わたくしは男の子にございます。そう申し上げてもなかなか聞き入れては下さりませんでした。

 最後は頬を膨らませての抗議です。大変お可愛らしかったです。思い出したら笑ってしまいますね。


 さて気持ちを切り替えて参ります。立花さんはいらっしゃいますでしょうか――受付にて対応して頂きたく……おっとリナさんですか。困りましたね。

「今日はどうかしたの? んふふっ。何かあった? お姉さんに言ってみ」

「いいえ? 立花さんはいらっしゃいますか?」

「なに? 私じゃ不満なわけ? 先輩はちょっと手が離せないから。私が対応したげるよ?」

「そうなのですか。ちょっとご挨拶にと思いまして、忙しいのであればまた今度お伺い致します」

「えー? かわいくなーい。何かあるんじゃないの?」

「逆に何かあれば良いのですけれど、残念ながら無いのです。世知辛い世の中ですよね」

「ふーん。てかさ、あんたって変な喋り方だよね。イラッとするんだけど」

「それは申し訳なく存じます」

「そういうところがダメだと思う」

 なんちゃって敬語ですからね。仕方は無いのかもしれません。


 失礼ながらプライベート回線にて立花さんへとご連絡させて頂きます。

「はい。立花みぞれです。月見様。お久しぶりですね」

「お忙しい所、失礼致します。お世話になっております。月見寧々です。少々鑑定をお願いしたい物がございまして、お願いできますでしょうか」

「お世話になっております。わかりました。もうカウンターにはおられますでしょうか?」

「はい。現在はロビーにおります」

「すぐに向かいますので」

「ご迷惑をおかけします」

「いいえ、お気になさらず」

 カウンターにて、奥の方からこちらへと向かってきた立花さんが私と接触するのを、リナさんが注意深く窺っておいででした。困りましたね。

 何よ。やっぱ何かあるんじゃない。

 唇の動き……読唇術の心得はあります。嗜みです。

「すみません。少々お食事等を頂いておりました」

「食事中にすみません」

「いいえ、かまいませんよ。それで、鑑定したい物とは……」


 昨日【裏イザナミ】から持ち帰りました塊を立花さんに差し出します。

「これは……金。でございましょうか」

 みぞれさんは筒のようなもので塊を覗き込み、秤(はかり)に乗せて重さを計り始めました。

「どうでしょう。鑑定お願いできますか?」

「ご用命承りました。うーん。こちらのアイテムは意匠がございますね。材質以外の鑑定に少々お時間がかかるかもしれません。明日またお越し頂いてもよろしいですか?」

「はい。わかりました。もしお金に変換できるようでしたら、その手順は機関へお任せしてもよろしいでしょうか?」

「承りました。では一言だけメールかお電話させて頂きます」

「はい。よろしくお願い申し上げます」

「ふふふっ。承りました」


 アイテムを立花さんにお任せして【迷宮コトアマツ】へ参ります。

 尾が付いておりますが、迷宮内にてスキル【気配断ち】で振り切ります。迷宮へ入ってしまえばこちらのものですので。

 現在のステータスでは七層まで駆け上がるのも余裕です。七層からは魔物の生態が少し変化致します。

 雰囲気がおどろおどろしい感じとなって参りました。

 敵もガシャドクロさんをはじめ、骨女や狐火、火車(かしゃ)さん等々に変化して参ります。雰囲気もお化け屋敷のようですね。ここは女性には嫌われております。

「ねぇ怖いん……」

「大丈夫。俺が付いてるから。あんまり離れないように」

「やーん。もう。ケイちゃんてば……チューしちゃう?」


 おっと。カップル御用達エリアになっている可能性がございます。

 あまり長居致しますとわたくしのメンタルがチーズのように削られてしまうかもしれません。生死が掛かっておりますのに不純です。ぐぬぬぬぬ。


 視覚判定は火車さんぐらいですので、【気配断ち】でやり過ごす事が可能にございます。中層判定とは言え、低層である事に変わりはございません。アイテムにはあまり期待しておりません。

 一匹ずつじっくりとお相手したい所なのですが、残念ながら本日は【五郎座衛門】に会いにゆくと決めております。


 さて十層です。ボス部屋が存在するわけではございません。意外と人がいらっしゃいますね。十人程度からなるチームでしょうか。男女混合パーティーのように感じます。

 大学生の方々でしょうか。ここへはチームであるならばレベル二十代後半か、ソロであるならば三十代が求められます。安全マージンを組むのならばのお話にございます。しかもここは安全地帯ではございません。それなのに寛いでいらっしゃいますご様子、慣れていらっしゃるのが窺えますね。

 数は力です。レベル30が一人より、レベル20が十人いらっしゃる方が強いです。


 スキル【気配断ち】のち素通りしてゆきます――ふふふっ。この十層エリアは江戸時代中期の長屋がモデルとなっております。家々が連なっておりますね。紫色の空が逢魔時、大禍時を連想させます。素敵です。


 この十層、実は暮らせました。ガチです。ゲーム時代は暮らせました。長屋もボロではございません。障子もしっかりと張られており囲炉裏の炎で寛げます。お餅等を乗せて焼く。そんなお洒落な事もできます。余談ではございますがこの長屋内に設置されました囲炉裏の炎は妖怪です。妖怪で焼いたお餅などを召し上がる。乙な物ではございませんか。ぜひ一度、試してみたいものですね。わかります。

 そしてそんな長屋の外へと赴けば、妖怪跋扈する街中が続き、歩けば時たまボスに遭遇する。そんなエリアとなっております。

 先ほどのチームに絡まれても厄介にございます。さくっと一体討伐して帰りましょう。

 鏡より【一文字】と棍棒を取り出させて頂きます。

 二刀流、二刀流にございます。特に意味はございません。


 ここのボスは街中を歩いておりますと不意にこのように閉じ込められます。閉じ込められました。早いですね。意外と狩られてはいないのでしょうか。

 移動制限が設けられましたね。垂れ駕籠が現れます。担いでいるのは牛の顔をした人、河童、赤鬼、一つ目等、踊りながらやって参ります。さて駕籠の中より毛むくじゃらの太い腕と足が覗いて参りました。どうやって駕籠の中へ入っていたのかは不明にございます。詮索してはいけません。

 現れましたね。【魔王山本五郎座衛門まおうさんもとごろうざえもん】。【山本五郎座衛門】にございます。


 大刀を所持しておられます。荒い息が吹き荒れます。相手にとって不足はありません。わたくしにはあるかもしれませんけれども。

 

 体に重さが乗って参りました。敵の固有スキル【死線】にございます。その大きな瞳の視線を浴びますと体が重くなり鈍重状態となります。

 さらに体から発するオーラ【畏れ】より体が定期的に麻痺して動けなくなります。

 さすがは魔王と呼ばれるだけのボスにございます。


 そして手に持つ刀より最後の所持スキル【五連斬】が参ります。通常は盾役が視線やスキルを一身に背負い他の者で攻撃するものですが、わたくしはボッチ。違いました。歴戦のボッチにございます。盾も攻撃も一人でこなさなければなりません。


 くくくっ。残念ながらわたくしは寧々。寧々なのです。この手のスキルにはめっぽう強かったり強く無かったり致します。精神力を上げておりますので【畏れ】も【死線】も何のその。と……語るには少々足りませんね。

 棍棒を投げ――鏡を取り出し視線を反射致します。

 魔王が怯んだ隙に、妙技片手無明一文字【殺撃七連】を仕掛けて通り過ぎます。

 おっと体が麻痺しております。足を切り付けましたがそのまま滑ってしまいますね。

 振り上げられた足の踏みつけ攻撃をすり抜けられたのは幸いでした。ブンブンと刀を振り回して参ります。【五連撃】にございます。エフェクトに残像が乗っております。

 なんでしょうか。山本様があまりに大きいので、刀が爪みたいになっておりますね。大きな猫のように感じて参りました。


 鏡を仕舞い左手でスキル【ショットガン】使用し現れた礫を放ります。礫とは申しても顔に当たれば痛いでしょう。目を瞑りましたね。

 足元へと潜り込みます。右脇で鞘を固定し、右手のみを使用した走り駆け特殊抜刀法――刀と鞘を宙へと浮かせ、再び刀を掴み【殺撃七連】を放ちます。通り駆けに左手で【ショットガン】を足へと放ちます。浮いていた鞘を刀身で回収し、足を必要に狙い続けます。

 麻痺が厄介ですね。対策できなければ初期のボスとして撃沈を経験する人も少なくはありません。しかしながらわたくしチートアイテムを所持しておりますので、わたくしが動けなくとも【リリスの瞳】が勝手に動いて調整して下さいます。相手の動きに麻痺のタイミングを合わせて頂けます。絶対に麻痺して動けないのは困る。そのタイミングをズラして頂けます。

 運等と曖昧なもので乗り切れるような人生ではございませんからね。わたくし限定ですが。

 棍棒を拾い足の指に振り下ろします。


 おっと足を崩しましたね。頭に回り込み【殺撃七連】を慣行致します。さすがの山本様もこれは堪らないはず。おっと倒してしまいましたね。

 さてドロップは……刀と小判が一枚、二枚、三枚……あらぁー。六枚でございますか。扇小判を作ると足がパタパタとしてしまいます。

 それにしても【無明菊一文字】があまりにも強すぎます。さすがはチートアイテムの一角にございます。さすがです。

 とっとと帰りましょう。

 わたくしがもし主人公であれば、女の子が襲われるイベントが発生するはずなのですが発生致しませんでした。ぐぬぬぬ。わたくしは所詮モブとおっしゃりたいのですね。わかります。


 おっと着信です。

 立川さんからですね。

「はい。月見です」

『お忙しい所失礼致します。機関チャシャーキャット所属の立花みぞれです。お時間よろしいでしょうか』

「はい。大丈夫です。アイテムの件でしょうか?」

『はい。アイテムの件にてご報告させて頂きます。こちらのアイテムは百パーセントの金で出来ております。こちら三十四グラムの金となります。現在の時価一グラム当たりのお値段は約一万五千円となりますので、単純に計算致しますと約五十一万円となります。ただ古美術としての価値も見受けられますので競売に出品すればもう少し値が付く可能性はございます。如何致しましょうか? 機関では金の価値である五十一万円での買い取りと手数料に三万円頂く事となります』

「そうですね。では機関買い取りでもよろしいでしょうか?」

『承りました。こちらにサインをお願い致します。なおサイン記入後の返金は致しかねます。熟考(じゅっこう)の上ご判断下さいますようお願い致します』


 カード画面に現れた白い表示に名前を記入致します。

「よろしくお願いします」

「確かに……ありがとうございます。では入金致します。電子決算となりますので明細書はメールにて送付させて頂きます」

「はい。わかりました」

 四十五万とちょっとの入金を確認。おいしー。美味しいです。美味しゅうございますね。命を賭けて得た実感がじわじわと参ります。命を失うリスクの上での自給換算と考えれば良いお値段ではないでしょうか。

 嬉しいです。古美術的な価値は誰にも証明できませんので金として取り扱われ溶かされて色々な物へと加工されるでしょう。


 五十一万の手数料三万円でなぜ四十五万円なのでございましょうか。明細書を一応ご覧になりましたけれど、やはり税金等、細々な料金が引かれております。なかなかに面倒な仕組みにございます。

『ご確認頂けましたか?』

「確認致しました。ありがとうございます」

『はい。ますますのご活躍をお祈り致しております』

「あ、すみません。立花さん」

『はい。何かご用命がございますでしょうか?』

「はい。そうなりますね。……まだ機関におられますでしょうか?」

『はい。おりますよ? 終了時間は午後十六時半となっております。その後でございましたらカフェ等もお付き合いできますが、如何致しましたでしょうか』

「そうなのですか。お仕事お疲れ様にございます。その……申し訳ないのですがまた鑑定をお願い致したく存じます。今から機関でお願いできますでしょうか?」

『なるほど、ご用命承りました。ただ午後十六時半までの業務となっております。それ以上となりますと機関の規則に抵触致しますので、その時間内にお願い致します』

「はい。今から参ります」

『ではお待ちしておりますね』

 立花さんは良い人ですね。私にとっての良い人です。都合の良い人です。都合を合わせてくれる方です。これはこの縁を大事にしなければいけません。


 機関へと戻ります。十六時ギリギリになってしまいました。申し訳ない限りです。

「立花さん」

「あれ? 月見ちゃんじゃん。どうしたの? 何か機関に用事かな?」

 リナさん。なかなかに視力が高いご様子。もしかして陽の方なのでしょうか。陽の方とは所謂パーリィピーポーを指します。誰とでも仲良くなれる会話トークと持ち前の陽の気にて誰とでも仲良くなれると羨ましい技術をお持ちです。誰とでも仲良くなれます。性別等些事です。文句を告げても嫌われません。

「これはリナさん。こんばんは。実は立川さんに用がございまして」

「立川……さん? あー立花先輩。名前間違えるとかウケる。先輩はちょっと席を外しているっぽいよ。用事があるなら私が聞くよー?」

 これはなかなかの陽の気。眩しくて瞼を細めてしまいますね。さすがです。と擁護はしておきます。


 残念ながらリナさんにお任せするわけには参りません。

 なぜならば、わたくしが立川さんとお近づきになりたいからです。失礼。立花さんでしたね。あらあら……ここでどうやら嘘を続けた成果が表れたようにございます。【ライアーセンス】を習得したようにございます。【ライアーセンス】は所謂嘘を付く才能にございます。潜在能力としてキャラクター毎に存在しております。

 別にカードのステータスを誤魔化せるわけでもございませんので特に意味もございません。何となくカッコ良いので頑張りました。特に意味はございません。あひゃー。

 強いて申し上げるならば、嘘を申します時に現れるあらゆる身体現象が緩和される事にございましょうか。嘘発見器に引っかかりません。

「すみません。わたくし、立花さんに憧れておりまして」

「え? 何の話? 急に? え? そう……ですか? え? そうなの?」

「はい。ですのでお近づきになりたいのです」

「ごめんなさい。機関でも特定の受付嬢に粘着するのはご法度だよ。だからそういうのはやめた方がいいと思う。あんまりひどいと機関で対応するから」

「あらあら、そうなのでございますか。それは大変失礼致しました」

「ねぇねぇ? 月見ってさ。この後暇? 暇でしょ? ちょっと話しようよ。さっきまで何処行ってたん?」

「すみません。この後母を迎えに行かなければいけませんので」

「母? いいじゃん別に母親なんてさ。それよりさ。さっきまで何処いってたん? 端末にセーブかけてるよね? そう言うの良くないと思うな」

「すみません。母を迎えに行かなければいけませんので、あまり時間は取れません」

「はぁ? 母母ってあんたマザコンなわけ? ママーママー。うわっ引くわー。マジきしょいんだけど。あんたもういい年なんだから母親離れしたら? 気持ち悪いよ? 割とマジで。学生にもなってママとかマジきしょいっしょ」


 通常におきまして両親は大切です。育てて頂いた頂いているご恩もございます。あまり言い訳をしたくありませんので目を反らして無言を決め込みます。わたくしにとって仄菓さんが大事な人である事に変わりはありません。周りからどのように思われましょうともその事実に変わりはございません。

「月見さん。申し訳ございません。少々お花摘みに向かっておりました」

「立川さん」

「月見さん。失礼とは存じますが、立花です。立花」

「失礼致しました。立花さん」

「先輩。ちょっと何ですか? 今あたしが担当してるんですけどー。月見ちゃんだから応対するんですか? 最近月見ちゃんばっかり優遇してますよね? それは業務としてどうかと思うんですけど」

「貴女は現在プライベートですか? 受付の仕事をしているのではないのですか? そのような態度には見えませんけれど? 貴女の失態でこうなっていると自覚していないのかしら? リナさん」

「あたし悪くありません‼」

「貴女は現在職務中ですよね? そのような態度は上に報告しなければいけません」

「あっ‼ それパワハラです‼ パワハラ‼ それパワハラです‼ ひどいです‼ 先輩こそパワハラなんて恥ずかしくないんですか⁉」

「情報漏洩……忘れたわけではありませんよね? それに最近イヴ・コーポレーションの方と仲良くなさっているとお聞きしますが?」

「べっ別に‼ プライベート‼ プライベートです‼ 先輩には関係の無い話です。モラハラです‼ それに先輩だってイヌビス財団と……ひっ。しっ失礼しました」


 リナさんは急に早足で去って行ってしまいました。立花さんが怒りの形相で睨みつけております。表情を緩めて下さい。

「失礼致しました。大変失礼ながら、私(わたくし)はイヌビス財団とは繋がっておりません。確かにお誘いは頂きました。ですが断らせて頂きました。ですので決して誤解をなさらぬようにお願い致します」

「はい。こちらこそ。……実は、その、こう申しましては難なのですが、わたくし、立花さんにご迷惑をお掛けになっておりますでしょうか?」

「そのような事はございませんよ? ストーカーの件にございましょうか? 受付嬢をやっておりますと男性の方にお声を掛けて頂く機会が多くございます。その中からたまにではございますが、あまりにしつこい方がいらっしゃる場合がございます。それを対処して頂くだけですので心配は無用です」

「そうですか。ですが、その男性のお気持ち、わかります」

「そうにございますか? 私には理解できません」

「立花さんはあまりに美しいですから……」

「それは……ふふふっ。それは褒め言葉として受け取っておきますね。ありがとうございます」

「失礼致しました。どんな場合においても、人の嫌がる事をしてはいけませんね。配慮が足らず申し訳なく存じます。では……申し訳ないのですが鑑定をお願いしてよろしいでしょうか?」

「人によります……。さすがに素っ気なさすぎですよ。ふふふっ。鑑定、承りました」


 個室へと案内され、用意しておいた刀と小判を差し出します。刀をお手に取り、立花さんは少々深く息を吐いておられました。

「これは……コトアマツの十層を制した。という事でよろしいでしょうか?」

「いいえ。制して等おりません。たまたま五層の宝箱から発見したのです」

 五層より上の宝箱からはたまに刀が発見されるはずです。競売履歴にて確認済みです。ふふーん。

「……そうですか? 本当にそうにございますか?」

「はい。間違えございません」

「承りました。こちらの商品は売る。前提で話を進めてよろしいですか?」

「はい。売る。前提でお願い致します」

「両方とも古美術としての価値がございます。鑑定には少々時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい。構いません」

「本日も迷宮へと挑んでいらしたのですよね?」

「はい」

「ではこの後、休憩にカフェなど如何でしょうか?」

「……誘って頂いて大変恐縮、嬉しいのですが、少々ご用がありまして」

「ご迷惑でしたか? お近づきになりたいと、そのような言葉が耳に入りましたが」

「いいえ。迷惑等とそんな……実はそろそろ職場の母を迎えに行かなければいけない時間です」

「職場の母を迎えに。そうなのですね」

「はい」

「ふふふっ。ご家族を大切にしていらっしゃるのですね。わかります。私も今度父の誕生日ですので、プレゼントに悩んでおります」

「誕生日プレゼントは悩みますよね」

「そうなのですよ。ふふふっ。参考までに何が良いかお聞きしてもよろしいですか?」

「そうですねぇ……」

 定番と申しませばネクタイ等でしょうけれどネクタイを使用しない職業もございます。甘い物も控えた方がよろしいでしょう。お酒等も良いのですが健康を考えますと……。

「……旅行にご招待等如何でしょうか」

「旅行にございますか?」

「そうですね。少々値は張りますが、思い出は最高のプレゼントだと存じます」


 物でなくとも良いですし、機関で働いている立花さんであればそれなりのお給金を頂いているはずです。

「なるほど……旅行ですか」

「二枚ほど買いまして夫婦でご招待が良いかと存じます。温泉等で有名な所ですと温泉も楽しめますし、心身もリフレッシュできるかと存じます」

「それは良いですね」

「参考程度になればと存じます。とは申しましても範囲は限られてしまいますが」

「うふふっ。そうですね。温泉ですか。迷宮温泉等良いかもしれませんね。なかなかに良い案が頂けました。お時間を頂き申し訳ありません。次回はぜひカフェもご一緒して下さいね」

「はい。誘って頂けてとても嬉しいです。お時間が合う日がございましたら、ぜひカフェでお話など頂きたく存じます」

「そう申して頂けると幸いです」

「では鑑定のほどお任せしてもよろしいですか?」

「はい。確かに承りました」

「よろしくお願い申し上げます。では……わたくしはこれにて」

「はい。本日は機関チャシャーキャットをご利用頂きまして、誠にありがとうございます。月見寧々様。またのご来訪を心待ちにしております」

 マリアンヌ様とイヌビス様、色々なやり方を模索しているようにございます。

 尻尾を掴もうとあの手この手で参りますようですね。しかしながらこの手のプロとしては少々甘いと感じてしまいます。その気になれば札束で殴れますでしょうに。

 初めての経験なのかもしれませんね。こうして人は、人の使い方に慣れてゆくのかもしれません。


 久しぶりに良い稼ぎができました。明日のお休みにはぜひ、母と妹にお洋服やスーツ等を買って差し上げたいと存じます。

 そういえば思い出したのでございますが、わたくし、こうご覧になりまして園芸等を嗜んでおりました。ベランダにプランターを並べ、ぜひとも野菜等を育てたく存じます。

 ニンニクやニラ等如何でしょうか。トマト、ピーマン等も良いでしょう。前は育て過ぎてしまい、それはもう中庭がジャングルのようになってしまいました。あれは反省しなければいけませんね。

 イチジク……の苗を買って参りましょうか。接ぎ木等を行えば、きっと真っ黒で宝石のように美しい実がなるでしょう。


 なんだか……なんだかお父様を懐かしく感じてしまいます。

 お父さまは幸せでしたのでしょうか。生きてはいるけれど死んでいないだけ。そんな寂しい生ではなかったでしょうか。それだけが父に対しての心残りにございます。

 イチジクは父の大好物でしたね。懐かしく存じます。

 ふふふっ。いけませんね。

 どうか父が安らかに眠っておられますように。

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