すべては紙のお導き~タラスの戦い異聞~
平井敦史
第1話 長安の紙漉き
「愛しています、
「私もよ、
「
俺の名は
親方の娘の
お嬢様はまだ十六だってぇのにひでえ話だが、そういう次第で、娘が自分の弟子と恋仲になることなど許してはくれず、それで俺たちは密会していたのだが……。
俺は親方に、力任せにぶん殴られ、お嬢様と引き離された。
一晩、今では使っていない古い倉に閉じ込められ、翌日には工房を追い出されることとなった。
お嬢様が泣きながら親方に
おい、ちょっと待て。お嬢様に手を着けてしまったのは事実だから仕方ないとして、工房の金を懐に入れただのなんだのっていうのはどういうことだ?
俺はそんな性根の腐った人間じゃないぞ!
「親方! 俺の話も聞いてください!」
「やかましい! お前はクビだ! 役所に突き出さないだけありがたく思え!」
他の門人たちはおろおろしながら成り行きを見守るばかりだ。
自慢じゃないが、こう見えて同僚たちの人望は厚かったので、親方と一緒になって俺を吊し上げようだなんてやつはいない。
しかしさりとて、親方に逆らってまで俺を
そんな中で、
あっ、さては俺たちのことを親方にタレこんだのはこいつだな!?
職人としての腕はそこそこ悪くはないが、女癖が悪いと評判で、お嬢様にも言い寄って手ひどく突っぱねられたらしい。
それで逆恨みしやがったのか?
ひょっとしたら、工房の金に手を着けたのもこいつなんじゃないか?
だが、何の証拠があるわけでもない。
結局、親方は俺の話を
俺の実家は
特に、
けど、
え、何で三男なのに「
二番目の兄貴も、暮らし向きは厳しいので、転がり込むわけにもいかない。
親方に破門された以上、
さりとて、俺には他に出来るような仕事もない。
考えあぐねた挙句、俺は兵隊になることにした。
命の危険はあれど、食いっぱぐれることはないからな。
軍での訓練はさすがに厳しいものだった。
そりゃあ、命がかかってるんだから、当然ではあるんだが。
最初のうちは毎日ゲロを吐いていたが、段々に慣れてきて、そうこうするうちに親しいやつも出来た。
「おい、
「あ、
「お前も懲りないやつだな」
このあばた
昨今、お偉い貴族様方の間では、「
そして
この
まあろくでなしではあるのだが、気のいいやつだ。
俺が二十一で
いや、義兄弟の
「遊んでると隊長どのにどやされるぞ」
「わかってるって。けど、
「ふん、それはどうかな」
と、口を挟んできたのは、
俺たちより五つ六つ年上で、ちょっと世を
まあ悪いやつじゃあないんだけどな。
「どういうことだよ、
「
「いやまあ、それはそうなんだけどさ」
正直なところ、俺もあんまり実感は湧いてない。
西域のほうには、
で、近々でかい
だから、安穏としていられるのも今のうちだけ……ではあるのだが。
「それに、お
続く言葉は、さすがの彼も口にできなかったのだろう。
誰が聞いているかわからないからな。
何年か前から
工房にいた頃はともかく、軍の中にいると、そういう噂は耳に入りやすいんだ。
それにしても
俺はふと、お嬢様のことを思い出した。
姓は同じ「
どこぞのおっさん役人に
想像すると胸が掻きむしられる。
せめて幸せでいてくださったらいいのだが。
年は明けて
軍隊暮らしを続けていた俺たちは、春の気配が訪れる頃、長安を発ち、何ヶ月も掛けて西域へ向かう長い旅路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます