冴えない小説家志望の黙示録

ろく

プロローグ

何故こんな事になってしまったのか。

 愛紗の心を写したかのように、黒雲が立ち込めた空は今にも雨模様に変わりそうだった。

 

 救世の預言者と讃えられる【聖女アイシャ】

 魔神の花嫁と忌まれる【魔女サキ】

 

 対峙する二人は、共に異世界からの召喚者であり、かつては無二の親友だった。

 誰の目にも戦い以外の道しか残されていないこの状況の中、愛紗は未だ命を懸ける戦いに踏み切れない。

 沙紀の成れの果てである魔女サキはもはや人の言葉を話さない。話せない。赤黒く長い爪で空気を裂くと何もない筈の空間に歪な傷が走り、その爪と同じ赤黒い血が染み出してくる。溢れ落ちる滴は無数の魔物に変わり愛紗達の周りを飛び回った。

 

「いやだ、こんなのいやだよ! お願い、沙紀!! もとに戻って!!」

 

 飛びかかる魔物たちをかいくぐり駆け寄って彼女の両腕を捕まえた。目を覚ませとばかりに揺さぶった。

 乱れた髪の奥で虚ろな目をしたまま、捕らえられた野生動物のようにかつての親友は身を捩った。

 振り払われた瞬間、愛紗の頬に熱い衝撃がはしる。反射的に手の甲で押さえると流れ出たものが革グローブに新しくシミを作った。

 瞬間、頬のあたりに白くまばゆい結晶のような光が現れ、熱さがすっと引いてゆく。

 

「手を出さないで!」 

 

 自分でも思っていなかった涙声に、愛紗は自分が動揺をあらわにしているのを感じていた。

 

「傷を癒やすのが私のすべきことです」

 

 背後からの神官サイラスの口調は絶対に譲れないという響き。

 わかっている。それが聖女の従者たる彼がここにいる理由であり、その肩書を抜きに愛紗に寄せてくれる気持ちなのだとも。でも、それを嬉しく思いつつも、それが許せないのだ。自分には自分を想い助ける人が傍にいる。そしてかつての親友は孤独に立っている。同じように、自分の意志と関係なくここに招かれ、自分の意志と関係なくこの立場に立たされた二人なのに。彼女がそんな目に合わなくてはならない理由はない。

 

(沙紀……! 私の親友!! いつだって私の一番の理解者だった、大切な……)

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