002 必ずすべきこと

「魔人だ! 人類の敵の魔人サティロスが攻めて来たぞ!」

「な、なんで! この学園内はバリアが張られてるんじゃないのか」


 鋭いアラート音に、クラスメイト達が慌てふためく。魔力の対となるバリアは、本来なら絶対に破られることのない守りのはずだった。

 教室内が一気に騒然となる。窓際の生徒たちが外を指差し、悲鳴を上げる者もいる。魔人の姿を初めて見る生徒も多いのか。


「皆さん、落ち着きなさい! 戦闘部門の教官や上級生達がすぐに来てくれますから」


 担任の女性教師が声を張り上げるが、その声には不安が滲んでいる。


「でも今日は演習で……少し離れた場所にいるって」


 誰かが不安げに呟く。ジャックの記憶を探ると、確かに上級生たちは今日、遠くで演習をしているはずだ。急いで戻ってきたとしてももう少し時間はかかる。恐らくこの襲撃には間に合わない。

 落ち着きを取り戻そうとする教師の声も震えている。教師たちも、このような事態は想定外だったのだろう。

 その時、窓の外から複数の悲鳴が重なって聞こえた。


「きゃああああっ!」

「見て、戦奴スレイブクラスの生徒達が外で清掃をしているわ!」


 都合よく――いや、不運にも外には下級生で最も位の低いクラス、戦奴スレイブクラスの生徒達が作業をしていた。

 魔人はバリアを破ろうとしており、そのまま戦奴クラスの生徒達に向けて進軍しようとしている。


「へ、戦奴スレイブクラスが時間を稼いでる内に上級生達が来るのを待つしか無い」

「でもあのクラスにはまともな戦闘力のある生徒なんてわずかしかいないだろ」

「結局あいつらは俺達貴種ノーブルクラスの捨て駒だろ! 死んだって構いやしない」


 貴種ノーブルクラスの連中は冷淡な言葉を投げかける。その目は、まるで虫けらを見るような冷めた視線だ。


 アニメ通りとはいえ、こうやって耳にすると反吐が出るな。

 このあたりは完全にアニメの1話をなぞっている。貴種ノーブルクラスはあいつらを見捨てようとしていた。

 でも、原作では描かれなかった光景が見える。

 窓の外では、一人のピンク髪の少女が必死同級生たちをまとめようとしていた。


「皆様、こちらです! 急いで建物の中へ!」


 明るく澄んだ声が響く。その声には不思議な力強さがあった。

 パニックになりかけていた下級生たちが、彼女の声に導かれるように動き始める。


「あれは……」


 アニメでは戦奴スレイブクラスの様子が描かれなかったが、実は最初からこんな風に仲間を守ろうとしていたのか。


「みんな逃げてーっ!」


 彼女の警告の声が響く。魔人の一撃で建物の一部が崩れ、瓦礫が降り注ごうとしていた。

 学校に入ったばかりの下級生達が魔人に適うはずないって分かっている。今、俺がここで動かなければ、歴史は変わってしまう。

 ジャックでは無い俺であれば、戦闘なんてとても出来たものではない。しかし、ジャックの記憶と能力を継承しているからこそ、今の自分には戦う力がある。

 分かってるよジャック。今回に限っては、お前の力を借りるぜ。

 俺はゆっくりと立ち上がる。その瞬間、ジュリアが声を上げた。


「ジャック、あなたまさか! これ以上罰則を重ねたら貴種ノーブルクラスにいられなくなりますわよ!」


 彼女の声には、心配と焦りが混じっている。


「構わねぇよ」

「え?」


 俺はジュリアに向けて、クラス全員に聞こえるように声を挙げた。

 今回だけはジャック思う言葉を遮らない。同じ意思だからだ。


「俺は魔人サティロスを殲滅するためにこの学園に来たんだ。今やらねぇでいつやるんだよ! 腰抜けどもは引っ込んでろ!」


「ジャック!」


 ジュリアの声が背中に届く。しかし、俺は振り返らず教室を出て、学園外の校庭の方へと走り出す。

 階段を駆け下りながら、アニメでは描かれなかった光景が目に入る。戦奴クラスの生徒たちは、パニックにながら避難していた。

 外に出ると、魔人たちが学校を覆うバリアを破った姿が目に入る。魔人は人間そっくりでありながら、角が生え、体色が浅黒く、言葉が通じない異形の存在だ。


 急げ、急げ……。アニメ1話ではギリギリだった。少しでも遅れれば、アニメの歴史は変わってしまうかもしれない。ジャックの歴史はどうでもいいが……俺の推しキャラの歴史を変えるわけにはいかない。

 魔人が次々と学園の中に侵入してくる。戦闘力の低い戦奴スレイブクラスの下級生たちは、必死に避難しようとしていた。


「危険です! みんな早く!」


 女の子の声が響く。彼女は最後尾で、仲間たちの避難を見守っていた。

 その時だった。


 魔人の攻撃が建物に命中し、瓦礫が降り注ぐ。

 その降り注ぐ瓦礫の下には一人の生徒がいる。避難させようとして自分が危険な位置に――。

 絶対間に合わせる。


「はあああああぁぁぁぁ!」


 俺はジャックの知識から魔力シールドを腕に光らせて、瓦礫から少女を守った。バリアの青い光が瓦礫を弾き、粉々に砕けた破片が周囲に散る。


 やっぱりだ! この少女間違いない。ピンク髪で少しあどけなさの残る顔立ちの美少女! しかも胸の大きさは登場キャラ随一。その容姿と胸部にどんなけ抱き枕カバーが刷られたと思っている!


 声優は本作のキャラを演じて某最優秀新人賞を獲得して後に人気声優になるんだ! ……それはどうでもいいか。


「あ、あなたは...?」


 少女は困惑した表情で、俺を見上げる。その大きな瞳には驚きと不思議そうな色が浮かんでいる。


(ノロマが! 戦えない奴がこの学園に来てんじゃねぇ。消えろ!)


 脳裏に浮かぶジャックの言葉。しかし、俺は違う。美少女にそんなこと言っちゃダメだね。俺が言うべきはこれだ!


「君を助けに来た」

「え?」

「君は俺にとって希望の光になる子なんだ!」


 美少女の名はルルフェリア・ホープ。俺の推しキャラの一人であり、このリヴォルトの正ヒロインにして、ラスボスとなったジャックの討伐メンバーの一人だ。

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