親友に彼氏ができた

あまいうに

親友に彼氏ができた

私には親友がいる。何でも話し合える関係で、お互いのことをよく知っていた。唐突に遊びに行ったり、夜中に会い行ったりするくらいには深い仲。


そんな親友のひめかに彼氏ができた。


ひめかが初めて私に彼氏ができたと伝えてきた時の顔は本当に幸せそうで、私も嬉しかった。


でも、時間が経つにつれて、何かが変わり始めた。


彼氏ができたばかりの頃は、私たちのいつもの日常の話の中に彼の名前がポツリと入る程度だった。やがてそれは頻繁になり、ついには会うたびに彼の話ばかりするようになった。



「ねえ、彼氏がね、この前こんなこと言ってたの。」
 


最初は微笑ましく聞いていた。彼女が恋愛の幸せを感じているのだろうし、その話を聞いている自分も、なんだか彼女の幸せに触れている気がしていた。


でも、いつしかその会話に違和感がでてきた。


何を話しても、彼女の返事は彼氏の意見や言葉で埋め尽くされていた。



「でも、私はこう思うんだよね。」
 


と私が話しても、



「彼氏はこう言ってたから。」
 


とひめかは返す。彼氏が彼氏が…… いつの間にか、私たちの会話はひめかの彼氏の話題で溢れていた。



ひめかと過ごす時間が、前のような楽しさを感じられなくなっていったのはその頃だ。


いつも通り二人でカフェに行っても、何となく違和感が募るばかりで、私は次第に沈黙する時間が増えた。ひめかもそれに気づいているのか、気づいていないのか。そんなこと考える意味もない。気づいていない。彼の話ばかり続けている。
 


ある日、私は我慢ならずひめかに、



「彼氏と少し距離を置いてみたら?最近ひめかと話していても、彼氏が彼氏が……って言うから誰と話してるかわかんない。」



と言ってしまった。


ひめかは少し驚いたように私を見つめた。

彼女はすぐに何かを言い返すでもなく、ただじっと私を見ていた。


しばらくしてから、



「そんな風に感じてたんだ。ごめんね。気をつける。」
 


と言ったものの、その声にはどこか納得のいっていない響きがあった。それでも、私はその時はそれで終わらせた。
 


その日の夜、ひめかから電話がかかってきた。私は一瞬、ひめかが私の言ったことを深く考えて、何か言いたいことができたのかと思った。


しかし、彼女の最初の一言でその期待はすぐに裏切られた。



「今日言ってくれた事、彼氏に相談したんだけど、怒っちゃって。しばらく会うなって言われた。」
 


私は思わず笑ってしまった。彼氏に相談? 彼氏が、私たちの関係にまで口を出すの?



「ねえ、ひめかってロボットなの? それでいいの?」
 


私の問いかけに、ひめかは何を言われたのか理解できていないようだった。彼女は少し戸惑いながら、



「え? どういうこと? 彼氏に不満溜めさせたくないから仕方ないでしょ。」
 


と言った。その言葉に私は悲しくなった。


私たちがこれまで築いてきたものが、彼氏という第三者の存在によって簡単に壊れていくように思えた。


ひめかは、もう私の友達ではない。ただ彼氏に操られている人形だ。
 


それからというもの、私たちの間に広がった溝はさらに深くなった。彼女は変わらず彼氏の話を続け、私は適当に相槌を打つ。彼女の話が頭に入ってこない。聞こうとも思わない。彼女が何を話していたのか、全く覚えていない。
 



三ヶ月が過ぎた頃、彼女から泣きながら電話がかかってきた。私が受け取った電話の向こうから、彼女の嗚咽が聞こえてきた。



「別れちゃったの。」
 


彼女の声は震えていた。彼女は再び、以前のように私に助けを求めてきた。彼の影に隠れていた彼女が、ようやく私の前に戻ってきたかのようだった。



「辛すぎるよ。どうすればいいのかわからない。」
 


彼女は私に泣きながら訴えた。かつての親友が、再び私を頼ってきた。もう嬉しくない。この冷めた気持ちは、もう元には戻らない。彼女は、私を捨てて彼を選んだ。そして今、彼氏に捨てられたから私に戻ってきた。ずいぶん都合のいい人だ。



「ごめん、もう無理だよ。」
 


私は冷たく言った。



「え?」



「もうあなたと話すことなんてないの。あなたが選んだのは私じゃなかったんだから。」
 


彼女は、


「なにそれ、わけが分からないよ。」



と言い、ただ涙を流し続けるばかりだった。   


そんな彼女の泣き声を聞きながら、自分の決断が揺るがないことを感じた。



「でも、私たち親友じゃん。いつもみたいに慰めてよ。」
 


私はもうそんな言葉に心を動かされることはなかった。



「いつもみたいに? あなたが私のことを親友だと思っていたのなら、あの時あんなこと言わないよ。」
 


私は冷たく言い放った。


彼女は再び泣き出したが、私の心はもう動かない。しばらくの間、電話の向こうから彼女のすすり泣く音だけが聞こえていた。
 


私は深く息を吐いた。これでよかったのだと自分に言い聞かせた。どれだけ昔の姿を求めても、もう戻ってこない。だから、もういい。



「恋にうつつ抜かしすぎて、友達を大切にできない人と友達続ける必要ない。って彼氏に言われたの。だからもう会えない。私も不満溜めたくないし。」
 


私はそう静かに言った。



「彼氏いたの? ていうかそんなの彼氏の言いなりじゃん。」
 


と彼女は言った。私はもう何も言わなかった。

          

そのまま通話を切った。

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