異世界果樹園〜ようこそ直売所に

コンビニ

第1話

 活気あふれる商店街の通りから二本ほど離れた裏路地の秘密の入り口を進み、迷路のような地下道を通り抜けると、広い空間が現れる。

 そこには、檻に入れられた人間や獣人が商品のように値札をつけられ、それを値踏みするかのように多くの人々が集まっていた。ここは人身売買の現場、奴隷市場だ。


「なんだ! 地震か!」


 誰かが叫んだ瞬間、三つあった出入り口のうち二つが崩れ、封鎖されてしまう。残された一つの出入り口からは、同じ制服を身にまとった人々がなだれ込んできて、そこにいた者たちを次々と捕縛していく。


「なんだこれ! 助かるのか!」

「あなた——ニホン、異世界人?」


 黒髪で痩せた青年に、制服姿の面々とは別の、魔女のような大きな帽子とローブ姿の女性が声をかける。


「そうです! 俺は日本人で、恭一郎と言います! 助けてください!」

「安心して。順番に助けるから。赤、念のために彼を守ってて」

「わん!」

「秋田犬? なんで異世界に日本の犬がいるんだ?」


 その後、大捕物は続き、広場が鎮圧されると檻に入れられていた者たちも解放され、地上へと戻される。避難所がすでに設営されていて、奴隷として捕らえられていた人々には食事や順番にシャワー、清潔な衣服などが提供された。

 恭一郎も野外設営のシャワーを借りて、パンのお粥スープを口にし、思わず感涙の涙を流す。


「やっと人間らしい生活が、うぅぅ」

「わん」

「ありがとなぁ、赤! ちゃんなのかな、君なのかな?」


 恭一郎が覗き込むように足元に潜り込むと、赤から犬パンチをお見舞いされる。


「いってぇ! ごめんよ、赤ちゃんだったのか。レディに失礼なことをしたよ」

「仲良さそうでなによりですね」

「えっと、さっきの魔女さん? って呼んでいいのかな」

「間違ってはいないですね。魔術師であり戦士でもあるけど、この格好なら魔法職って思われて油断する人もいるでしょ?」

「へー、なんかカッコいいですね」

「ありがとう。貴方の身柄は私が預かることになりました。悪いようにはしないから安心して」


 助けてもらった安心感からか、恭一郎は警戒する様子もなくホイホイとついて行く。

 魔女に連れられ、街から離れた森へ向かうと、濃い霧が出て視界が真っ白に染まる。


「ちょっ! なんか霧がやばいんですけど! 魔女のお姉さん? 聞いてますかぁー!」


 手をバタバタさせながら霧を払い進む。遠くから聞こえる赤の声を頼りに進むと、霧が晴れて、日本にあるような平家の一軒家と小さな滝が流れる、木々に囲まれた美しい空間が現れる。


「ふぇー、綺麗だなぁ。ここは魔女さんの家ですか?」

「そうね、避難場所みたいなところよ。さぁ、ついて来て」


 魔女に案内され、家に入ると、土間に現代と西洋と古き日本の要素がミックスされたようなキッチンが広がる。

 土間を上がってすぐ居間があり、古き良き日本の平家と異世界の文化が混ざり合った独自の発展が感じられる空間だ。


「さぁ、上がって」

「お邪魔しまーす」


 靴を脱いで居間に座ると、綺麗な花々や整えられた木々が並ぶ庭を眺めることができる。


「日本庭園みたいだ。なんか違うけど綺麗だなぁ」

「わん」


 赤が居間に飛び上がると、足元が光って泥で汚れていた部分も綺麗になる。


「犬も魔法を使うのか。すごい」

「赤は特別だけどね。黒や白もいるのよ」

「それは会ってみたいですね」


 赤は恭一郎の横に座ると、撫でろと言わんばかりにお尻を向けてくる。


「モフモフかわええー」

「大変でしたね」


 魔女が湯呑みに緑茶を入れて、恭一郎の前に差し出す。


「そうなんですよ! 大変だったんっすよ! 大学に向かってる途中、森に迷い込んだと思ったら盗賊に襲われて身ぐるみ剥がされて檻に入れられるし! ご飯は不味いし! 本当にありがとうございます!」

「お礼はいいのよ。奴隷売買は国で禁止されていることで、国側の不手際ですから。私は国に属しているわけではないけれど、迷惑をかけたことをこの世界の住人として謝罪します」

「国に属してないって、なんか偉い人かと思ってましたけど」

「それなりの地位はあるけどね。まぁその辺は追々ね」


 お茶を魔女が飲み、一息ついたのを見て、恭一郎もお茶を飲む。懐かしい味に、思わず顔がほころぶ。


「それで俺はこれからどうなるんですか? 家には帰れるんですかね? 魔女さんは異世界人のことに詳しいんですか?」

「父が…義父なんだけど。ニホン人だったの」

「そうなんですか。『だった』ってことは、もう帰られたんですか?」

「いえ、亡くなった。もう何千年前の話だけど……」


 あり得ない年数に、恭一郎は唾を飲み込む。魔女の風貌を改めて確認する。帽子を脱いだその頭には尖った耳、黒い肌、美しい容貌。


「魔女さんってエルフ…ダークエルフって感じですか?」

「そうね。ハイエルフではあるけど」

「はえー。ハイエルフってことは、やっぱり異世界的にはすごい人なんですね。お父さんのことは残念ですけど、帰る手段ってないんですか? 帰らなかっただけとか?」

「前者よ」

「おーのー」


 恭一郎は崩れ落ち、赤の背中に顔を埋める。


「異世界人と会うのは貴方で三人目、二人目の人も何百年前のことか覚えてもいないけど、できる限り生活基盤を作る協力はします」

「ありがとうございます」

「まずは赤の毛並みを堪能してないで、こっちを見て」


 モフモフの背中から名残惜しそうに顔をあげ、姿勢を正す。


「それで、貴方はスキル、持っているの?」

「はい。【果樹園】ってスキルがあって、果物の種を生成できるみたいです」


「果物…それは期待できそうね。ウフフ」


 魔女が怪しく笑う。


「うぅぅ、なんか怖い。やっぱり異世界って怖いなぁ」

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