ver.1

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——一話 未だ見えぬ世界 水澄碧深みすみあおみ

 

 「碧深あおみ、お腹空いた!お弁当、一緒に食べよう!」

 「う、うん。」

 雨の音が鳴り響く教室の中、私が小説を読んでいた所、ふと、後ろから声をかけられた。

 後ろを振り向くと、声の主、山中美優やまなかみゆがにこにこと可愛らしい笑みを浮かべながらお弁当を食べる準備をしていた。

 「屋上がいいけど雨だもんねぇ……。」

 そう云い美優が窓の外を見る。

 「……今朝は晴れだったんだけど……。」

 机を向かい合わせにするために動かしながら私が云う。

 そして美優の見ている視線の先を見る。

 大都会の街並みが奥まで続き、そして、終わる。

 続く街並みの先にはただ一枚、空までと高く伸びた終わりが見えない壁が隔てられている。

 見慣れた光景。いつもの街。

 この世界は壁によって主に七つの地区に分けられているといつしか授業で先生が云っていた。

 その地区は番号で振り分けられていて、私が住んでいるのは第三地区。

 あの壁の向こう、他の地区を私は見たことがない。勿論、私だけじゃなくてこの第三地区に生きる誰もがその先を知らない。

 人々はそれを知りたがらない。私もそう。

 壁に隔絶されていて、でも、不幸なく幸せに一生を終えられるからだ。

 そんな世界に私はいる。

 この学校は第三地区の一番東にある。だから校名は東校。

 十二年制で入学した時にクラスが決まり、十二年間そのまま同じクラスで上がっていく。

 校則はただ一つだけ、『自分と同じクラスの者以外とコミュニケーションをとってはならない。』

 初めのうちは慣れなくて、うっかりということもあったが十一年生になった今となってはそんなミスは無くなった。クラス全員の事は十一年も一緒なのだからはっきりと分かるし、何よりもクラスによってそれぞれ制服が違うのだ。

 この学校では毎年新入生たちのクラスそれぞれにオーダーメイドで制服が作られるから、九十六クラス、同じ学年すらクラスが違えば制服も違う。

 ちなみに私の十一年C組のクラスの制服は他のクラスに比べると至って単純で、白のワイシャツにループタイ、紺のブラウスに女子はグレーのチェック柄のスカート、男子はそれのズボン版。

 「手、洗いに行こっか。」

 私は机を美優の机にくっつけると、窓の外を眺めている美優にそう云った。

 「うん!」

 美優が元気に頷き私の隣に並んで二人で教室を出て廊下を歩く。

 香水でもつけているのかな。

 美優からふわっとほんのりバラの良い匂いがした。

 「ねえそういえばさ、この間のニュース見た?」

 「ニュース?」

 美優が何やら物言いたげに私の方をチラッと見る。

 そしてすれ違う多様な制服の生徒達を横目にら私に云う。

 「この間さ、ここのすぐ近くの第三地区のお偉い政治家さんの事務所がテロリストによる襲撃を受けたらしいよ。」

 「あ、知ってるかも……、確か一昨日とかだっけ。」

 「そうそう!それ!」

 手洗い場に着き蛇口を捻って出てきた透明な水で手を洗う。

 テロリスト……そんなに治安悪かったっけ。

 「でもね、」

 「でもね?」

 少し間を開けて美優が口を開く。

 「その現場付近の住人の証言だと事務所の人以外にその時怪しい人所が人すらみなかった、だって」

 蛇口の水を止め、バッパッと水を弾きながら目を見開き大袈裟に美優が云った。

 私はその話を聞きながらハンカチで手を拭いたあと、はい、とハンカチを美優に渡す。

 十一年って長いなぁって改めて思った。

 「さんきゅ、愛してる」

 と一言云って手を拭き畳んで美優がハンカチを私に返す。

 私がハンカチを受け取ると二人で教室へと再び先刻さっき歩いてきた廊下を歩き出す。

 「え?それって政治家の自作自演ってこと……?」

 やばくね?

 ハンカチをポケットにしまって私が問う。

 「うわ、それは見てて痛いわ。てかそこなんだよ。テロリストってことは人だもんね。アンドロイドなんてそんなに発達してないしね。」

 「確かに……。」

 くはは、と二人でお互い笑い合う。

 「あ、そうだ、それでさ——」

 美優が何か話し始める。

 一人の生徒が私の方をチラッと横目で見ながら通り過ぎていった。

 「……」

 私は気になって後ろにふと振り向く。

 沢山の生徒が行き交う中、先刻の人を探す。

 居た。

 私達とは反対方向に向かって歩く少女。

 綺麗な蒼色の外ハネのショートヘア。制服の上には灰色のパーカーを着ていた。

 見たことない……知り合いではないか。

 「……?碧深、どしたの?」

 隣で美優から声がかかる。

 ハッと我に返り私は、「ううん、なんでもない。それより早くお弁当、たべよ?」と云った。

 「うん!お腹ぺこぺこなんだった〜!」

 私たちは教室へと向かって歩き出した。

                *

 「じゃあまた明日ね、碧深!」

 「うん、またね。」

 学校帰り、美優と途中で分かれ、私は家へと向かって歩き出す。

 雨嫌だなぁ…。

 自分の髪の毛の色とおなじ花色で、透明な傘を差したままふと考える。

 雨に覆われた街はどんよりと息苦しく重たい空気で包まれていた。

 まあ晴れていてもこの街に日が差すことなんて無いんだ。

 高く高く空の何処まで続いているかも分からない壁の所為で年中日の影だ。

 もしもここが、童話や小説やドラマのような、柔らかく綺麗な日差しが差す、壁のない地平線の見える非現実的な素晴らしい世界だったらなぁ。

 そしたら私は毎日朝日を浴びて起きて、海を亘ってどこか遠くまで旅に出て。

 そこまで想像を膨らませたところで家に着く。

 ポケットから鍵を出して玄関の扉を開ける。

 「おかえり〜。」

 家の中から透き通る綺麗な声が聞こえてきた。

 あれ?

 「ただいま。お姉ちゃん今日、仕事じゃなかったっけ。」

 今日は平日。そして今は十六時過ぎくらい。

 お父さんとお母さんは事故で死んじゃっていないから、十個年上のお姉ちゃんと二人暮らし。

 普段、平日のこと時間はお姉ちゃんは仕事に行っていて家には居ない。

 どうしたんだろうと考えながらとりあえず傘を閉じてそのまま玄関に置き、扉を閉める。

 靴がびしょびしょだ……まあいっか。

 「今日隣で爆発事故があったらしくてさ、念の為帰ってって上から連絡来て社員全員帰らされた。会社も責任は負いたくないんだろうねぇ。」

 靴下を脱ぎ廊下に足を踏み入れていると、お姉ちゃんがそう云った。

 「ふぅん……。」

 ふぅん…爆発事故ね。

 ……ん?爆発。。

 「それってやばくない!?お姉ちゃん大丈夫なの?」

 やばいじゃん、と私はお姉ちゃんの居るリビングに顔をひょっこりと出す。

 「それナゲッツ!」

 お姉ちゃんが何やら箱を持ってこちらに来て指をさしながら反対の手で何かを私の口に突っ込みながらそう云う。

 「??……?」

 少し混乱したけど口の中に入ったそれが食べ物であることを確認し、もぐもぐと食べながらお姉ちゃんの方を見る。

 お姉ちゃんはにししとイタズラっぽい笑でこちらを見、ソファに座る。

 あ、ナゲットだ。美味しい……。

 そして飲み込み思い返す。

 ……だからそれナゲッツか。

 「あ、そうそう、そう云えば碧に手紙届いてたよ。」

 なんだかほんの少しだけ寒いギャグだな…とか考えているとお姉ちゃんが云った。

 彼女ら私のことを『碧深』の頭文字をとって『あお』と呼ぶ。

 「手紙……?」

 手紙…。小さい時はよく美優とかと交換したりしてたけど…今はSNSがあるから手紙なんて滅多に貰わない。

 誰から……?

 「うん、送り元は書いてなかったんだけど……さっき郵便受けに入ってた。」

 はい、とお姉ちゃんは私に1枚の封筒を渡し、テレビをつける。

 そして、「まあとりあえず着替えといで〜。」と云われたので、私ははーいと返事をし、二階の自分の部屋へと向かった。部屋につき、ベッドにダイブしたい衝動を、雨で制服が濡れているからとぐっと堪え、机に鞄を置き椅子に座る。

 着替えるのはまあ……手紙を読んでからでもいいだろう。

 封筒には花色の——なんだっけ、これ、よく異世界モノに出てくる非現実的な精霊……そうだ、蝶だっけ。そんな柄の綺麗な封筒。

 裏面を見ると、『第三地区、花苑町、一〇〇〇三〇九、水澄碧深様』と私の家の住所と名前が書かれていた。

 とても、めちゃくちゃ、ものすごく丁寧に。

 そもそもそれぞれの壁の中から外、他の地区へと手紙を送る事すら出来ない。

 だからわざわざ人々は住所に、第〇地区なんていうのは書かないのだ。

 お姉ちゃんの云った通り封筒のどこにも送り元は書かれていない。

 誰から来たのだろうかと封筒に着いているシールを剥がす。

 すると、封筒が開いた。

 まだ開けていないのに、開いた。

 “何か”が飛び出してきたのだ。

 「……え?」

 今の……何?

 私はふと何かの飛んで行った天井の方を見上げる。

 そこには手のひらサイズくらいの花色の羽がひらひらと舞っていた。

 羽……?

 さっきよりも目を凝らし、“何か”を見る。

 「何……あれ……」

 ひらひらと宙を舞う何かを今度ははっきりと目で捉える。

 あれって……

 「蝶……!?」

 夢でも見ているのだろうか。

 初めて蝶を見た。

 漫画とかに出てくるイラストではなく、生で。

 架空の生き物……蝶がそこで飛んでいる。

 これは……本物なのだろうか。

 思わず蝶を掴もうと手を上げると、蝶はひらひらと羽を動かし少しだけ空いていた扉の隙間から部屋の外へと出ていった。

 「……!?」

 慌てて封筒をポケットの中に仕舞い、制服のまま私はそれを追いかける。

 部屋の扉を思いっきり開け、廊下を見渡し蝶が階段を降りるように下へと飛んでいくのを確認し、走って追いかける。

 一階に降りると蝶は玄関の扉に吸い込まれる様に、消えた。

 もしかして……。

 裸足のまま靴を乱暴に履き扉を開く。

 「どこ行くのー?こんな雨の中」

 「ちょっとその辺に行ってくる」

 リビングから聞こえてきたお姉ちゃんの声に適当に返事をして玄関の外へと走り出す。

 居た。さっきの蝶。

 蝶は構わずひらひらと飛んでいく。私はそれを必死に追いかける。

 そこで私は気づく。

 しまった、雨が降っていた。

 でも今更傘を取りに行っては蝶がどこかへと消えてしまう。

 ここまで来ては仕方がない。

 というか蝶が気になってしょうがない。

 雨の中蝶を追いかけ走る。走って、走ってらひたすらに走る。

 蝶が曲がる。それを追いかけ私も曲がる。

 そのままずっと真っ直ぐに蝶が飛び進み続ける。

 息が切れる。

 全身雨でずぶ濡れ。

 水溜まりを踏む度靴に水が染み込んでくるり

 これってもしかして——

 「東校に向かってる……?それとも……」

 そっち側の壁?

 突然、蝶が途中で空中静止する。

 それを見失わぬようにずっと見ながら私はゆっくりと歩き息を切らしながらそちらへ向かう。

 傘を差したスーツの若い女の人がずぶ濡れの私を不審そうに横目で見、通り過ぎる。

 ただの住宅地……

 特に目立ったものもない見慣れた景色。

 一体この蝶はなんだろうとようやく近づいた時、女の人の大きな声が雨の音をかき消した。

 「動くなテロリスト!」

 !?

 私は恐る恐る後ろを向く。

 そこには先程すれ違ったスーツの若い女の人が、拳銃をこちら側に向けて立っていた。

 「……え」

 思わず声が漏れる。

 テロリスト……?私……?

 動けない。

 怖くて何も出来ない。何も考えられない。

 どういうこと……

 私は唯の学生。

 警察にお世話になったことなんて無い。

 拳銃なんて初めて見た。

 怖くなって思いっきり目を瞑る。

 「そこの蒼色のショートヘアのテロリスト、手を挙げその場から動くな!」

 ……ん?

 蒼色ショートヘア……。

 分かっていながらもふと私は結んである長めの花色の自分の髪を見る。

 私じゃあ……ない……?

 そしてゆっくりと後ろを見る。

 空中静止している蝶。

 そしてフード付きの暗めの色の羽織ものを不思議な柄のワンピースの上にフードを被って羽織り、青い線の混じった黒いガスマスクに近いマスクをしている蒼髪の外ハネのショートヘアの少女がたっていた。

 あれ……この子どこかで……。

 すると突然、その少女がこちらに向かって走ってくる。

 スーツの女の人がつかさず銃を打つ。

 少女は背を低くしながら走り、銃弾を全て避けると私の手首を掴んで云った。

 「とりあえず行くよ。」

 「……え?」

 もう、怖いを通り越して呆然と立ち尽くしていた私は、少女に連れられとりあえずどうしようもなく走る。

 「ッ、お前もか。させるか!」

 スーツの女の人が銃を撃ちながら発信機のような小さなものを投げるが、時既に遅し。

 少女が私を連れて走りながらなにかに向かって了解、と云うと、そこ小さな飛んできた発信機を蹴り飛ばし、さらに加速した。

 

 「……こっち。」

 「……え?壁が……」

 ひたすら少女に連れられるがままに走ると、少女は壁の前でそう云った。

 少女が指しているのは壁。これ以上は進めない。

 物理的に、どんな超人でも無理だ。

 少女が壁に手を当てる。するとその手は壁をすり抜けた。

 「!?」

 「行くよ。追っ手は居ないとはいえ、レイポリスは油断出来ないから。」

 「え……でも……。」

 さっきの女の人はこの少女のことをテロリストと云っていた。

 怪しい。怪しさ以外に何も無い。

 「大丈夫。私はテロリストなんかじゃない。」

 そう云い少女は手を差し出す。

 なんだろう……。

 なんでか分からないけど、安心感がある。

 知りたい。

 だから蝶を追いかけてきたんだ。

 そして突然の出来事全てを知りたい。というかこのまま帰ったら怖くて眠れない。

 気づけば私は少女の手を掴んでいた。

 「それじゃあ、行くよ。」

 「……うん。」

 不安だけど。

 少女が私を連れて壁の中へと入る。

 それに続いて私も入る。

 凄い……本当に通り抜けてる…。

 目を瞑って壁を通りぬけ、目を開ける。

 「ここは……」

 トンネル?

 そこは薄暗いどこにでもあるようなトンネルだった。

 壁にはスプレーでよく分からない街中で時々見かける落書きのある、普通のトンネル。

 後ろを見ると、行き止まりになっていた。

 壁だ……。

 「蝶……。」

 前を向くと、そこには先程の少女が立っていた。

 あの花色の蝶が飛びながらゆっくりとこちらへ来た。

 そしてフワッと一回転すると、ヒラヒラと垂直落下を始めた。

 思わずそらを手で受け止める。

 何これ……。

 それは花色の、蝶ではなく、その羽だけをたくさん円のようにくっつけたような物に変わっていた。

 触ってみると固く、素材は硝子のようなものだった。

 綺麗だ。

 思わず見とれていると、少女がこっちと云い歩き出す。

 それに着いていく。

 ここって……

 「私は雨燕アマツバメ。呼び捨てでいいよ。燕とか呼びやすいように呼んで。よろしく、スズメ。」

 私が聞くよりも先に少女——雨燕アマツバメが少し暗めの感情の無さそうなトーンで云う。

 雨燕……本名?

 それに——

 「雀……?」

 私は気になり問う。

 「?コードネーム。手紙の封筒の中に入ってたでしょ。」

 手紙……そう云えば蝶に気を取られて見ていなかった。

 雀……私のコードネーム……。

 なんで、コードネーム…?

 「着いた。」

 トンネルを抜け、少し歩いた所で雨燕が立ち止まる。

 大きな高い……電波塔、何で?

 というか、ここはどこ…?

 雨燕がその電波塔の階段を昇っていく。

 慌てて私も着いていく。

 途中、中が真っ暗でこちらの光を反射している窓を見る。

 「……!?」

 そこに売っていたのは花色や赤っぽいピンク色を中心とした羽織ものに紺のワンピース、不思議な形をした靴の……私だった。

 「……どういう……」

 雨燕を見失ってはどうしようもないからゆっくりと再び雨燕に着いて階段を上る。

 そしてふと外の方を眺める。

 高い。そして何よりも——

 「え……」

 そこに広がるのは、機械仕掛けのような街。

 でもその町に人の気配はなく、高い建物も廃墟と化した様に朽ちている。

 街として機能していない……そんな風に見えた。

 機械仕掛けの廃墟が並び、所々、鉄骨が落ちている。

 それなのに——空気は驚くほどに澄んでいた。

 私はずっと持っていた先程の元蝶、の硝子の何かよく分からないけど綺麗なものを壊れぬようにとそっとポケットに仕舞う。

 そう云えば雨、降ってない。

 暫くのぼると雨燕がある扉の前で立ち止まり、扉を開く。

 その扉に云われるがままに私が入ると、雨燕も入り、扉をそっと閉め歩き出した。

 「ここ。」

 雨燕がある部屋の前に止まり、そう云い扉を開ける。

 「おかえり。」

 その部屋に入ると、奥の椅子に座って絵を書いていた下の方でクリーム色の綺麗な髪の毛を二つに結んだ少女がそう云った。

 そして私に気がつくと、絵を描くのをやめてこちらを振り向く。

 綺麗でホワッとした優しそうな顔。

 すると少女は手をゆっくりと振り上げる。

 私のポケットにしまってあった元蝶の何かがゆっくりと宙に浮かぶそしてチェーンのものが何かにつく。

 少女がゆっくりと手を振り下ろすのに合わせて、ピタッと私の胸元にチェーンによってネックレスのようにかけられる。

 驚いてネックレスのようになった羽のようなものを沢山くっつけた様な円状の何かを私はまじまじと見る。

 「これは……?」

 思わず少女に問いかける。

 「花のネックレス。私はウグイス。よろしくね。雀。」

 「……花?」

 「え……?花、貴方も……知らないの……?」

 花…色の名前じゃないとしたら…何……それ……?

 そんなことを考えていると、今度は桜色のショートヘアの少女と、紫がかった黒く長いポニーテールの少女がこちらにやってきた。

 桜色のショートヘアの少女は制服に近いものを着ていて、ポニーテールの少女は半ズボンに黒を基調とした、右が長く、左が短いコートのようなものを着ていた。

 「花を知らない……ねぇ…まあ当然かぁ。」

 ショートヘアの少女が少し明るいトーンで手を頭の後ろで組みながらそう云った。

 「……?」

 「あ、よろしくね、雀〜!私はフクロウ。呼び捨てでいいからね!あと、タメでいいから!敬語、要らないよ!」

 ショートヘアの少女が目をキラキラと輝かせながら私に近づき手を握りそう云う。

 えっと……

 「梟、流石にそのノリはビビるよ。」

 そんなショートヘアの少女——梟を見、ポニーテールの少女が云う。

 気づけば後ろにはもう二人、少年と青年が立っていた。

 「んもぉー、別にいいでしょうこのくらい。あのポニテが星鴉ホシガラスで、あっちの大人しそうな少年がはやぶさ。その隣の高身長のほっそい青年が尼鷺アマサギだよ。」

 梟が残りの三人を一気に紹介する。

 名前……コードネームは分かったけど……。

 「貴方たちは一体……」

 何者?

 「おっ!君いい質問するねぇ!私たちはね、ピルグリム、まほうつかい。簡単に云うと、壁をぶっ壊そう!の集まり。私もあんまりよく分からないんだけど、『初音ハツネ』っていう人物によって集められた魔法使いで、みんなそれぞれ性格も性別も年齢もバラバラ。」

 梟が順々に説明していく。

 壁を……壊す?

 魔法使い……?

 そしてここはどこ……?

 疑問しか出てこない。

 「まあ、私たちは知りたいんだ。」

 「……知りたい?」

 いきなりトーンが変わり、目を細めて梟が云う。

 「ここ自体どこなのかとか、この世界の秘密とか、なんで壁があるんだろうとか、他の地区のこととか。でもね、普通に生きているだけじゃあそれを知ることは出来ないし、この世界の秩序を壊そうとしている悪い奴らがいても知ることは出来ない。だから君も一緒に守らないかい?この世界を。そして知りたいと思わないかい?壁の秘密を。」

 全員が私の方を見ている。

 壁の秘密……。見て見ぬふりをし、その知りたさに誰もが蓋をしあれは普通の事だと叩き込まれて生きている。

 「この世界の秩序を悪い方向に壊そうとしている者がいて、それを知らずとして生きている人達がいる。それを守ることが私たちの使命で、それと交換に私たちは秘密を知ることが出来る。」

 雨燕が静かにそう云った。

 守る……知る……

 「まずはお試しでいい。それで雀がいいなって思ったことをやればいいんだから。」

 私に向けてニコッと笑いながら、どこか真剣そうな眼差しで、なぜだか説得力のあるような声で梟が云う。

 お試し……やりたいこと……。

 私は——知りたい。壁のこと、なぜだか今、無性に知りたいと思った。

 気づけば私は前を向いて口を開いてそして——

 「知りたい。」

 と、一言云っていた。

 それを見てみんながそれぞれに微笑む。

 「やっと全員揃ったねぇ」

 二マッと笑いながら高身長の青年——尼鷺がそう云う。

 「……それ、花。大事にしてね。」

 鶯が私にそう云う。

 「私の魔法でみんなに魔法を分けているんだけど、その花を身につけている時のみだから。魔法を使えるの。」

 なるほど……。

 周りを見渡すと、よく見れば全員がそれぞれ、それぞれの色や形の『花』というものを身につけていた。

 「はーい、それじゃあ早速なんだけど、燕と一緒にお仕事行ってきて!まだよく分からんと思うけど燕にその時々に教えて貰ってね。あ、そうだ、あと、これ一応指示通るように着けといて。」

 そう云い梟が無線の片耳につける通信機のようなものを私に渡した。

 え?お仕事?へ?

 「行くよ、雀。」

 雨燕がそう云い扉を開ける。

 「ここは皆雑だから、まあ頑張って。」

 尼鷺が手を振りそう云う。

 雑……確かに最初の説明といい今の説明といい……結局未だによく分からない。

 雨燕が歩き出す。

 急いで私も追いかけながら貰った通信機をみ身につけた。

 「——♪君にそっと手を触れるんだ——」

 「いってらっしゃぁ〜い」

 鶯の透き通った綺麗な歌声と、梟の元気な声が聞こえた。

 私と雨燕は口を揃えて云う。

 「「いってきます。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Music Memory #1 未だ見えぬ世界

 

 夕日に染る前に

 消えてしまいそうなこの花を

 君にそっと添えて もう来ないんだ此処には。

 

 錆び付いたこの壁

 何も知らないままの僕

 「この向こうに何があるんだろうね」と

 知りたがりの君は淵へと飛んだ

 

 あああ どうしても言えなくて

 この心を叫べなくて

 もうどうしようも無いから 君にそっと手を触れるんだ

 

 

 夕日が沈んだ朝

 消えてしまったこの花を

 君をぎゅっと踏みつけて もう来るもんかこんな所。

 

 見た事の無い世界

 未だ見えぬ地平線

 「この向こうには何も無かった」と

 全て知った様に君が帰ってくればいいのに

 

 あああ どうしても掴めなくて

 心臓を叫べなくて

 もうどうしようも無いから この手は空振って落ちていく

 

 

 どうでもいいから消えてくれと僕は君に頼んだんだ。

 どうでもいいエレジーを奏でて僕は叫んだんだ。

 汚れた感情の泥を撒いて花は咲かずに消えたんだ

 

 ああ

 

 

 どうしても消せなくて

 

 そこに壁は消えていて

 

 綺麗な朝日が昇って

 

 僕は

 

 僕は

 

 知りたいをずっと叫びたかった

 

 

 

 あああ 上を向いてみたら

 世界はずっと綺麗だった

 地平線を走り飛んで 君の手をぎゅっと握ったんだ。

 

 

 君はそっと花を摘んできて

 僕は全てを抱きしめた。

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壁の向こうのニヒル 雨湊宵カサ @asuyoi_kasa

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