第25話 怖い申し込み
私はリゼット・バーンズ。
この国の王都にある学園の教師をしている者だ。
今日は学園の申し込みに来る人に説明をすることになっている。
昼過ぎまでの仕事の人と入れ替わる形だ。
そろそろ時間になるから、学園の方へ向かっていると、酔っ払いがふらふらと歩いていた。
この時間から飲む人はいるが、こんな大通りを歩くのはほとんどいない。
大体が路地裏や酒場にいる。
あの様子だと、誰かに絡んでしまって騎士団に説教されるだろうな。
「なんだぁ? こんな所に怪しい子供がいるぞ~?」
あぁ、やはりな。
思った通り、近くを歩いていたフード姿の青年たちに絡んでいる。
あの子たちには災難だが、これくらいのことはよくあることだ。
問題はこの後どうなるか。
ただ話しかけるだけならば面倒な奴で終わるんだがな。
「ん~? お? そこの嬢ちゃん、良いじゃねぇか~。俺と遊ぼうぜ~」
そう言って、子どもの一人に手を伸ばした。
女性、しかもまだ成人していない者に手を出すのは、さすがに見ていられないな。
そう思って歩き出した瞬間、強烈なプレッシャーを感じた。
「っ!」
周りを見ても、全員が動けなくなって固まっている。
この殺気の発生源は. . . . . . あのフードを被った青年の方か?
いや、子供が出せていい殺気ではない。
こんなもの、生物としての次元が違わなければ出せないだろう。
つまりあの若く見える者は、この世界でもトップに立つほどの存在。
フードを被っているだけで、中身は人間ですらないのかもしれない。
手を出されそうになった方が近くに寄って何かを話すと、息が詰まるほどの殺気が消えた。
と同時に、あの男は一目散に逃げ、近くの人々も距離をとる。
私自身、歩き出していた足を180度回転させ、急いで職場へ向かった。
♢ ♢ ♢
「あれが学園か。ということは、受付はこの建物か?」
「看板にも書いてありますし、そのようですね」
ルーナと手を繋ぎながらその建物へ入る。
中には何人か人がいて、いかにも受付をする場所のようだった。
少し並んで、2人分の申し込みをする。
「こんにち. . . は. . .」
受付の人は俺たちを見た途端、その場で固まってしまった。
視線は俺とルーナの繋いでいた手に注がれているので、ここでこんなことをするのが珍しいのだろう。
実際に見回してみても、他の人は基本1人で来ているようだった。
「学園の入学試験の申し込みをしたいんだが」
「あっ、は、はいっ! 申し込みですね。こ、こちらの紙に必要事項をき、記入してください」
俺が話しかけると、はっとして、しどろもどろになりながら紙とペンを渡してきた。
まぁ、固まっていた所でいきなり声をかけられたらテンパってしまうのも仕方がないのだろう。
1つの紙とペンを宙に浮かせて、ルーナが書きやすい位置に留める。
「ありがとうございます。. . . . . . 書けました」
「これで頼む」
俺の分と共に提出すると、またもやその人は固まっていた。
「おい、聞いてるのか?」
「は、はひっ! 申し訳ございません! で、では確認させていただきます. . . . . . はい、大丈夫ですね。そ、それでは少しお待ちください」
慌てているのか、乱暴に何かの操作をして、2枚の紙を渡してきた。
「こ、こちらが、受験票になります。当日に、か、必ず持ってきてください。」
「わかった。ありがとう」
「ありがとうございました」
俺はそれを受け取り、ルーナと共に礼をしてそのまま外に出る。
受付の人は何も反応できずに固まっていた。
♢ ♢ ♢
急いできたことを訝しげに見られたが何とかごまかして前の人と交代し、受付を担当していた。
しかしすぐに、ここへ来たことを後悔した。
「こんにち. . . は. . .」
なんと、目の前にはさっきの化け物2人組が立っていたのだ。
そしてさらに奇妙な光景を目にする。
その2人組は手を繋いでいた。
殺気を放っていなかった方は女性らしく、目元がわからないが、頬は若干染まっている気がする。
先ほどの化け物がこうもいきなり普通の人間らしくされると、驚かない方がおかしいだろう。
そもそも、学園の受験申込の場でいちゃつくのがおかしいが、そんな常識は今の私の頭には無かった。
「学園の入学試験の申し込みをしたいんだが」
「あっ、は、はいっ! 申し込みですね。こ、こちらの紙に必要事項をき、記入してください」
まずいまずいまずい、ここで固まってしまって、機嫌を損ねるのはまずい。
現に少し困ったような顔をしていた。
これ以上何かすれば私だけじゃなく、全員が死ぬかもしれない。
いつ殺されるかもわからない、言い知れぬ恐怖の中、なんとか紙を渡して冷静を装う。
そしてまた、あり得ない光景を目にする。
渡した1枚の紙が空中に浮かび上がったのだ。
それだけではない。
女性の方が空中に浮いた紙に記入しているのだ。
つまり、その紙は完全に空中に固定されていることになる。
そんな魔法、聞いたことがない。
紙を浮かせることはできても、その場でしっかりと固定するなんて。
そもそも、いつ魔法を使った?
何の兆候もなく、今ですら魔法を使っている感じはしない。
本格的に化け物だ。
「おい、聞いてるのか?」
「は、はひっ! 申し訳ございません! で、では確認させていただきます. . . . . . はい、大丈夫ですね。そ、それでは少しお待ちください」
やばいやばいやばい。
つい言葉を聞き逃してしまった。
もうここで終わるかもしれない。
いや、まだここで誠意を見せれば、生き残れる可能性はある. . . . . .!
仮にも教師である私のせいで、この場の全員を巻き込むわけにはいかないのだ。
とにかく時間を重視して、何とか受験票を準備する。
おそらく生まれて初めてこんなに急いだだろう。
「こ、こちらが、受験票になります。当日に、か、必ず持ってきてください。」
「わかった。ありがとう」
「ありがとうございました」
また固まってしまった。
あの化け物が、普通に感謝の言葉を述べたのだ。
誰に? この私に?
かなりヘマをしていたのに?
なぜ?
いったいあの化け物は何なのだ?
とにかく2人が落ちることを祈るリゼットであった。
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